123. そんな馬鹿な


 各階を念入りに見て回っていると、結構な時間が経ってしまっていた。つうか、ちゃんとご飯食べてないんだよな。この調子だと晩飯も一緒だろうか。構いやしないけど。


 家電量販店や本屋なんかも入っているこの建物だが、夏休みド真ん中のまっ昼間ということもあり、人の流れが絶えない。

 上へ向かうに連れて、俺と似たような挙動不審な連中も増えてきて妙に安心している。悪口ではない。だとしたら高度な自虐だ。



「陽翔くん、本とか読むの?」

「たまにな。たまに」

「漫画とか読んでるイメージ湧かないなあ」

「お察しの通り、全く知らん」


 言っちゃなんだがサッカー馬鹿みたいなところあったし、世間一般の流行には本当に疎いんだよな。愛莉とか琴音のこと言えねえわ。


 エレベーターを登り切った先には最近「本屋なのに本ねーじゃん!」みたいなCMを流している店が。確かに、本よりもゲームソフトとかカード売り場みたいなところの方が目立つな。意外と的確なのだろうかあのCM。



「そーいう比奈は……そりゃ読むよな」

「えっ。なーにその微妙な間の取り方」

「教室でもしょっちゅう読書しとるし」

「うーん。最近はこれっていうの無いんだよねえ」


 とは言いつつも、新刊コーナーに訪れた彼女の右手は極めてスムーズに棚へと伸びていく。分かっちゃいたことではあるが、黒髪メガネとの親和性が高すぎて。



「お気に入りの作者さんなんだ」

「へー……どんな話なん」

「うわっ。興味無さそーっ」

「何故分かったんだ」

「そのポケッとした顔っ! ふんっ」

「あ、いやっ、ごめんて」


 仮にもデートみたいなものなのに、もう。


 少しプリプリした様子で棚に本を戻した彼女は、俺に聞かせる気があるのか無いのか。消え入りそうな声量でそう呟く。


 一応、比奈もそういう認識ではいるんだな。

 そりゃそうか。中身は断トツで女の子だもんな。

 馬鹿にしてないよ。全然。ホンマに。



「…………あ、そうだ」

「どした」

「ちょっとお手洗い行ってくるね。待ってて」

「おー。この辺おるわ」

「うん、ごめんね? 時間潰しててっ」


 怒っているわけでは無いのだろうが、妙に素っ気ない態度の比奈はスタスタとその場を離れていく。なんだ、我慢でもしてたのだろうか。


 さて、どうしたものか。

 暇になってしまった。本とかマジで興味ない。


 他にも似たような人がいるし、立ち読みはOKみたいだ。比奈のお気に入りだという作者の新刊でも読むか。


 見てくれだけなら文学少女そのものである彼女のことだ、きっと推理小説とか、ちょっとビターな感じの恋愛小説とか、そんなところだろう。



(…………ん?)



 誰も覚えていなさそうだから一応言っとくけど、俺めっちゃ視力低いんだよね。有希に勉強教えていた頃なんか眼鏡掛けてたし。最近あんま使う機会無いけど。


 つまりなんの話かというと、先ほど彼女が手に取っていた本。表紙をしっかり見ていなかったから気付かなかったのだが。



(…………肌色多いな)


 所謂、二次元の女の子が中心にドカンと居座る、ライトノベルとか呼ばれている類じゃないか。タイトルも異様に長いし。それはどうでもいいけど。


 意外やな。比奈、こういうの好きなのか。やっぱ見た目だけじゃ分からん何かがあるもんだなあ。



(ふーん……異世界に転生して……転生って生まれ変わるとかそんな感じだっけ。ほーん…………え、主人公死ぬの? プロローグだよな? 超展開過ぎん? あ、そっか。だから転生なのか。ふむ)


 最初の辺りを軽く読み飛ばしながら進めていく。こういう作品が人気なのだろうか。ファンタジーモノとかホンマに分からん。取りあえず、普通に日本語が通用する世界観か。不服。



 暫くの間、結構夢中になって読み進めていた。この女剣士、可愛いな。愛莉によく似ている。こっちの魔法使いは琴音みたいだ。身長と胸部が。



 ……………………



(おっせーな)



