143. 余所見してる場合じゃない
天国と地獄の美味しいとこ取りみたいな密室空間からようやく解放され、渋谷を一つ越えた代々木アリーナの最寄り駅へ到着。改札を潜り幾つかある出口のうち、一番近いところから階段を登り外に出る。
目の前に広がる無数の車とだだっ広い道路。振り返ると、本当に駅の出入り口なのかと思いたくなるほど目立たない看板が頭上に掲げられていた。
「ここが表参道……っ」
「なんやエライ緊張しとんな」
「テレビでしか見たことないし……っ」
正面向いて東側に首を振ると、確かに人だかりのようなものも確認出来る。
一直線に低下する視力故、メガネも掛けていないと何があるのかも分からないが、恐らくブティック関連の店が立ち並んでいるのだろう。俺だって東京の知識皆無だし分からん。
「………あとで行くか?」
「へっ?」
「興味無いわけちゃうやろ」
愛莉とウィンドウショッピングとかまるで想像不可能な荒業だが、初めて訪れたのであろう流行発信地にどう見たって浮ついていた。
確か、ここからすぐ歩いて原宿とか渋谷とか余裕で行けるんだよな。本来の目的を見失いそうだ。まぁ後者は瑞希がいるからちょっと興味あるって程度だけど。
「とっ、取りあえずあと! 試合始まるし!」
「おぉー……あんまり慌てんなよ」
「別に興味が湧いたとかじゃないから!」
まぁ深くは問い詰めん。
分かりやす過ぎるのも考え物だ。
歩道橋の階段をちょっとだけ早歩きで進む。
周りには、俺達と同様の方角へ進んでいく人が何人もいて、関心の高さが伺える。ほとんどが男性の友人同士か若いカップルで、言うほど自分も浮いていないのかな、なんて思ってみたり。
いや、そりゃ確かにフットサルを参考にとか、勉強の為になんて理由で来てる連中はほとんどいないのだろうけど。そう考えると、俺と愛莉の関係性ってなんだろう、とか。
同じ部活、チームメイト。
分かってる、分かってるけど。
でも、コイツの確認を取る必要なんて無いだろう。少しくらい、美人の横を歩く優越感を許してくれたって。
歩道橋を渡り終えると、上からも見えていた大きなアリーナのような建造物の入り口が、左手側に現れる。
歩道の脇では、黄色のパーカーで統一された格好の人達が沢山のチラシを配っていた。チラシを受け取った大半の人達がアリーナの門を潜って行く。
「……チラシ、結局配らなかったわね」
「本当に配る気だったのかよ」
「……え、なにか問題あった?」
「問題っていうか……いや、なんでもねえわ」
「へんなハルト」
懐かしいなあのクソみたいなチラシ。
まだ持ってるんだよなあれ。
今となっちゃ微笑ましい昔話の類だけど、本当にあんなもの校内にばら撒いていたらどうなっていたことか。
ただまぁ、どちらにせよ来年の春には必要になって来るものか。次は比奈辺りに描かせよう。コイツには一切関わらせない。心に誓った。
石造の階段をニ、三歩上がり、50mほど先のゲートへ足を進める。辺りには屋台が幾つも出ていて、既に多くの人で賑わっているようだった。
タコス、ケバブ、お好み焼きなんて言葉があちらこちらに見付けられる。少しばかり興味をそそられないこともないが、どれも500円はするのか。コスパ悪いな。やめとこ。
ゲート前に着くと、何本かの道に分かれていて、係の人らしき方々がチケットを預かっている。
その横には再入場口というのもあり、どうやら割と簡単に出入りできるようだ。今現在で会場を後にする人は見当たらないが。
「ハルト、チケット取ったわよね?」
「たりめえだろ、ほれ」
「サンキューっ。あっ、お金だけど……」
「……1,000円引な」
「助かるっっ!!」
何試合も観られるからお得っちゃお得やけど、言うて3,000円だしな。少なくとも愛莉にとっては生活面費に直撃する値段であろう。買い食いもロクに出来ねえからなコイツ。
係員に渡すと、立ち止まる暇すら与えずチケットの端を切り取って戻してくれた。ああいうのを素早くできる人って、なにか訓練とかしてるのだろうか。知らんけど。
