はじめての大会と謎キャラが登場する章

160. ウザすぎお前ら


『ふふふっ……ここに入れたいの? まだダメよ、もっと、もっと大きくしなきゃ……見て、私の○○○○。こんなにじっとり濡れて、今にも溢れ出しそうなのっ……ほらっ、もっともっと大きくするのよっ……!』


『法悦の笑みを浮かべる彼女は、ぬらぬらと照り光る皺一つない薄桃色の蜜壺を、二本の指で一心不乱に掻き回す。反対の手で強く握り締められた彼の逸物は、小刻みに漏れる吐息の暖かさと絶え間なく続く上下運動に唆され、行為に及ぶにはあまりに離れている彼女の秘部へと手を伸ばすように、釈然と距離を縮め――――』



(いや、キッツ)


 パタリと閉じ込めた本の隙間から、新書独特の抜けるような匂いが飛び込む。これ以上読み耽ると、余計なツンと来る匂いまで混ざりそうで、やってられない。

 

 カーブに差し掛かり、吊革が痛々しく軋む。代わりに取り出したスマートフォンは、画面さえ汗を搔いている。スワイプした先のグループチャットが喧しく動いていた。



 フットサル部の活動再開からこの数日間。スクールバスに揺られるおよそ10分の道中。比奈から譲り受けた官能小説『生徒会の淫らなカンケイ お仕置きしちゃうぞ♡』をひたすらに読み進めていた。


 割かし危ない橋を渡っているという自覚はあるにはあったのだけれど、ついに先日「そろそろ感想欲しいなあ」とメッセージが飛んできたものだから、ガン無視で放置するわけにもいかず。こうして時間を縫って本を手に取っている。



 実を言うと、この本はもう二週目だった。読書そのものは嫌いではないし、取りあえずパラパラと流し読みだけはしていたのだけれど、感想を求められるとなるとそうもいかないわけで。


 美人生徒会長が気弱な後輩の副会長に性的に迫るというストーリーなのだけれど、後半に連れて副会長くんがドンドン強気になって行って、最終的に立場が逆転するのである。


 Sを気取っていた生徒会長が実はドM体質であったことが分かり、最終章では首輪を着けられて露出デートを遂行するという、なんというか、中学生でもここまで妄想豊かとはいかないだろとツッコミの一つ二つは避けられない展開であった。



(比奈はSだよなぁ……どう考えても)


 真面目を絵に描いたような彼女の外面が、ある意味で見せかけのモノだったことは先日の出来事から察するに容易だが。所々で発揮される小悪魔的言動は疑いようもなく素面であろう。


 逆に、あれか。この小説みたいに、本当はMだけどその辺り俺に解き明かしてほしいとか、願望込みなのだろうか。

 それはそれで嫌だな。瑞希とか琴音は苛めてて楽しいけど、比奈が相手だとえげつない逆襲が待っていそうで恐ろしい。



 それはそうとして、本当にこの数週間、彼女たちに振り回されっぱなしである。一体どれだけの精神と財布をすり減らして来たかと。


 あの小説の気弱な副会長くんじゃないけれど、そろそろ逆襲の機会があってもいい気はするんだけどな。かといって首輪付き露出デートは御免だけど。マジで良さが分からん。



『ハルト、遅い! 遅刻!(# ゜Д゜)』

『いええええい罰金だああああああああ!!!!』

『アイス楽しみだなー。チョコミントがいいなー』

『先に始めてますね。私はバニラでお願いします』

『ウザすぎお前ら』


 リードなら着けてもいい気がしてきた。

 手綱を握るくらい、そろそろ許されると思うんだけど。




*     *     *     *




 コート中央でボールを握った瑞希が、そのまま真っ直ぐ先に立つ愛莉へ鋭いくさびのパス。

 ディフェンス役としてマークに付く俺が後方から身体をぶつけプレッシャーを与えるが、巧みに肩をぶつけ動きを制限し、受け取ったボールを右サイドに展開。


 走り込んでいた瑞希が中の状況を確認し、グラウンダー性の早いクロスを上げる。そのままゴール前へと侵入していった愛莉と、マークに付く俺のすぐ後ろを通過し、逆サイドで待ち構えていた比奈へとボールが渡る。



 ノートラップ、ダイレクトで放たれた右足でのシュートはそれなりの威力を持ってゴールマウスを襲ったが、ゴレイロを務める琴音の、懸命に伸ばされた左手によって間一髪弾かれた。