 女子の「お手洗行って来る」がメチャクチャ長いのはなんとなく知ってはいたが。それにしたって長い。店内の時計で確認したら、もう20分は経っている。


 変なことに巻き込まれていないだろうか。若い男も多いし、それこそナンパなんてされていたら。

 いや、流石にブッ○オフでナンパは無いか。無いだろ。ここで迷うほど彼女も天然じゃないだろうし。



(探しに行くか)


 少し歩いて見付からなかったら、ここに帰って来ればいいだけの話だし。で、比奈が既に戻っていて「なにしてたのー」なんて言ってくるだろうから、適当に返せばそれでおしまいだ。


 他に気になるコーナーでもあったんだろう。面白そうなの見てたらコッソリ観察してやる。弱みはいくら握っても足りない。



「…………いねーな」


 そんなわけで店内を適当にほっつき歩いていたわけだが、全然見当たらない。普通にまだトイレのなかとかだったり。いや、でも、それにしても長いよな。同じ階だし。


 そういや、この階ってもう一個店があったな。

 そっちも顔出してみるか。

 まさか、居ないとは思うけど。


 だって、あそこって確かアニメグッズとかそういうのが置かれている、結構オタク向きというか俺や彼女には縁の無さそうな……。



(待てよ)



 有り得るな。


 さっき読んでいた本にしても若者向けというか、言っちゃなんだけど男性向けというか、肌色が多くて官能小説一歩手前みたいな感じだったし。


 だとしたら、そういう類の店に彼女が居ることも。俺に偽ってコッソリそっちで買い物を済ませるため別行動を取ったとしても、不思議ではない。



「あっ」



 おった。



(…………え、なにしてんアイツ)



 今日の俺なんか比較にならない程度には挙動不審な様子で、周囲をかなり警戒しながらコーナーの一角を物色している。


 なんだろう。グッズコーナーだろうか。なんのグッズかまでは確認できないが、キーホルダーとかそういうのがぶら下がっているのは分かる。


 だが、どうやら目的はそこではないようだ。

 更に店舗の奥へと進んでいく。


 上手いこと物陰に隠れながら彼女を追跡。

 クソ、結構人が多いな。見失いそうだ。



(って、え、ちょっ…………エエッ!?)



 暖簾みたいなものを潜ったことで、彼女の姿は一瞬だけ視界から消えてしまう。いったい何処に入って行ったのかと、頭上を見上げコーナーの名前を確認すると。



『同人・成人向け書籍など』

『18歳未満のお客様のご入場を固くお断りします』



(倉畑さァァァァーーーーンッッ!!!!)



 そんな馬鹿な。


 待って。待って。

 理解が追い付かない。ちょっと待って。


 まず、まずだよ。何故そんな躊躇いも無く18禁コーナーに入って行ってしまうのかというのも含め。お前そんなん興味あるのかと。そこで何を買うつもりなのかと。というか俺が同行しているのによくそんなところ入れるなと。隙を見つけて買い物しようとかなんで考えちゃうのと。


 何一つ理解できない現状に、疑問や疑問や疑問が次々と溢れ返っては泡のように弾けていく。もはや思考停止寸前。



 帰ろう。引き返そう。


 俺とてこの手のものに興味が無いわけではない。だが、未成年男子にとって「18歳未満お断り」の暖簾は、世間が思っているよりもだいぶ重いものなのだ。


 見られたくないというのもそうだし、メンタル的な要素もそうだし、なによりこの格好。こんな「デートしに来ました」みたいな恰好で18禁コーナーに踏み入る勇気無い。TPOに物理で殴られる。



 こ、このことは忘れよう。忘れるんだ。

 きっと戻ってきた彼女はいつもと同じように。


 なんの穢れも知らないうら若き少女。屈託のない笑みを浮かべ「ごめんねえ、ちょっと欲しいものがあって、時間掛かっちゃった」とか言ってくれる。そうに決まってる。



 今なら間に合う。つうか暖簾の前で立ち止まるこの構図もだいぶ怪しい。


 何事も無い。

 そう、無かったように立ち去――――






「あっ」




 腕に組み敷かれた本が、バラバラと落ちて行く。

 両者ともに、それを拾おうともしない。


 出来るわけねーだろ。

 なんちゅうタイミングで、お前。


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