142. (´◉◞౪◟◉)


『今日から里帰り中(+_+)ごめんね』

「バイトなうーー!! 行きてーーーー!!!!』


 電車に揺られ数分、ようやく比奈と瑞希から返事が返ってきた。二人とも、朝から忙しかったのか、グループチャットを見る暇も無かったようだ。


 比奈の里帰りってどこなんだろう。確か小さい頃から上大塚の辺りって言っていたから、両親のどちらかと地元ということか。お土産はしっかり貰うとしよう。



 で、瑞希はバイトか。アイツ、働いている姿がクソほどもイメージできないんだけど、なんの仕事してるんだろう。


 多分、日雇い系だろうな。

 コンビニの接客とか絶対に無理。

 遜るという概念すら知らんやろアイツ。



『今日は模試があるので、すみません。夏前から予定に入っていたので、動かせませんでした。先に知っていれば、そちらを優先したのですが』


 その後、俺宛ての個人トークに、琴音からも連絡が入る。実に真っ当な琴音らしい理由で安心、というか本来なら俺らもこういうの参加しなきゃいけないんだろうけどな。今は考えん。敢えて。



『結果的に、貴方と愛莉さんだけですか』

『だな』

『くれぐれも変な気を起こさないように』

『なんや変な気って』

『愛莉さんを困らせないようにということです』

『俺が困らせたいのは琴音だけやから安心しろ』

『通報します』

『ごめんて』


 軽快に弾むトークの末、だいぶ調子に乗っていた。メチャクチャしょうもない話付き合ってくれるんだもん。好き。



『そーいうの練習中に言えや馬鹿ッ! アホッ!』

『悪かったって』

『あー最悪ーー!! バックレたいーー!!』

『ちなみになんのバイト』

『んーー?? 着ぐるみの中の人ーー』

『マジかよ。キッツいな』

『このまま行っていい??』

『別のイベントと勘違いされるからやめとけ』

『渋谷だからぶっちゃけ行けんことも無い』

『やめとけて』


 試合が終わった後、暇だったらちょっかい掛けに行こう。


 着ぐるみか。

 当時いたチームにもおったな。マスコット。


 それこそ子どもの頃とか、チームの試合観に行って風船とか貰ったことあるけど「暑い中お疲れさまです」とか律義に挨拶する嫌な子どもやったな。



『愛莉ちゃんと二人きりなんだね。いいないいな』

『里帰りってどこ行ってるん』

『富山だよー。お母さんの地元なんだ』

『お土産よろしく』

『えー。どうしよっかなー』

『別に無理にとは言わんけど』

『わたしが帰省してる間、二人はデートだもんなー』

『妬いてんの?』

『どうでしょー』

『素直になれよ』

『(´◉◞౪◟◉)』

『なにそれ怖っ』

『今の心境』

『ピンと来んわ』


 どいつもコイツも、何故グループではなく俺宛てに送って来るのか、という割かしどうでもいい疑念は置き去りにするように、電車は都心に向かい次々と駅を飛ばし進んでいく。


 方面が方面なので、車内はとにかく人が多い。

 次の駅で大多数が降りてもまだ座れそうにない。


 余裕ぶってスマホを弄っていても、数の暴力と呼べんばかりの圧迫感と、鼻を潰すような汗の匂いが充満して、カーブの揺れと共に視界はぼやけるばかりである。



「スマホ見てないで、私の相手しなさいよっ」

「うるせえな。お前と違って人気者なんだよ」

「……えっ、シンプルに傷付くそれ」

「あぁいやごめんて」


 面倒くせえ奴やな……そう言えば根っこは人見知りのクソ陰キャだって忘れてたわコイツ。久しぶりに二人きりになって思い出したけど、まぁまぁ絡みづらいんだよお前。俺と同じくらい。



「で……琴音ちゃんも来れない?」

「ん。模試やって」

「あー、そっか……じゃあ、本当に二人なのね」

「まぁ偶にはええやろ」

「……そうねっ。たまには、ねっ」


 不満げな表情から一変、頬がぐでんぐでんに緩み、赤く火照っている。車内の暑さから来るもの……と一方的に断言できないのは。


 鈍感じゃいられねえよなぁ。

 そこそこ幸せそうな顔しやがってよ。



「ちょっと寄るぞ」

「んっ……すっごい混むわねっ……」


 特急の止まる駅に到着し、出て行った以上の人数が新たに車内に押し寄せてくる。人波にグングン押し出され、愛莉は反対のドアにぴったり接着するほどであった。


 俺とて流れに逆らうこともできず、なんとか愛莉の傍から離れまいと適切な距離をキープしようとするのだが。


 かなり強引に背中を押され、バランスを崩す。

 こんなところで体幹がどうとか言っていられない。


 ユニフォーム引っ張ったらファールだろ。

 そういう領域だよこれ。



「おっと!」

「ひゃっ!?」


 ギリギリ両手をドアに突き出し、転倒を回避する。が、場所が悪かった。両手の間には、小動物のように身体を震わせる愛莉の姿が。


 結構な力とスピードで押し出されたものだから、一気に愛莉との距離を詰めるような形となってしまった。彼女はあからさまに近付いた距離感に動揺を隠せない様子であった。


 その後も、次々と乗り込んでくる大勢の乗客に押し出され、俺と愛莉の距離はますます接近していく。なんとか腕を伸ばすことで密着だけは避けられているが、もはや風前の灯火であった。



 顔を真っ赤にした愛莉が、腕の間から上目で覗いてくる。これ、もしかしなくても「壁ドン」ってやつだろうか。


 こんな半強制的な壁ドンがあるかよ。

 言うならば、ドアドンか。

 つまんな、二度と言わん。



「……うで、辛くない……っ?」

「大丈夫だっ、問題ない……ッ!」

「すっごく心配になるんだけどその台詞……っ」


 言うといてアレやけど、結構キツイ。

 もうプルプルしまくってる。

 変なところ攣りそう。



「……もうちょっと近付きなさいよ」

「いや、流石にこれ以上はハグと変わらんやろッ」

「だからっ……別に、良いって言ってるの……っ」


 もはや近付き過ぎて彼女の顔が俺の胸元にまで届きそうな手前、視線が重なることも無いのだけれど。それでも、俺を目を必死に見まいと下を向いていることは、なんとなく想像出来る。


 思い掛けない彼女からの提案は、出来ることなら今すぐにでも飛び乗りたいほどであるが……考えなしに同意するのもどうだろう。間違いなく、今は楽でもその後が問題である。



 が、時間は俺たちを待ってやくれない。ドアが閉まり、更に乗客は中へ、中へと押し込められる。


 不可抗力だった。またも背中を押され、いよいよバランスなど保てる筈もなく。愛莉に身体をグッと押し寄せる。



「ひっ。ひぅっ……っ!!」

「わ、悪い……ちょっとだけ我慢しろ……」

「……いっ、い、いいわよ別にっ……!」

「いや、どう見ても辛そうなのお前やろ……」

「だ、大丈夫よっ……ハグなら前にもしたでしょ……っ!?」


 サッカー部との試合の、あれか。お前メッチャ恥ずかしがってたけどな。よくあれを経験値の一つとしてカウント出来たな。



「…………あと、何駅?」

「分からん……三つとか……?」

「…………私は、平気だから……っ」

「……無理すんなよ」

「……嫌じゃないし……っ」


 にしては身体震え過ぎである。

 恐怖なのか、恥ずかしさから来るものか分からんが。


 この状況、マジで勘違いされそうでこっち怖い。今日に限ってはどっちもDQN系統だからギリギリ誤魔化せてるかもしれんけど。



 彼女のスタイルにはおおよそ適していない小さめのトップスが、フットサル部随一の巨乳をこれでもかというほど強調している。


 真っ直ぐ立てばそこが一番の凸なわけだから、ほぼ抱き合っていると言っても過言ではないこの状況下で、最も意識せざるを得ないのはやはりこの部分で。



(……キッツぅ……ッッ!!)



 電車が揺れるたび、柔らかな衝撃が腹部に伝わる。


 無理。辛すぎる。

 生殺しにもほどがある。


 耐えろ、耐えるんだヒロセハルト。 このままのテンションで試合なんて観に行ってみろ、もうフットサルボールがおっぱいにしか見えなくなる。それだけはそれだけは避けなければならない……俺は今日、勉強をしに来たんだ――――ッ!




『次は○○、○○、代々木第一アリーナお越しの方はこちらでお降りください』


((よし行けるッ! 耐えるッ!!))


『電車急停止致します、ご注意ください』


((無理ィィィィッッ!!!!))



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