「惜っしいひーにゃん! でもナイス!」

「うーん……上手く当たらなかったかも」

「今のはくすみん褒めるべきかなー」

「まぁ、これくらいは」


 お手本のような瑞希のサムズアップに続き、琴音も右手を上げ応戦する。充実の笑みを浮かべる二人に代表されるように、悪くない、むしろ理想的とまでも言えるオフェンスだった。



 先日の愛莉との会話や、サークルとの一戦で露呈したフットサル部の弱点を克服するため、ここ数日の間練習を続けているコンビネーションプレー。


 まず、俺が唯一のディフェンス役となり、瑞希、比奈、愛莉の三人は自陣で立ち位置を入れ替えながらパスを回す。

 そして、愛莉が相手ゴールに近づいたタイミングで二人のどちらかが縦パスを打ち込み、サイドへと展開。


 そこからクロスボールを入れ、逆サイドの空いた一人がシュートを撃つ。若しくはそのまま愛莉へリターンし、ゴールに近づく。



 あくまでも一例ではあるが、自陣でのゆったりとしたポゼッションから、素早く相手ゴールに迫るための手段として。また、愛莉の弱点であるポストプレーを強化するための一策として導入した戦術だ。


 ゴールに一番近い愛莉へボールを預ける「ピヴォ当て」と、攻撃のスピードアップを目的としたワンツー、三人目の動き出しを兼ねた連携。


 勿論、愛莉だけでなく全員がポストプレーを行うパターンも練習している。ゴール前でなくても一人ひとりが余裕を持ってボールを保持することで、数的、時間的余裕が生まれスペースが生まれるよう、それぞれが考えながらコートを駆け回る。



 既に一定の効果が見始めていた。俺一人では三人のボール回しに対して、ほとんど有効な守備を見せることが出来ていない。



「瑞希。縦に走り出したとき、比奈を見過ぎだ。クロスの位置も浅い、もっと深いところまで切り込めばマークも分散できる。あと、ピヴォに当てるときは迷わずすぐに出せ。あとワンテンポ早ければ、そのまま愛莉が撃てるタイミングやった。出来んだろ、サボるな」

「あ゛ーい。りょうかーい」


「愛莉も前に出るなら出るで、ハッキリ動け。今はお前の練習って分かってるから俺も着いて行けてるけど、実戦ではここで躊躇ったら流れが切れて、展開が遅くなる。いいな」

「うんっ……分かった」


「比奈、動きは完璧。でも、無駄走りが多いな。最後に撃つとき、足が縺れただろ。スペース見つけるのは上手えんだから、余計に動かないほうがいい。ボールの流れをしっかり見て、必要なときだけフルスロットルで走れ。そうすれば今みたいに、フリーで撃てるようになるから」

「はーい。ありがとうございまーす」


「琴音は……お前、上手くなったな」

「まだまだです、こんなの」

「いや、かなり際どいコースやったし、普通にすげえよ。明後日も安心やな」

「…………ど、どーも……」


 わざとらしく顔を逸らす彼女に当てられたのか。先ほどまでの張り詰めた熱気が嘘のように、ほんわかした空気の流れる新館裏テニスコートであった。



 そんなこんなで、フットサル部初めての対抗試合となる「VAMOSCUP(バモスカップ)」の開催が二日後に近付いている。


 この数日だけで、チームとしての練度は見違えて向上していた。


 愛莉はプレッシャーを受けてもしっかりボールをキープできるようになっているし、瑞希も守備をサボる回数が目に見えて減った。

 比奈は俺たちのボール回しにしっかり着いて来れるようになったし、琴音は時折、ビックリするようなファインセーブを見せてくれる。


 相変わらず、俺だけ目に見えるような成果が出ていない点は心配になるけれど。まぁ、本来の調子を取り戻しただけ、まだマシな方か。



「おーい、フットサル部員どもー」


 聞き慣れない、若しくは忘れ掛けていたハスキーな声がコートに響き渡る。その発生源は、小さな段ボールを抱え新館に繋がる扉を開け現れた、峯岸であった。



「おーっ、峯岸ちゃーん! なにそれなにそれっ!」

「職員室に届いてたから、持ってきたんだよ」


 それなりの重量を伴うのか、ドスンとコートに置かれた段ボールの中身を、いち早く比奈が察知した。



「あっ、ユニフォーム届いたんだね」

「そう言えば、すっかり忘れていました」

「そっか。ハルトがデザイン直したんだっけ?」

「ちょっとだけな」

「見して見してぇーっ!」


 一目散に峯岸の下へと駆け寄る瑞希に続き、残る四人もぞろぞろと段ボールの前に集合する。脱兎の如くガムテープをひっぺり剥がし、ビニールに包まれたそれを瑞希が取り出した。



