164. 可゛愛゛い゛な゛ぁ゛ぁ゛
ネット越しに少し照れ気味で微笑む有希。
なんでこんなところに。
今日試合だって言ってないのに。
「峯岸先生に教えて貰って、来ちゃいましたっ」
「え、峯岸? アイツもうおんの?」
「今はお手洗ですけど、ここで観てましたよ」
「あ、そう……つうか知り合いなんだな」
まーたサッカー部戦みたいに俺たちの目の届かないところから盗み見してるのか。趣味悪いなホント。来てるなら来てるで言えよ。
「……ん、まぁ、ありがとな」
「はいっ! 頑張ってくださいねっ!」
僅かな距離だが、ネットを挟んでいるとどうにも遠くにいるような気がして、柄でもなく手を振って彼女の声援に応えてみる。満足そうに微笑み返す彼女に、元気も湧いてくるようだ。
が、やけに視線を感じて振り返る。
四人揃ってこちらを凝視していた。なんや急に。
「…………え、ハル…………ロリコンかよ」
「陽翔くんどこで知り合ったの?」
「不思議な縁もあるのですね。ええ、まったく」
絶望的に勘違いしている。
「……で、誰? その子」
「いや、そのっ……親戚に近いというか……歳が多少近いから仲良いってだけで、別に変な関係ちゃうぞ」
「……わざわざ試合観に来るくらい?」
ずば抜けて愛莉が不機嫌になっている。
どうしろってんだよ。
これ以上弁明のしようがねえよ。
「あの! わたしっ、
思わぬ形の助け舟。そうだな。元々そういう関係だったな。ただこの状況だと逆効果っぽいけどなその事実さえ。
「……ふーん。上手い設定だね。陽翔くん」
「設定、とはどういう意味ですか?」
「そりゃもうアレよくすみん。そーいう演技でえっちいことしてるんだよコイツ」
「なるほど。犯罪ですね」
全然信じないコイツら。
むしろ有希が可哀そうだろ。やめろ。
「あのっ、長瀬さんですよねっ?」
「へっ? あ、うんっ……そうだけどっ」
「廣瀬さんから、いつもお話聞いてますっ」
「わっ、私の話……っ?」
「誤解を解いてくれたら、お話ししますよっ」
「あっ……いや、べ、別に誤解とか……っ」
唐突に発せられる謎の威圧感。
凄い光景だ。愛莉がタジタジになっている。
いつもふわふわしている有希だけど、こういうところはハッキリ物を言うというか、狼狽えないから凄いよなあ。比奈といい、別の人格飼ってそうで怖い。
「取りあえず後にしろよ。後半始まっから」
「はいっ! 頑張ってくださいねっ」
ニコニコと笑いながら声援を送る有希。コイツ、どこまで計算して行動してんだろう。いや、有希に限ってそういうのは……信じたいなあ。
「……いつまでおっかねえ顔してんだよ」
「べぇーーつにー? いつも通りだしぃー」
「後でしっかり聞くもんねー琴音ちゃんっ」
「わっ、私は……いえ、やはりそうしましょう」
「なんやねんお前ら」
その怒りのパワーはこの後の試合と日本の政治にぶつけて欲しいところである。間違っても俺に向けないで欲しい。怖い。
「……ふんっ。デレデレしちゃって」
「嫉妬すんなよ見苦しいな」
「はぁっ!? してないっつうのッ!!」
お前はちょっと冷静じゃないくらいが良い結果に繋がりそうだから、このまま放っとこう。三点差も付いたらチーム全体として余裕も油断も生まれるだろうし。良い薬だ。
「あっ、そういえば、廣瀬さん」
「あん、どした」
コート内に戻ろうとした俺を有希が引き留める。
まだ何か話でもあるのか。
「前半が終わったタイミングで、どこかに行っちゃったんですけど……廣瀬さん、フットサル部以外に女の子の知り合いっているんですか?」
「……いや、多分おらんけど」
「廣瀬さんのファンみたいな人が隣にいて」
俺のファン? 知らん。誰や。
フットサル部を除いた女の子の知り合いとか、それこそ敷いて挙げれば有希、お前くらいのモンだけど。あとは峯岸とか? アイツは女の子ではないだろ。いや女かも怪しいわ。
「……知らねえな。まぁ変な奴じゃねえなら気にすんなよ」
「どっちかっていうと……あ、いや、なんでもないですっ。このあとも、頑張ってくださいねっ。ここで応援してますからっ」
右手を軽く上げ声に応えて、コートに戻る。
試合再開だ。さてさて、怒りのパワーをエネルギーに変えられるのは誰だろう。出来ればこの試合だけで燃焼して欲しいんだけど。
(…………あん?)
