165. 右に同じ


 淡い水色のユニフォームに身を包んだその少女。

 身長は、比奈と同じくらいだろうか。


 髪色は愛莉よりも明るく、瑞希よりは控えめといったところの薄ゴールド。肩まで垂らした枝先と赤色のシュシュを揺らし、芝生の上を駆け回る。


 遠目からでも十分に把握できるほどの、透き通る大きな瞳と豊満な胸部が目に付く。それこそユニフォームがはち切れそうなボリューム感。大袈裟でもなく、フットサル部の面々に負けず劣らずの美少女であることが窺える。



 彼女たちを見慣れ過ぎている所為もあって始めこそ不思議には思わなかったけれど、よくよく考えるとあまりスポーティーな風貌ではないよな。


 どちらかといえばタピオカ片手に繁華街を練り歩いていそうなタイプというか。どことなくアイドルっぽい風貌というか。



「ハルのファン? あの子が?」

「みたい、ですっ。さっき、試合を観てるときに話し掛けて来たんですっ」


 瑞希を筆頭に全員の視線が彼女に注がれている。


 味方からのパスを受けたその少女は、冷静に相手のプレッシャーを交わし再びボールを預ける。愛莉や瑞希と比べればやや覚束ないが、比奈と同等のスキルは持ち合わせているようだ。


 それ以上に、ニコニコと笑顔を絶やさずコートを駆け回る姿が印象的だった。男女混合の試合においても、彼女の煌びやかな立ち振る舞いはコートのなかでも一線を画すものがある。



「見たことあるかも、あの子」

「比奈、知り合いなんですか?」

「ううん。でも、学校で見掛けたような気がするんだよね。確か体育祭の、クラス対抗リレーで走ってたような……一年生の子だと思うんだけど」


 琴音の疑問形に曖昧な返事をする比奈。

 どうにか思い出そうと斜め上を見上げている。


 この辺りには山嵜ヤマサキを含め三つしか高校が無い筈だから、同じ学校の生徒だったとして不思議なことも無い。事実、このコートで行われた個サルで出会った、瑞希もそうだったのだから。


 しかし、だからといってイコール当該の人物に巡り合うかといえばそうでもない。愛莉と比奈はクラスメートだから勿論知っていたけれど、瑞希と琴音の存在はつい数か月前まで知らなかったわけで。


 それこそ彼女が学年も違うというのであれば、こちらからはもうどうしようもない。フットサル部以外にロクに知り合いおらんのよな。俺。



「あれ? ハルト、体育祭いたっけ?」

「やってることさえ知らんかった」

「日曜だったからねえ」

「誰かに教えて貰わなかったんですか……」

「ぼっちもここまで来るとヒサンだなー」


 やなこと思い出した。いや、別に学校行事張り切るようなタイプじゃないからええんやけど、ついぞ誰からも「体育祭いつやるか知ってる?」とか言われなかったという事実がね。もう。


 まずは授業に出るところから始めないと。

 嫌だけど。夏休み一生終わるな。



「そういえば「ウチを負かした先輩」って言ってましたっ」

「負かした……?」


 隣に立つ有希がそんなことを呟く。


 俺がいつ、誰に勝ったというのか。

 それこそ当てはまるのなんてサッカー部とか。



「あっ、そっか。だから見覚えあったんだ」

「あん」

「サッカー部のマネージャーさんだよ。ほら、陽翔くんがいないときにみんなでサッカー部の偵察に行ったって話したでしょ? そのときに見掛けたんだと思う」


 ポンと手を叩いて一人納得する比奈であったが。


 いや、居らんときやろ。

 じゃあ知らんわそれはもう。



「へえー……自分でもプレーしてるのね。覚えてないけど」

「まー女子サッカー部とかねーしな。そしてあたしも覚えてない」

「右に同じです」

「あ、そっすか」


 印象に残っていたのは比奈だけだったようだ。

 まぁそんなことはどうでも良いとして。

 


 今一度、参加チームが列挙されているタイムテーブルで確認してみる。


 各チームのユニフォームカラーも掲載されているのだが、それによるとあの少女が着ている水色のユニフォームのチームが、先ほど相手チームから教えて貰ったHerencia(エレンシア)というチームのようだ。