「おぉーっ、ライトグリーンってやつだな」

「琴音ちゃんは、この紺色のかな?」

「なるほど……悪くないですね」

「ふーん……学校の名前も入ってるのね」


 薄緑とそれより少し濃いグリーンの二色をベースに、太い縦線を描く、シンプルだが存在感のあるデザインだ。パンツは白で、ソックスはライトグリーン。


 胸元には筆記体でYamasakiの文字が入り、背中には背番号と各々の下の名前がプリントされている。名前入れるのが一番料金高かった。まぁ言わんけど。



「背番号とか、スペルとか、間違ってないよな」

「ん、おっけー。ちゃんと希望通り、7番!」


 瑞希の自由奔放なプレーぶりや、スピードとテクニックで魅了するスタイルを考慮すれば、7番はピッタリだろう。俺もちょっと欲しかったけど。



「わたしは希望とか出してないけど、2番なんだね」

「それは私が希望しました。連番なので」

「あははっ……琴音ちゃんは1番だもんね」


 ゴレイロというか、キーパーは1番で確定みたいなところもあるし彼女は迷わなかったけれど。あと、なんとなく1が好きそうという偏見。


 何だかんだ比奈の2番も板に付きそうだな。あちこち走り回って攻守に貢献するスタイルは、琴音を支える立場を考えても良く似合っている。



「で……私は9番ね。別になんでもよかったけど」

「一応、得点源だろ」

「プレッシャー与えないでよっ……うん、でも、嬉しいかも」


 僅かに頬を緩ませ、ユニフォームを眺める愛莉。


 お前はこれしか無いだろ。これから何十、何百も決めて貰わなきゃいけないんだから。うちのエースとして、背番号に恥じないだけの働きはして貰わないと。



「あれ……陽翔くん、5番なの?」

「昔は10番を背負っていたと聞きましたが」


 最後に余っていたユニフォームを手に取ると、比奈と琴音が少し不思議そうにそう尋ねて来た。自分でも意外なチョイスだとは思う。今までの人生で、一度も背負ったことのない数字だ。



「ノンノンノン。フットサルのエースナンバーは5番なのだよ。抜け目ないなハル」

「まぁ、それもあるけど」

「……他に理由があるの?」

「ちょっとな。まっ、気にすんな」

「ふーん……」


 これといって興味の無さそうな愛莉を横目に、5番と「HARU」の文字がプリントされた背中をジッと見つめる。瑞希しか使っていないあだ名を入れたのは、本当に気紛れなんだけど。


 なんというか、今の俺に10番は烏滸がましいというか。そんな気がしないでもないのだ。あの頃は10番を背負うに相応しい選手であったと自負しているけれど。


 だから、今はその半分。

 それくらいがちょうど良い。


 付け加えるのであれば。この番号を背負うことで、俺たちが5人で始まったこと。5人でしか成し遂げられないものを体現できればいいなと。まぁ、願掛けみたいなものだ。



「…………頑張れよ。廣瀬」

「……ん。任せろ」


 何か察したのか、峯岸も少しだけ口角を吊り上げ優しく微笑みかける。お前、そんなキャラじゃないだろ。恥ずかしいな。



「先生。明後日、ちゃんと来てくださいね。部長としてお願いしてますからっ」

「えぇー? 面倒くせえな……」

「一応にも顧問でしょう。仕事してください」

「一応って、おまっ、楠美テメェ、言うようになったな!」


 そんな一言を合図に、笑い声が木霊した。


 今だけは、燃え盛るような太陽の熱気さえ、俺たちを後押ししているように思える。止まっていた時計の針も、試合再開を喜ぶように音を立て足を踏み出した。そんな気がしてやまない。


 いや、そうか。

 俺たちの試合は、まだ始まってもいない。


 そして、俺自身も。

 まだ、始まりに過ぎないのだ。



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