122. まじでまじで
スマホで検索してみると、結構有名なブランドらしい。
アニメやコスプレでしか通用しないであろうゴスロリ調のファンシーなアイテムを、普段着として街中でも着れるようにと、全世代向けにアレンジされた可愛らしいデザインが特徴的……と書いてある。
価格も程々で若者にも手が届きやすく、少し挑戦したいお洒落初心者にもお勧めの女性向けブランド……とあるが、なるほど。
高評価と低評価が、ちょうど半々だな。うん。
アイテムそのものはクオリティーも高く人気があるが、なまじ可愛らしいものばかりなので不細工が着ると悲惨だとか。
ブスの勘違いを助長させる悪魔の契約とか、オタサーの姫が着ていそうなブランド第一位とか、批評にしても散々な文字が並んでいる。
別に不細工でも可愛い服着ていいだろ。
俺だって一歩間違えたらレザーだったんだぞ。
「…………ほーん」
「なっ、なんですかその反応はっ!」
気まずさから来るやり場のない反抗心を紛らわせたいのか。琴音みたいな敬語で言い返す比奈。眼鏡で敬語使われたらいよいよ委員長である。いや実際に学級委員なんだけどな。
足を踏み入れた店内は、アイテムは勿論のこと装飾品までどことなくファンタジーに寄っているというか。どちらかというとサブカル層向けというか、実質ビレ○ンだわこれ。
先に話していた通り、こんな魔法少女宜しくな服ばかり売っているブランドでも、男性向けのスペースがあるらしい。
マジかよ。どの層に訴えんだよ。
「はっはーん。そーいうことか」
「ふぇっ……」
「前に会ったとき、母親の趣味言うてたけど」
「あっ…………う、うぅっ……」
「普段から好んで着とるんやな」
図星です、と顔に描いてあるようだ。
耳まで真っ赤に染まるその過程まで分かる。
久々に比奈の余裕顔をぶった切ってやったぜ。
慣れないショッピングでボロが出たな。
用品店に買い物に出掛けたときも、演劇でシンデレラ役でもやるのかというひらっひらのワンピースを着ていたし、なんなら合宿に行くときも中々に重たい格好をしていたし。
意外と少女趣味なところあるのだろうか。まぁ比奈なら違和感も無いし。なんならシンプルに可愛いと言うまであるけど。
「……み、みんなには秘密だよ……っ?」
「秘密って、誰に言うねん」
「琴音ちゃんは知ってるからいいけど……っ」
「アイツらな。分かった分かった」
別にお気に入りのブランド指差して「だせー!」とか言うほど、根の腐った性格の悪い奴らじゃないのは知っている。
彼女が恐れているのはただ一つ。
自分がマネキンされることである。
「気にすんなて。ええんちゃうの、こういうのも」
「……陽翔くん、引いてない?」
「んなことで引いとったら埒が明かんわ」
「ほっ、本当にホント……?」
「猫に土下座させる奴よりかだいぶマシやろ」
「…………ごめん琴音ちゃん。反論できない」
勝手に話題に出しておいてこの扱い。
やっぱコラボカフェ断ってたんだな。英断だよ。
「このブランドね。そのっ、すっごく可愛いし、わたしはお洒落だと思うんだけど、最近、世間の風当たりが強くて……っ」
「比奈なら似合うやろ。つうか似合ってたし」
「…………ほんとにっ?」
「んっ……お前のセンスは結構信頼しとるしな」
何だかんだ、俺みたいな奴に世話を焼いてくれるのもコイツぐらいのものだし。自分自身、ちょっとだけ楽しくなってきたところもあると言いますか。
まぁ、嫌なら二人でこんなところ来ねえよ。
その辺だけ、多少は伝わっておいて欲しい。
「……じゃあ、その。陽翔くんっ」
「おー」
「わたしっ、ちょっと暴走しちゃうかもだけどっ」
「もうしてるわ」
「……うん。じゃあ、気にしない方向でっ」
恥ずかしように顔を歪めて笑う。普段からこれくらいなら、もうちょっと俺のメンタルにも優しいんだけどな。期待はしないでおこう。
