169. 重た
各グループの2位、3位による順位決定戦が着々と進む。今大会の事実上の決勝戦である、グループ首位同士の試合がいよいよ始まろうとしていた。
午後2時を過ぎた辺りからか、少しずつ雲の面積も広がりつつあって、午前中のような灼熱地獄のなかでプレーを強いられる心配はなさそうだ。それにしたって感覚的な気温はほとんど変わらないが。
「ん、おっけ。無理はすんなよ」
「ありがとっ……ハルトはやらなくて平気?」
「心配無用。ピンピンしとるわ」
「じゃ、期待しとくわね」
「そのまんま返すわ」
うろ覚えの軽度なマッサージを施し、これでオッケーと言葉代わりに膝をポンと叩く。口先では健康体を主張していた愛莉であったが、念のためにと声を掛けると、少し左脚ふくらはぎの状態を気にしていたらしい。
用意しておいたアイシングスプレーも役に立った。これが無かったら俺の指先に彼女の蓄積疲労の全てが掛かってくるわけだから。
まぁどっちかっていうと、素肌をムニムニ触ることで発生する余計な煩悩を取り払う要素として大いに活躍したのだが。
「いいなー、あたしにもやってよ」
「あ? 瑞希もどっか痛めてんの」
「そーじゃないけどっ。こう、願掛けみたいな?」
「ちちんぷいぷい、痛い痛いの飛んでけー」
「雑に返すにしても感情無さすぎだろ、おい」
俺の手だって疲れんだよ。
これ以上は気が散るから、後にしろ。
こんな具合で過ごしていると、前の試合が終わったようで。場内アナウンスが掛かり、コートへの集合を促される。
長い休憩時間で愛莉も含め適度に休息を取れたようだし、体力的な面は問題無さそうだな。比奈も元気そうに有希とお喋りしているし、大丈夫だろう。たぶん。
「うしっ。じゃ、行くか」
「頑張ってくださいねっ」
「おう。しっかり見とけ」
甘ったるい有希の声援も貰い、準備は万端だ。腹部に影響が出なくて本当に良かった。次から差し入れは有希ママの分だけでお願いしよう。
「おーっす。調子はどうだいフットサル部共」
「あれ、峯岸ちゃんだ。やっと来たなっ」
「今頃お見えですか。いえ、来ただけまだマシですかね」
「初っ端からキッツいなお前……」
ホント今更になって表れた峯岸を、琴音がドストレートな一言で迎える。さっきから居るには居ると有希の証言で知ってはいたが、このタイミングで何の用だよ。別に怒るわけでもないけど。
「決勝の前に、顧問として一言な」
「そんなことだろうと思ったわ」
恰好が付いているようで付いてない。
不敵に笑ってデキる奴感出すな。追い返すぞ。
「エレンシア、だっけ? 結構強そうだな」
「んー? まぁー、大丈夫っしょ。行ける行けるっ」
「そうは問屋が卸さない、ってね。廣瀬、市川は分かるだろ」
「まぁ、一応には」
瑞希の楽観的な言葉をすぐさま否定し、俺にそう問い掛ける。分かるってほど彼女を理解しているわけでは無いが。理解しようにも出来兼ねる。
「……誰のこと?」
「ほら、あの、目立つ奴」
「ああ、有希ちゃんが言ってたあの子?」
「一年の授業は見てないから、お前らと持ってる情報はさほど変わらんがね。B組の市川ノノ、サッカー部のマネージャー。結構上手いぞ、サッカー部の、多分Cチームだと思うけど。たまに練習混じって一緒にボール蹴ってるとこ見掛けるからな」
つまり、純粋たるマネージャーというよりは、サッカーに関わるためにマネージャー業も兼務していると言った方が正確というわけか。趣味の一環と当人も話していたし。
「ミニゲームに混ざると結構活躍してるんだよこれが。フラフラしてると思ったらいつの間にか良い位置にいて点取ったりな。今日の試合観てても思っただろ?」