誰かに見られている気がする。
いや、試合中なんだからそりゃ当然なんだけど。
ただ、違和感。
まるで俺だけを一心不乱に見つめているような。
暖かくも冷ややかな視線。
それがコート外のある人物から向けられていることにあとほんの少しで気付くところだったが、再びコートを駆け回り出したボールが目に入り、さっさと忘れてしまった。
* * * *
【試合終了】
前半 3-0
後半 4-0
金澤瑞希×2
長瀬愛莉×3
倉畑比奈
廣瀬陽翔
【フットサル部7-0ヤング・トラフォード】
記念すべき大会初陣は、結果的に前半以上のハイリスクハイリターンで攻め続けたフットサル部の圧勝となった。
後半開始直後から愛莉と瑞希が単騎でゴリゴリに仕掛け、あまりにもアッサリと2点を追加し、試合を完全に決めてしまう。
それから相手チームもついに意欲を失い、単調な攻めに終わるばかり。フットサル部が8割はボールをキープし続け、優位性が変わることは無かった。
終盤には、比奈をフィクソに配置して俺がサイドに移るシステムも試すことができた。何度かボールを失いカウンターのピンチも作ったが、これも琴音が冷静な飛び出しで未然に防ぐ。
ラストワンプレーで、コート中央でボールを受けた俺がワンフェイクで相手を交わし、ミドルレンジからの一撃を叩きこんで試合終了。
コートどころか施設中がざわついている。
正直に申し上げれば、レベルの差は歴然で。
まさか、初参加の高校の部活チームがここまで圧倒するとは誰も思っていなかっただろう。気付けばほぼ全てのチームが試合を観察していた。
センターサークルに集まり、主審の笛とともに一礼し握手を交わす。最後に対応した男性選手が、俺に声を掛けて来た。
「いやぁ~ボッコボコだわ……強いねー」
「はは……そりゃどーも」
年下に嫉妬する醜い女のエネルギーが集約された結果とは、到底口にも出来なかった。こういう場合、苦笑いで事を済ますのが多分正解だ。たぶん。
「この調子ならHerencia(エレンシア)ともやり合えそうだね」
「……エレンシア?」
「あれ、知らない?」
同じく相手チームの女性メンバーが会話に混ざって来る。コート外の控えエリアに向かいながら、話を聞いた。
「この大会も結構な頻度でやってるんだけどさ。今んところエレンシアが3連覇中。今回も断トツの優勝候補ってわけよ」
「去年も強かったけど、今年に入ってからもう無敵って感じ?」
二人して口々にHerencia(エレンシア)を褒め称える。ライバルチームとなれば悔しさも芽生えるところだろうが、話を聞いているとそんな感情も湧き起こらない程度には実力派とのことで。
「そんなに上手い人がいるんですか」
「うーん、確かにそうだけど、なんつうのかな」
「全員レベル高いよね」
「あっ。あと一人メッチャ可愛い子がいる」
「それは関係無いでしょっ!」
「いやっ、でもあの子が入ってから強くなってるのも本当だって!」
と、いうわけでエレンシアには勝利の女神みたいな美人が在籍しているらしい。まぁそれだけで強くなれるんだったら世話無いけど。
その子は特別上手いというわけでもないらしいので、あんまり関係なさそうだな。それこそ愛莉や瑞希みたいなモンスター級の女子が何人も現れて堪るか。
「なんの話してたの? また女の子と」
「いや、男もおったやろ……」
帰ってくるなりこれ。淀みの無い笑顔で言って来るから怖いんだよ。比奈さん貴方のことだよ。
「エレンシアってチームが優勝候補らしいな」
「あー。もういっこのグループにそんなのいたよーな気が」
「次の試合で出てきますね」
瑞希と琴音がタイムテーブルを眺めながらそう答える。次の試合まで時間もあるし、ここは偵察と行くか。
「……偵察も良いけど、ちょっと説明しなさいよ」
「あ? なにが?」
「だから、さっきの子っ!」
お前だけだよ引き摺ってるの。
とも言えず、不満顔の愛莉の相手もしなければ。
「だから、さっき言った通りだって」
「親戚の知り合いで、アンタが家庭教師?」
「もう半分辞めたけどな」
「…………むぅー……」