自分なりに割り切ったのか、彼女は新作エリアに赴き、その服のどこがポイント、どう可愛いのかと、逐一説明、解説を交え感想を求めてくる。
俺の服選びは何処に行ったのだろう、というささやかな疑念はひとまず置いておいて。浮足立つという言葉の手本のように、顔を綻ばせる。
「ほら、見て見て。このボタンただの装飾なの。可愛いでしょ? しかも意外とゆったりしてるから、着心地も良いし。可愛いとキッチリしたところが両立できる、ナイスデザインなんだよ」
「おー。そっかそっか」
「あっ! このシリーズ新作出てるっ……! あのねっ、あのね陽翔くんっ。わたしこの赤は持ってるんだけど、こっちの青の方がちょっと大人っぽく見えてっ……!」
楽しそうで何よりである。
全然分からんけど。
* * * *
結局、彼女は新作のアイテムを数点購入することになり、途中からは比奈のファッションショーが始まってしまった。嫌ではないけど。疲れた。
先ほど見つけた新作の、青色を基調とした肩が少し透けているトップスに、膝上数センチの花柄のスカート。健康的な肌に良く映える。
ホント、中世のお嬢様みたいだ。
若しくはスマホRPGのキャラみたいな。
で、ウンウンとひたすらに頷くことに集中していた俺は、どういうわけか「陽翔くんも気に入ったんだね!」と何故か無言の肯定として受け止められてしまい。
ここまで付き合ってやって「要らない」とは、いくら感情ゼロを自称する俺とて心も痛む所存であり、メンズアイテムを購入することとなってしまったわけだ。
……たっかいな。今月どーしよホント。
「わぁぁーっ! すっごく良いよ陽翔くんっ!」
「…………マジで言うとんの」
「うんうん、まじでまじでっ!」
そんな可愛らしい「マジ」があるか。
選ばれたのは、明らかの俺の身体よりもサイズの大きい白のワイドシャツに、黒のアウター。下半身は、足元がやたらスースーする、ガウチョパンツというやつ。
身体のラインが一切分からない。というか見えない。ネックレスに黒のハットまで買わされ、いよいよ別人である。
「うんうん、カンペキ。陽翔くん身体大きいから、こういうダボッとした恰好も似合うよねえ。髪も長いからいい感じに溢れてるし。バンドマンさんみたいだね」
「褒めてんのかよそれ」
ミュージシャンに似てるって人によっては結構な悪口だからな。気を付けろよ。少なくとも俺はあんまり嬉しくないからな。
「ふんふんふんっ、なるほどなるほどっ……スポーツマンっていう固定観念を捨てると、確かに陽翔くんは素材としてはぴか一……もう伸びて来てるけど、むしろ髪の毛切らせない方が……」
真面目に俺を論評するな。
「……モデルとか興味ない?」
「無い」
「ですよねぇ~」
職業柄、見られることには慣れているけれど、自分からアピールするようなことはしない。自分の顔がそこまで大したこと無いのはよう知っとるわ。泣きてえ。
「でも、本当に見違えたよ。これで街を歩いていたら、ファッション雑誌の人とかに声掛けられちゃうかも?」
「んなアホな」
「もしかしたらっ、逆ナンパ? とかもあるかも」
「もっとねーよ」
少なくとも、お前の隣を歩いている分には、余計な手出しをする相手なんぞ誰もいやしない。どっからどう見ても「ちょっと派手めな格好のカップル」としか思われないだろう。
比奈がどう思っているのかは、知らないけど。
こんな可愛い子連れて、そっちの方が心配だよ。
「ねえっ。他の階も見て回ろうよっ」
「もう買わんで」
「それでもいいからっ!」
いつの間にか揃っていた歩幅は、俺でさえ気付いていない。
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