141. 柄悪ぅっ
一部と二部、20チームで構成されるフットサルリーグ「Liga Japan de Futbol Sala」。頭文字を取って、通称LJFS。
15年ほど前、全国各地のアマチュアチームを母体に発足した比較的新しいリーグのようで、夏にシーズンが始まり、春にはプレーオフの末に年間王者が決まる。その新シーズンがまさに明日。開幕するのだという。
「……セントラル開催ねえ」
各チームは本拠地にホームアリーナを持っており、週末になると各々試合を行うというのは他のスポーツとも変わらない。しかし、開幕戦に限り一ヵ所のアリーナに集中し試合を行っているとのこと。
会場は東京、代々木。あそこのアリーナなら俺も知っている。フットサルに限らず、バレーの世界大会などが頻繁に開催されていて、スポーツファンならお馴染みの会場だ。
大して使ってもいないパソコンを開いて、情報をかき集める。明日からの土日二日間で、トップリーグの開幕戦計6試合が3試合ずつ行われるようだ。
チケット代は、一日で3,000円。3試合観れる分にはかなりお得というか。価格崩壊も良いところな値打ちである。集客、苦労しているのだろうか。
『どうする? 行ってみる?』
『勉強にはええかもな』
『ちゃんと試合観たこと無いもんね』
個別トークで交わされるやり取りだけでも、愛莉が十分に乗り気であることは容易に伺える。あのような話をしたした手前、彼女も大会に向けてモチベーションは高い筈だ。
(まぁ、全員で行くか)
明日はちょうど練習が休みだった。というか、お盆に入るから学校に立ち入れなくて休みにせざるを得なかったんだけど。
日本国民ほとんどが体を休めている時期にまでフットサルのことを考えさせるのもどうかとは思うが、せっかくの良い機会なわけだし、誘わないことにも。
グループチャットに公式ホームページのURLを愛莉が貼って、集合を促している。俺もベッドに横たわり、スマホを眺めながら同じく反応を待つ。
が、なかなか既読が付かない。
いつもなら秒で集まって来るのに。
『みんな寝てるのかな?』
『暑いなか散々動いたし、疲れてんだろ』
『練習中に話せば良かったかも』
再び愛莉とのトークが動き出す。大量のアイスでパワーを回復させてしまった分、ほぼノンストップでミニゲームやり続けてたからな。帰宅後即バタンキューというのも致し方ないところであるが。
さて、どうしよう。
最初の試合は10時から始まるようだが。
今のうちに気付かんと起きれないだろうし。
『アイツらの連休の予定とか聞いとらんな』
『普通に帰省したりするのかな?』
『そもそも地元何処なんだよアイツら』
『わかんない』
責任皆無の一言と共に送られた、すっとぼけたようなスタンプに若干のウザさを覚えつつも。どうやら、一応には覚悟しておかなければいけないようだ。
『最悪、二人で行くか』
『私と行くのが嫌みたいな言い方ね?』
『おー。頭いいな』
『じゃー来なくていいし』
『冗談やって』
『ふーんだ』
文言でふーんとか言うな。
絶対に思ってねえだろ。
どこから見つけて来たのか見当もつかない、デフォルメされたウサギがこちらを睨み付けるようなスタンプが連打で送られて来る。ちょっと便利そうで俺も使ってみようかなとか、思ってない。
あまりSNSの類が得意でない愛莉も、最近はスタンプや顔文字を駆使して瑞希に負けず劣らずの面倒な連絡相手と化していた。文章しか送ってこない琴音がマジで癒し過ぎる。
しかし、そうか。
愛莉と二人か。
ここ最近、見事なまでにフットサル部全員と順番にデートのようなことをしていたから、いよいよコイツの番が回って来たかと余計なことを考えてしまうが。
三人とは部の活動と一切関係ない……まぁ掠りもしていないのは比奈だけだが、一応それなりにデートとしての体は成していたのに。
いざ愛莉となると、やっぱりこういうことになるのか。ボール一つ挟まないとなんもできねえな、俺ら。
二人で出掛けるのも、出会って早々に個サルへ赴いたとき以来か。何だかんだ五人で動くことが多すぎて、アイツとだけっていうのも妙に新鮮だ。
気が楽と言えば、まぁそれもある。
どうせフットサルの話ばっかになるだろうし。