中に入ると、歳の行った老人がビニールの袋を手渡す。チラシが山ほど入っている。こういうの読んだことねえな。
で、向かって右側には、何やら運動用のシューズ……俗に言うスパイクだ。何種類ものそれらが、スポーツショップで見るものと同じような形で、壁に沿うように並べられている。
どうやら、主催のスポンサーの宣伝のコーナーらしい。少年がベンチに座って、試供品のスパイクをせっせと履いている。可愛い。
隣のブースには、色鮮やかなTシャツやタオルマフラーが台に幾つも置かれている。チームのオフィシャルグッズを売っているようだ。今日は全てのチームが揃って試合をするから、こういうのも売り飛ばすにはちょうど良いのだろう。
興味を惹かれるものがあるが、持ち合わせは決して多いとは言えず、断念するしかない。そもそもどんなチームがあるかとか全く知らん。
「おぉーっ! やってるやってる!」
身長の三分の二ほどある石造のブロックに身体を乗り出し、アリーナ中を見渡す愛莉。別に乗り出さなくてもだいたいの風景は確認できるのだが、まぁやってみたかったんだろう。追及はしない。
俺達の立つ場所を始点に、反時計回りでグルっと下のコートを回るように歩く。やがて見えたコートでは、愛莉の言葉通り既に試合が始まっていた。
あまり大きな音量ではないが、客席の下の方ではそれぞれのユニフォームと同じカラーの催しを施した大勢の人が太鼓を叩いたり、声援を送っている。
「席、空いてるかしら。意外と混んでるわね」
「真ん中らへんは流石にな」
最初に立っていたところとはだいぶ離れているが、それでも一階の席に二つほどのスペースを愛莉が発見する。丁度スタンド中央の列くらいだろうか。
すぐ後ろにそびえ立つ二階席をあとに、階段を降りていく。列には何人かの団体で来ている人がいて、どうやらその中間のスペースのようだ。
手刀を切りながら席に進み、俺が奥に座り愛莉が左隣に座った。荷物を地面に置き、ようやく一息。
「意外とええとこ取れたな」
「5人いたら結構きつかったかもね」
「いま、どことどこの試合やこれ、分からん」
「浦安対大阪だって」
「……ほーん…………大阪ね」
あったんだな、プロチーム。
いや、だからなにとか、別に無いけど。
無数のチラシのなかに各チームの簡単なプロフィールが掲載されている。赤いユニフォームが浦安で水色が大阪か。どちらもリーグ屈指の名門、との表記。
(……速いな……しかも、ミスが無い)
所謂フローリングのコートで、俺たちが普段プレーしている人工芝とは違い、抵抗が少ないのだ。
パススピードは想像していたよりずっと速く、そしてそのパスを受け取る選手の繰り出すパスも、まぁ速いこと速いこと。
次に選手の動き。サッカーのおよそ四分の一ほどらしいそこでは、両チームのゴレイロを除いた計8人がコート内を所狭しと動き回る。
コートが小さいということは、両チームのゴールの距離もサッカーとは比べ物にならない。一度軽率なプレーでボールを奪われてしまえば、即失点の危機に陥ることとなる。
逆に言えば、出来るだけ高い位置。つまり相手ゴールに近い場所でボールを奪えば、よりゴールの可能性は高まる。
ゆっくりボールの位置を確認している暇すら無い。次々と味方にボールが渡り、さっきまで自陣で守備に奔走していた選手が相手のゴール前に飛び込んでいく。
まるで瞬間移動でもしたかのような。
恐るべき切り替えの早さ。
「…………これが、プロのレベルか」
「速すぎるわよ……全然ボール追いつけないっ……!」
「……眼鏡掛けよ」
「えっ、ハルト目ぇ悪かったっけ」
「そこそこ」
「似合わないわね」
「うるせえ試合観ろ試合」
余計なお喋りも束の間。
アリーナ中から歓声が上がる。
余所見してる場合じゃない。
まるで、コートが吠えているような。
そして俺たちは、本物を目の当たりにする。
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