161. ヤンキーみたいで怖いなー


 今となっては第二のホームグラウンドのような場所となった、学校の最寄り駅から数分のところにある多面フットサルコート。いくつかあるコートの一つを使い、丸一日試合をこなす。


 参加するVAMOS CUP(バモスカップ)はコートの運営会社が開催する大会で、地元のアマチュアチームや学生チームが参加し、定期的に開催されているようだ。



 依然として滲むような暑さが残留する朝方から駅に集合し、コートへ向かう。受付と着替えを済ませ、数十分のウォーミングアップもそこそこに集合が掛かった。主催者のあいさつも手短に、試合の準備が始まる。


 気温は30度を容易に超える酷暑。立っているだけで新品のユニフォームが汗でじっとりと濡れてしまう。

 一日掛けてとなると体力の消耗も心配なところだが、それはどのチームも同じ。最も、交代要員のいない俺たちには幾らか不利に働くと思われるけれど。



「タイムテーブル貰って来たよー」

「おー、サンキュー」


 コート外に設けられた、木陰の荷物置き場兼控えエリアで待っていると、A4用紙を持った瑞希が事務局から戻って来る。


 大会に参加するチームは計6団体。社会人中心のアマチュアチームから、職場の運動部と思わしきチーム。大学のサークルも混じっている。高校生はどうやら俺たちだけ。


 年齢層は比較的若い。男女の比率もほぼ半分ずつといったところか。まぁ8割女子のチームはうちだけだが。



 事前に聞いていた話ではシード付きのトーナメント戦だったのだが、レギュレーションの変更があった。3チーム二組のリーグ戦の後、順位決定戦を行う。3試合はマストで行われるというわけだ。


 試合は前後半10分ずつで、ハーフタイムは3分。アウトプレーの際は時計も止まるルールで、体感としてはトータル30分くらいか。



 既にもうひとグループの初戦が始まっており、ネットの先ではボールと二色の選手が芝生を駆け回っている。職場の同僚か何かなのか、数人の男女がコートの外で声援を送っていた。



「この次の試合と、5試合目か。案外暇やな」

「どうする? 偵察とかしちゃう?」

「比奈、随分と元気なんですね」

「うんっ。昨日から全然寝れなくて、もうすっごい楽しみ」


 一番テンションが高いのは意外にも比奈であった。そういや、サッカー部との試合の前にもメッセージで偵察に行ってきた云々言ってたな。


 柄でもなく早朝からランニングでコンディション整えて来た俺が言えた口じゃないんだけど。なんなら朝はバナナだったけど。言わないそんなことわざわざ。



「そう言えば峯岸先生まだ見てないねえ」

「……あぁ、ホンマやんけ」

「さっき連絡来たわよ。仕事で午後からって」

「嘘くせえな……」


 夏休み中の教師の仕事量がどれほどのものか分かり兼ねるが、このタイミングで連絡入れてくるということは十中八九寝坊だろ。偶に顔出したと思ったらアイツ。



「で、どーしよっか。偵察って言ってもあっちのグループと試合するか分かんないし。作戦会議でもする?」

「昨日散々やっただろ。忘れたんか」

「メンタル的に、こう、注入! みたいな」

「分からん」


 瑞希の言わんとすることはいまいちしっくり来ないところであったが、初めての実戦でもあるわけだし、時間もあるし。復習も兼ねて一応やっとくか。



「比奈、タブレット貸して」

「どうぞー」

「全員集合。琴音、アイスは終わってからな」

「え。あ、はい。わっ、分かってますよ」


 自販機のアイスクリームをぼんやりと眺めていた琴音も招集し、片手のタブレットを5人して覗き込む。俺もこういうの欲しいな。買ってもなにをやるわけでもないけど。むしろちゃっかり持っていた比奈が意外過ぎ。


 図面やイラストを書き込めるアプリを開き、話を始める。



「まぁ、昨日のおさらいやけどな。スタートは1-2-1のダイヤモンド。俺がフィクソ、瑞希が右のアラ、比奈が左。ピヴォは愛莉。つっても、ボールの位置によってはポジション関係なく動けよ。やり易い相手見つけたら、相談して位置を入れ替えてもええ」


 人差し指を動かし、黒線でグルグルと渦潮のような絵を描く。

 色を変えて、矢印なども加えて説明を施す。



「基本的にサイドの二人は下がり目で、自陣でフィクソのカバーに入れ。で、ピヴォに当てたら、サイドはそのまま敵陣深くまで走り込む。反対サイドは少し遅れ気味でな。残った一人はカウンターに気を付けながらフォロー。ただでさえ暑いんだから、無駄走りはするなよ。自分よりボールを走らせろ」


 画面を切り替える。


「ボール持たれたら、ピヴォが下がって3-1の形。正三角形な。追い回すんじゃなくて、リトリート。しっかり構えて、ボールより人を見て守れ。ロングシュートはあんまり警戒しなくていい。こんだけ狭いコートなら、急場のブロックで間に合う。勿論、セカンドボールには気を付けるように」


「走ってるうちに忘れることもあるやろけど、これだけは覚えとけよ。攻撃も守備も、基本的には時間を掛けろ。焦らずじっくりやれ。交代要員もいねえんだから、無駄な体力と頭は使うな。ええな」