けれど、気に掛かることが、無いわけでも。
(……真っ当な勉強会になりゃええけどな)
これまでのデート擬きは、どいつもコイツも妙にハプニング続きだったから。なにかとんでもないことでも起きるのではという不安は、どうしても頭によぎる。
流石に愛莉相手で変な気を起こすことも無いと思うけど……いやでもボール蹴ってない分には極一般的な美少女に他ならんし。一般的ってなんだろう。分からん。
なんだ。その、あれだ。
俺の気の持ちよう次第で、どうにでもなる。
だから、頼むからいつも通りの愛莉で居て欲しい。願わくば、向こうもそれを望んでいれば。
って、明日本当に二人だけになると決まったわけじゃないのに。なに余計なこと考えてんだ。気の持ちようって、既に余計なことで頭いっぱいじゃねえか。
『で、何時?』
『じゃ、9時集合で』
『寝坊したら許さないから』
『こっちの台詞や』
棘のある言葉の裏にどんな思いが隠されているかなど、逐一報告する義務なんてない。ただ、それが彼女に伝わらないことを願うばかりである。
本当に二人きりだったら、ちょっと嬉しいとか。
思ってない。柄でもなくワクワクなんか。
してない。
本当に、してねえっつってんだろ。
ディスプレイに映る、口元の緩んだ自分を必死に戒めるのだけれど。一向に改善されないもんだから、いよいよ馬鹿らしくなってタオルケットに放り投げた。
* * * *
8月ド真ん中にしては積乱雲が存在感を放つ一帯の空模様。少し薄着過ぎたかと、丸出しの両肩を摩擦でどうにかと雑に擦る。
先日、比奈と遊びに出掛けた際も降り立ったこの駅で、愛莉を待っている。余裕をもって20分前に到着した手前、まだ彼女は姿を見せていない。
アイツと待ち合わせして、俺より先に来た試しがないな。それ以上に遅刻を恐れて足早に家を出た俺が笑われても、さして不思議でもないが。
途切れない人混みのなかから、彼女を見つける。
また、見慣れない格好してるな。
「お待たせっ。待った?」
「いや、別に」
「ノースリーブって、珍しいわね」
「いやあ……暑くなるとばっかり」
「なんか、ヤンキーみたい」
「良く言うわ、釣り合い取れそうな恰好でよ」
これといって柄も無いシンプルな白シャツに、七分丈のぴっちりとしたジーンズ。グレーのキャップを被った彼女の出で立ちは、ボーイッシュと称するのが最も的確だろうか。
しかしどう足掻いても存在を隠し切れないパツパツの胸元が、嫌でもその性別を意識させる。琴音はまだ良かった。胸のサイズを隠すタイプの私服だったし。
コイツ、絶対に強調してる。
わざとじゃなかったら説教してくれるわ。
「なによっ、じろじろ見て」
「いや、見慣れんなって」
「そう? 私服こんなのばっかだけど」
「そういやあんま見たことねえな」
「合宿のあれは特別だったし……っ」
あのリ○ちゃん人形の初期装備みたいなワンピースか。覚えてる覚えてる。クソ恥ずかしそうにしてたな。
元々、生粋のスポーツマン……女なのにマンってあれだけど、まぁそういうところあるだろうし、普段からというこの格好も機動力重視で選ばれているのだろう。
でも、十分センスあると思うけど。
いやだってお前、モデルかよ。
スタイル良すぎる。美人かよ。つら。
「ねえ、サングラスとか持ってないの?」
「……持ってるけど、なんで」
「ちょっと掛けてみなさいよっ、ねっ」
「えぇー…………ん、はい掛けた」
「うっわ! 柄悪ぅっ。身長高いから尚更ねっ」
「じゃあやらせんなや」
こんな格好で二人並んで歩いてみろ。結構な威圧感だぞ。イケイケのDQNがスタイルの良い美人連れてるんだから。中身はコミュ障と陰キャだけどな。
「……まっ、これなら邪魔もされなさそうね」
「あ? なんて?」
「ボディーガードよろしくって言ったのよ」
「馬鹿言うなお前盾にして逃げるわ」
「うわっ、さいてーね」
楽しそうに笑いやがって。
デートする気満々かよ。
なんて、暑いからって理由でわざわざ滅多に着ない服取り出した俺が言えた口じゃないか。勿論、お前にだけは絶対に言ってやらないけどな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます