121. 止まんねえなお前


 建物はフロアによってメンズ向け、レディース向けと分かれており、この階に限ればうじゃうじゃいた他校の制服姿の女子高生がほとんど見当たらず、大学生ぐらいの若い層がメインストリームとなっている。


 そんななか、やたら背の小さい制服の女の子がのっぽの冴えない男を引き連れて歩いている。違和感凄まじいことこの上ない。通報されんかな。


 白いワイシャツで下だけ学校基準のスラックスだから、パッと見制服だと思われないんだよなこの格好。体格にも原因あるだろうけど。


 琴音と居るときも似たようなことを考えていたが、穿った見方をすれば新人サラリーマンと女子高生の援交場面に見えなくも無いからなこの状況。



「陽翔くんは背が高いんだから、そこをもっと強調するような服選びをするべきだと思います。ということで、まずはこれっ!」


 意気揚々と手渡してきたそれは、紺色に近いブルー系統の……サマーニットって書いてあるな。


 ニットって冬に着るものじゃないのか……?

 分からん……単語の意味が分からん……。



「確かに陽翔くんはスタイル良いから、ワイシャツだけでも十分にカッコよく見えるけどね? いっつも同じ服、カラーリングじゃ「お洒落サボってる」って思われちゃうんだから。ねっ?」


 だからサボるもクソも。


「下は黒のスキニーが王道かなあ」

「こういうピッチリしたん似合わんて」

「そんなことないよ。陽翔くん、脚細いし」


 仮にも運動部で筋トレばっかしていた人間が「脚細い」と言われると、微妙な気持ちにもなってしまうのだが、まぁこの際どうでも良いとする。


 上下一着と中に着るための白シャツを渡され、強引に試着室へと連れて行かれる。楽しそうやなホンマに。明らかにテンション乗り切れていない俺の顔ちょっと見ろよ。



「次の服、選んで来るから着替えて待ってて」

「あいあい」


 素直に従ってしまう俺も俺である。


 指示通りその恰好に着替えてみると……どこにでもいるような真面目ぶった若い大学生って感じやな。顔とバランスが取れてない。着させられている感すごい。


 真人間としてロクなスキルを持ち合わせていない俺を、一般社会に馴染み切らせるというコンセプトなら分からんでもないが。逆に没個性だろこれは。



「あん、なんこれ」


 胸ポケットの辺りが何やらゴツゴツしていたので手を伸ばしてみると、ネックレスのようなものが入っていた。付属品だろうか。シンプルな、ただのリングである。黒の。指に嵌めろってわけでもなさそう。


 取りあえず、と首に掛けてみる……やっぱり没個性大学生感は否めんな……敢えて指摘するまでもないが、この手の類のアクセサリーは本当に興味が無いというか、着けてみようという発想に至ったことすら無い。



 当時置かれていた環境上、余計な装飾品は指導の対象でもあったし。仮にもチームや国家の名前を背負う、そのグループを代表した存在なのだから、服装や態度には気を付けろと口を酸っぱくして言われていたな。俺には無縁の指摘だったが。