 なるほど。つまりエレンシアが急に強くなったのは、幸運の女神ことあの少女が加入してからということか。いや、そんなオカルトチックなこと無いだろうけど。



「上手いわね。水色の……エレンシアだっけ?」

「持たせるタイプのチームってカンジ?」


 試合を眺めながら愛莉と瑞希が口々に感想を言い合う。


 ボールポゼッションこそ多くを相手チームに譲っているが、全員の連動した位置取りで決定的なチャンスを作らせていない。


 一際体格の大きい、13番を背負った男性選手を一人前に残している。ボールを奪うや否や、一気にその13番までロングパスを供給し、一気に相手ゴールまで迫る。


 なるほど。攻守の切り替えも早いな。


 攻めに転じると同時に、全員が相手陣地まで走り込み13番のフォローに入る。少ないタッチで展開し、シンプルに完結させるオフェンスだ。

 サッカー部戦で少し試した、愛莉を前に残して守備に時間を掛けるスタイルを徹底したら、あんな形になるのだろうか。


 右サイドから、グラウンダー性の早いクロス。13番が右足で合わせ、これは一度ゴレイロに弾かれてしまうが、その先に走り込んでいた例の少女が確実に押し込み、ゴールが決まる。



「ほーん。結構やるじゃーん」

「もう4-0なのね」


 確か一度笛が鳴っていたから後半の筈だったと思う。どうやら着々と点差を広げているようだ。中々に手堅いチーム、という印象。


 相手もそれほど練度の高いチームではなさそうだから、この試合だけでは何とも言い難いところではあるが……順当に勝ち進めば、最後の順位決定戦の相手は彼ら、エレンシアになるだろう。



(ええポジショニングやな)


 少しばかり感心しながらプレーを眺めている自分がいた。


 あの少女。ボールを持たれている間は特定のマークに付かず自陣をフラフラとしていたのだが、相手選手がボール持った際にタイミング良く距離を詰めることでトラップミスを誘い、結果的にカウンターを誘発させる基点となった。


 そして、ここしかないという位置取りでしっかりゴールまで決めてみせる。上手いことノーマークになったな。スペースの見付け方が上手いというか。


 それにしても、彼女へのケアが疎かだったような気がしないでも無いけど。相手が相手だし、仕方ないところか。

 あんだけ派手な見た目じゃ、マークを外すにも苦労しそうなモンだけどな。



 最終的に、更に一点を追加し試合は5-0で終了。

 優勝候補か。歯応えのある相手になりそうだ。



「じゃ、さっきの試合の反省でもするか」

「わたしっ、ここに居ても大丈夫ですかっ?」

「別に構へんけど……あ、峯岸連れて来てくんね」

「あっ、はい。了解しましたっ」


 とことこと控えエリアを離れる有希。


 そろそろ顔出して貰わなんと顧問としての尊厳も怪しいからな。初めからあったもんちゃうけど。トイレにしちゃ長過ぎだろ、意地でも俺たちの前に現れないつもりだなアイツ。



「瑞希、ボール持たれたときホルダーにガッツき過ぎやからな。それで奪えればええけど、お前守備下手くそなんやからもっと我慢しろ」

「あいあい分かりましたよっ! ふんだっ!」

「不貞腐れんなって……それと愛莉は……っ」


 何を言おうとしていたのか、忘れたわけではない。


 ただ、30度を優に超える酷暑にしては不釣り合いな鳥肌というか、妙な悪寒を感じて、思わず顔を上げてコートへ振り返る。



(…………アアン……っ?)


 それなりの距離感なだけに、ハッキリとしたことは言えなかった。ただ、依然としてコートに留まる例の少女が、こちらを向いて何やら様子を窺っていることだけが分かる。


 というか、あの子。

 俺のことずっと見つめてないか。



「…………ハルト? どしたの?」

「……あ、いやっ……なんでもねえ」


 心配そうに声を掛ける愛莉のおかげで気を取り戻し、再び試合の反省点を話し始める。ただ、どうにも先ほどの視線を忘れることが出来ず、集中に欠けていた。


 確かに、あの子。

 俺を見て、笑っていたような気がするんだよな。


 勘違いだったらいいけど。

 多分そうじゃないんだろうな。 


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