 こんなところだろうか。


 相手チームがどれだけの戦術を持ってこの大会に挑んでいるのかやや不安ではある。正直、そんな事考えずに楽しくやってますみたいなチームも居るだろうし。


 だが、そんな連中に付き合ってやる必要は無い。


 俺たちの目標は、来年の夏。

 冗談無しに、全国大会だ。


 そのためにやるべきことは、今のうちからやらなければ。



「なんや愛莉。文句でもあんのか」

「ハルト、キャプテンみたいだなーって」

「部長もキャプテンも大差ないやろ。部長らしいとこ見たことねえけど」

「うっさい!」


 朝から少し口数の少ない愛莉である。


 柄でもなく緊張でもしているのだろうか。いつも通り過ぎる他の3人もどうかとは思うけどな。



「……まぁ、ゴチャゴチャ言うたけど。エースはお前やからな、それは忘れんなよ。3試合全部決めるのはマスト。なんなら得点王がノルマや。ええな」

「ちょっ、えぇ。プレッシャー過ぎるんだけど」

「出来るの知ってるから言ってんだよ」

「…………うん。まぁ、頑張る」


 僅かに赤らんだ頬は太陽の光によるものか、他の要因によるものか定かではないが。お前、本当に変わったよな。前までなら「やってやろうじゃない見てやがればーか」くらい言ってきただろ。


 別にそれが悪いわけじゃないんだけど。素直過ぎるのも調子狂うから辞めて欲しい。照れる。



「陽翔さん」

「あん。どした」

「グローブの着け方、合ってるか見てください」


 琴音がとてとてと近付いてくる。もう散々着けて慣れてるだろうに。やはり少し緊張しているのだろうか。



「ん。おっけ。怪我すんなよ」

「……やはり女性のゴレイロは少ないようですね。私以外にお見掛けしません」

「男のシュートも飛んで来るからな。でも心配すんな。そもそも撃たせんから」

「それはそれで仕事が無くなるのですが……」


 実際のところ、本番では俺がゴレイロをやるという案も無いことも無かったが。彼女自身、案外このポジションを気に入っているということもあるし。


 何より、彼女がゴール前に立つことで相手も結構躊躇するところもあると思う。姑息な作戦と言えばそれまでだが。それに、彼女にしたって置物というわけではない。立派な戦力だ。



「期待しとるで。うちの守護神さん」

「……はい。だから、見ててくださいっ」


 自信に満ちた、良い表情だ。ついにフットサルでもこんな顔が出来るようになったんだな。成長を見守るお父さんの気分だ。泣きそう。嘘だけど。



「ねえねえわたしは? 二つ名みたいなのない?」

「え、比奈の?」

「二人だけズルいなー」


 守護神とかサッカー界隈じゃ割とあり触れた表現なんだけれど、ともかく比奈もなんか欲しいらしい。そんな屈託の無い笑顔で迫るんじゃねえよ。考えちまうだろ。



「あー…………そうだな……走り屋とかで」

「えぇー? なんかヤンキーみたいで怖いなー」

「なら陸上部とか暴走族になっちまうぞ」

「んー、まぁいっか。走り屋でーす」

「楽しそうやなお前……」

「楽しいよー?」


 両手四本の指を立てダブルピース。チャームポイントの眼鏡がコンタクトなってしまった辺り、ほんのちょっとだけ思うところが無いことも無かったけれど、これはこれで普通に可愛いから困るわ。



「………………じぃーー…………」

「口に出さないで見るんだよそういうのは」

「で? あたしのクソカッコいいあだ名は!?」

「宴会部長」

「趣旨変わってね!?」


 瑞希はいつも通りで十分だ。ある程度の守備をやってくれれば、後は自由にしておこう。



 長いホイッスルが鳴り響き、前の試合が終了した。スコアは3-1と、あまり動かなかったようだ。


 さて。そんな俺たちの初戦だが。入れ替わるように共にコートに現れたのは、全員有名なイングランドのチームのユニフォームを着た「ヤング・トラフォード」というチーム。


 ゴレイロはビブス着てるけど、全員漏れなく赤いユニフォームだ。なんなら著名な選手のネームがそのままプリントされているし、そういう繋がりのアマチュアチームなのだろうか。


 レベルが全く分からん。ふざけているのか本気で寄せているのかサッパリ分からん。


 男子3人と、女子2人。控えメンバーは4人ほどおり、男女は半々。まぁでも、比較的和気あいあいとした雰囲気を見るに、そこまでガッツリやるようなチームではないんだろうな。



「よろしくねー。男、キミ一人なの?」

「え。あ、はい。そうですけど」

「楽しそうでいいな~。まっ、お手柔らかにね~」


 相手の男性メンバーに声を掛けられる。さっきの試合より女性の比率が多いからか、現場の空気は随分と和やかなものだ。他のチームからも視線を集めているようにも感じる。


 まぁ、俺以外みんなドの付く美少女ばかり揃っているのだし、仕方のないことか。それに、唯一の部活チームだからな。注目を集めるのも当然だろう。


 ただ、勘違いしちゃいけない。


 楽しそう、という外野からの感想も。

 女の子ばかりが集まったチームという事実も。


 間違ってはいない。

 間違っては、いないのだけれど。



(見せてやるよ。すぐにな)


 俺たちのすべてを。実力を。本気を。

 余所見すんじゃねえぞ。



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