 思い返せば、俺が白ワイシャツしか着こなせない人間になってしまったのは、こういうところが原因なのだろうか……いや、これは元々やな。たぶん。



「どーおー? 陽翔くーん」

「おー、いま終わったー」


 反応しながら試着室のカーテンを開く。


 身を乗り出した彼女は「おぉっ!」と感嘆の一言、全身を舐め回すように視線をあちこち飛ばしている。なんかキショいなその動き。



「うん、うん。なるほど。新鮮だねえ」

「お世辞はええて。これは似合わん」

「うーん……確かに、ちょっと没個性かなあ?」


 ほとんど同じような感想を述べる比奈。

 分かってたけど。

 敢えて口に出されると、ちょっと凹む。



「なるほどっ……うんうん、そっか。そうだよね。よしよし」

「一人で納得すんな。おい。置いてくな」

「もうちょっと派手な方がいいかもっ」

「えっ」


 これ以上どうしろと。

 今の格好でさえ、俺としては結構な大冒険なんだけど。


 まだまだお店沢山あるから、とやはりこちらの意見など一切取り入れる気が無いように、再び俺の手を引いてフロアを駆け巡る。


 ごめんなさい。試着だけしといて買わないで。女子っていっつもこんなことやってんのかな。無礼やな。



「ここのショップはレザーとかライダースとか、ちょっとワイルドな感じのアウターがいっぱいあるんだよ。こういうのの方がしっくり来るかも」


 だから、俺の知らん言葉で解説すんな。


 訪れたその店は、先ほどとは明らかに雰囲気からして違う……店員さんもちょっと厳つそうな人が多い。顔面のおっかなさだけで言えば俺に合った環境と言えなくも無いが。


 よくこんな、女の手出しは無用! みたいな店に堂々と制服姿で入っていけるよな。コイツ。場離れしていると言えば単純だが、他の連中と違ったところで、やっぱりズレてるよなぁ。



「ほら、これなんてどう? テーラードのジャケットに、ダメージジーンズ。シンプルだけど男らしくて、陽翔くんにピッタリだよっ。ブーツ合わせても良いし……あっ、サングラスとか掛ける?」

「止まんねえなお前」


 ファッション雑誌でしか見たことないアイテム勢揃い。いっつも思うけど、なんで日本人向けの雑誌で外国人にモデルやらせるんだろうな。どうでもいいけど。


 強面の店員さんから「大変っすね」と声にならないお言葉を苦笑いと共に授かり、再び試着室へ。


 なにこれ、着づらい。身体の自由奪われまくる。

 お洒落は我慢って、男にも共通なんかな。



「……はい、どうでしょー」

「おぉっ! うんっ、すっごくいいっ!」


 どうやら比奈のお気に召したようで。

 スマホを取り出して、一枚パシャリ。


 いや、なにしてんねんおまっ。

 絶対に悪用するだろその写真。



「すっごい似合ってる! ねえ、もう買っちゃおうよ! これで出かけたら、愛莉ちゃんも瑞希ちゃんもイチコロだよっ!」

「なんでアイツら限定やねん」

「こういうの、好きそうだしっ!」


 ド偏見。


「いや、気持ちは有難いんだけど。この格好ちょっと動きづれえんだわ。服に従ってる感がすげえ」

「えぇー? ダメだよーそういうこと言っちゃ」

「あと、高い。こんなん買えん」


 ふと目に入ったタグのお値段にまぁまぁ驚いている。全部買ったら5万くらいするんだぜ。馬鹿かよ。


 加えて彼女の提案していたブーツにサングラスと合わせたら、10万近く飛んでもおかしくない計算である。金にはさほど困っていないが、流石にそれだけのものをポンと出せる余裕は無い。



「うーん…………じゃあ、もうちょっと安いところで探す?」

「もう買うのは確定なんやな」

「だって、こうでもしないと買わないでしょ」

「仰る通りでごぜえますが」


 今月は自炊中心で行こう。



 続いて何店舗かザックリ見て回ってみたのだが、中々お気に召したアイテムが見つからないのか、少し様子を窺ってすぐに移動するということが増えてくる。


 他のフロアにも移ってグルグル歩き回るのだが……彼女の足取りは一向に止まらない。琴音もそうだけど、その無尽蔵の体力もっと部活中に活かしてくれよ。



「……あれっ? ここって……」

「あん。どした」


 えらいビックリした様子で立ち止まった比奈。

 ここ女性向けの店舗ばっかなんだけど。はよ移動したい。



「ここにもお店出てたんだ。知らなかったな」

「なんの店?」

「私のお気に入りのブランドなんだ」


 比奈御用達のブランドとな。

 ちょっとだけ興味ある。ちょっとだけな。



「ここ、一応メンズものもあるんだけど、ちょっと陽翔くんにはファンシー過ぎるかなぁって。でも、一応寄ってく?」

「別に構へんけど……」

「――――あっ!」



 しまった、という分かりやすい反応。

 


「お前、こういうの好きなん?」

「へっ!? あ、うんっ、まっ、まぁねっ!」


 雷にでも撃たれたように、激しく狼狽する彼女。

 いや、俺も結構ビックリしてるんだよ。



 だってこの店。

 所謂『ゴスロリ系』ってやつなんじゃ。


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