「いや信じろって」
「別に嘘とは思ってないけど……なんか、納得いかないっ」
面倒くせえなコイツ。
ちゃんと嫉妬してんじゃねえよ。可愛いな。
「あ、いたいた。廣瀬さーん」
と、言っている傍から控えエリアに現れた。
他に人影は見当たらない。
峯岸め、いい加減顔出せよアイツ。
「お疲れさまですっ。これ、差し入れですっ」
「えっ、マジでっ? いいのっ?」
「はいっ! 皆さんで食べてくださいっ!」
差し出されたタッパーのなかには、はちみつに漬けられた輪切りのレモンが。まさか、手作りなのだろうか。これ、メッチャ効くんだよな。信じられんくらい身体軽くなるというか。
「わあっ、美味しそうっ! ほんとにいいのっ?」
「もちろん、どうぞっ! いっぱいありますからっ」
「では、お言葉に甘えて」
「ハルっ、何だこのイイ子はっ! どこで見つけたんだっ!」
そんなこんなで、アッサリと餌付けされる三人であった。まるで元々友達だったかのように話を弾ませる。即堕ち2コマ。
「なっ。ああいう子なんだよ」
「…………まぁ、うん。だいたい分かった」
「お前も貰って来いよ。たぶん美味いぞ」
「……食べたことあるの?」
「無い。だから俺も食いてえんだよ」
ほんのちょっとだけ不満げな愛莉ではあったが、ニッコリと笑いながらタッパーを差し出す有希を相手に、これ以上何を言う気にもなれなかったようで。
何だかんだ美味そうな顔して頂いている。一先ず、波乱の展開は避けられたみたいだな。この程度の邂逅で波乱もクソもねえだろ、とは思うが。
ただ、有希が来年からフットサル部の一員となる気満々でいることは、まだ話さないでおこう。
いや、なんでって言われたらちょっと分からないけど。なんとなく。リスクマネジメント的な。
「ありがとな、有希」
「いえいえっ、お役に立てたなら嬉しいですっ」
「へえぇぇぇぇ有希ちゃんっていうのぉぉぉぉ? 可゛愛゛い゛な゛ぁ゛ぁ゛」
「ひゃああアアっっ!?」
有希の背後から抱き着いた瑞希が、お腹周りをムニュムニュと揉みしだいている。危うくタッパーが手から離れるところだだろ。控えろよ気持ち悪いな。
コイツに気に入られたのは幸か不幸か。
まぁ入部の条件の一つみたいなところあるしな。
ポジティブに受け取ろう。受け取ってくれ。
「もう、瑞希ちゃんっ。やり過ぎっ」
「えぇぇぇぇん可愛いからいいじゃぁぁぁぁん」
「理由になってないと思うんですけど」
「あ、あははっ……なんていうかっ、金澤さん、噂通りですねっ……」
「へっ? ウワサ? あたしの? 誰が? なんて?」
「廣瀬さんから、色々聞いてましたからっ」
主にヤバイところを誇張してな。
「もしかして、わたしの話もしてた?」
「はいっ、倉畑さんですよね?」
「わぁーっ♪ なになに気になる気になるっ!」
「……私もですか?」
「はいっ、楠美さんのことも、いっぱいですっ」
「そ、そうですか……っ」
「だからっ、皆さんとお会いできてとっても嬉しいんですっ!」
あまりにまっさらな、純粋無垢な微笑みに、誰もが撃ち抜かれていた。主に四人が、だけど。
なんだろう。俺たちが忘れていたものを沢山持ってるよな。人生って儚くも美しいなって、そんなカンジ。
「まぁ、有希と仲良くするのはええんやけど」
「あ、そうですよねっ。まずは体力回復と、偵察ですよねっ!」
「ちゃっかり聞いてたんかい」
「これでも私、サッカーもフットサルも廣瀬さんのおかげで勉強してますからっ! 私に出来ることならなんでも……………………あれっ?」
コートに目を向けた有希の言葉が急に止まってしまう。なにか面白いものでも発見したのか。
「……どした、有希」
「あ、いえっ………さっき、お話した、あのっ」
「俺のファンやっけ?」
「はっ、はい…………その、試合、出てますっ」
有希の指差した先には、コートを駆け回る色鮮やかな髪色が特徴の、一人の女の子。
あれが、俺のファン?
待て、話が見えない。どういうこっちゃ。
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