「そういえば、二試合ともゴール決めてたっけ」
「せやな」
愛莉に続いて峯岸の言葉に同調する。
居るんだよな。そういう奴。ずば抜けて技術が優れているわけでも、フィジカル面で優位なわけでもないのに。むしろあらゆる面で他の連中より劣っているのにも拘わらず、何故かゴールだけは決める。
ポジショニングの妙とと言えばそれで終わりなんだけど、それにしたって上手いことチャンスで目の前にボールが転がって来る、やたらフットボールの神に愛されてる人間が。
「見たところ、守備もしっかりしてるチームだからな。13番を中心にカウンターも中々キレてる。それに加えて、市川がゴール前でふらついてるんだから、ふとした拍子にやられてもおかしくはない」
「お詳しいのですね、先生」
「まっ、表面的なところだけな」
すっかり忘れていたけれど、峯岸ってユース世代の俺のことすら顔を見ただけで思い出すくらいには、サッカー事情に精通してるんだよな。普通に試合観戦が趣味らしいし。
前の試合を眺めて抱いていた感想をそっくりそのまま口にするものだから、ついつい感心してしまう。
いや、でも、尊敬はしねえけど。
なに普通に大会楽しんでんだよ。顧問の仕事しろ。
「とは言っても、お前らなら勝てる相手だけどな」
「たりめえや。大人しくその辺で見とけ」
「はっはっは、言うねえ廣瀬。いいよ、いいよ。お前のそういう、自信だけで相手をブチのめしそうな顔が見れただけで、顧問になった甲斐があるってモンさね」
悪戯に頬を綻ばせる峯岸は、いつもに増して機嫌が良い。
別に、お前が期待しているあの頃の俺に戻ったわけじゃない。ただこのチームなら勝てると、本気でそう思っているから言ったまでだ。それを込みで楽しそうに笑うのなら、文句は無いけどな。
「うしっ、円陣でも組むか」
「おっ、いいねえー! 有希ちゃんも入りなよっ!」
「ふえっ? い、いいんですか?」
「今日はマネージャーみたいなもんなんだからっ、全然おっけーっしょ! なっ、ハル!」
「おう。入れ入れ」
別に断る理由も無いし、問題は無い。
峯岸は入れてやらねえけど。
お前は外で眺めてる方が好きだろ。
6人で肩を組み、お互い顔を見合わせる。
良い表情だ。サッカー部戦にも劣らないな。
「じゃ、愛莉。なんか一言」
「え、わたし?」
「キャプテンやろ、一応」
「え、そーなん? ぶちょーなのは知ってるけど。いちおー」
「だからっ、一応っていらないでしょっ!」
実質俺がやってるのは言わないでおこう。いつかの代表監督も言ってただろ、キャプテンの仕事は試合前のコイントスと陣地決めだけだって。
でも、こういうところはお前が適任の筈だ。
俺がやりたくないってのもあるけど。
愛莉にしかやってほしくない、が正解か。
「じゃあ、短めに……何はともあれ、勝つっ! とにかく勝つっ! すっごい暑いしキツイと思うけどっ、走り過ぎて死ぬことは無いからっ! たぶんっ! 死ぬ気で頑張るっ! 以上っ!」
「なにコイツ。重た」
「アアっ!? ならどうすればいいのよっ!?」
「絶対勝とうとかでええやろ、重たいな」
「うるっさいわねなによもおおおっ!!」
「あはははははっ。うん、うん、がんばろーね」
「やれるだけのことは、全力でやりましょう」
「応援しか出来ませんけど、頑張りますっ!」
相変わらず締まらねえな。主に瑞希のせいだけど。
まぁ、こんなのも悪くないか。
「やっぱムリっ! ハルト、アンタがやって!」
「しゃーねえな…………っし、行くぞッ!!」
汗も疲労も弾き飛ばすような、6人の掛け声が木霊した。
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