115. つら
「速すぎんだろなんだよオメェよぉッッ!!」
「いやいや、それほどでも」
普通に負けた。
ビキニで明らかに泳ぎにくい琴音相手に。
なんならスタートでズルして負けた。
つら。
「まぁ、貴方がボールの扱いに関して先を行くように、水泳に関しては、私に一日の長がありますから。このような結果になるのも、決して不思議なことはありません。はい」
この諭しているようでコッソリ相手を見下す、ナチュラルボーン畜生。これぞ琴音。いや、別に望んでこうなったわけでじゃないのに。
着慣れない買ったばかりの水着にも拘らず、彼女は一瞬で俺を追い抜き数秒は先にゴールしてしまった。息は切れているが、表情には余裕すら窺える。
そりゃいつも通りの喧嘩腰の琴音の方がやりやすいと思ったのは他ならぬ自分だが。
決してわざと負けて機嫌を直して貰おうとか、そんなこと一欠けらも考えていなかった。
普通に。極めて普通に。
全力で泳いで、普通に負けた。
「……いや、おかしいて」
「当時は優秀なスイマーだったんですよ」
あんな運動神経壊滅的なのに。
なんでこんなとこでだけ万能性発揮すんだよ。
「さて、私は満足しましたから、あっちでゆっくり泳いでいるので。陽翔さんはどうぞ、ご自由にトレーニングでもしていてください」
「……あ? 勝ち逃げか?」
「逃げる? まさかっ……何度やっても同じです」
「テメェ……っ」
勝ち誇るようなドヤ顔に、シンプルに苛付いている俺がいた。
気をしっかり持てみたいなこと言ったけど。ここまで増長しろなんて誰も言ってねえ。クソが。
「少し、思ったんですけれど」
「あ? んだよ」
「フォームが良くないですね。身体を上手く使えていません」
突然なにを言い出したかと思えば。彼女はレーンを潜ってこちらにやって来ると、いきなり俺の右腕を掴んで持ち上げて来た。
「腕の旋回が汚いです。余計な力が入っています」
「あ? どういうこと? てか、なに掴んで」
「ただのルーティーンとして回していませんか? しっかり水を掻き分けるように腕を回さないと、逆にスピードを落とす原因になってしまいます」
そのまま掴んだ腕をグルっと回し始める。その表情に、俺のことをおちょくるような様子は無い。
なんで急にレクチャー始まってんの。
つうか近いんだけど。
おっぱい当たるんだけど。やめて。
「肩から最短距離で水面に差し込むように」
「……こう?」
「はいっ、そんな感じです」
と、脳内では文句垂れつつも大人しく指導を受けている。事実、そのアドバイスは理に適っているようにも聞こえた。
いつもとは全く逆の立場だ。
まさか、琴音に何かの教えを乞う日が来るとは。
……いや、よくよく考えれば、俺が彼女に教えてやれることなんて、それこそフットサルに纏わることだけか。人間的には彼女の方がよっぽど社会的に機能しているのだから。
「以前、愛莉さんが教えてくれたのですが」
あっ、と何かに気付いたように顔を上げる。
「サッカーやフットサルでは、腕を使って相手を抑え込むようなプレーをするとか。それと同じなのでは? 肩から腕に掛けて鍛えることで、そういった動きにも幅が生まれるかもですよ」
メチャクチャそれっぽい、なんとなくな助言を授かる。んな曖昧な状態でアドバイスすんなや。
(……でも、確かにそうやな)
ショルダーチャージという言葉があるように、反則ギリギリで相手の動きを制限するため、肩や腕周りを使う場面がフットボールでは多々存在する。
言っちゃなんだけど、俺には必要の無い技術だったんだよな。スピードと足元のフェイクである程度、何とかなって来たから。
……嫌なことを思い出した。
2年前。天国から地獄に突き落とされた、準決勝。あれだけ自由にプレーして相手を翻弄してきたのに、あのデカブツ共には通用しなかった。
通用しない、というとまた少し違うが、いくらスピードで振り切っても身体ごと潰されるのだ。結果的に、ほとんど前を向いてプレー出来ななかった。結果は大敗。苦い思い出だ。
「たまにこういうこと言うからなぁ」
「……普段が役に立っていないのは知ってます」
「いや、だから……まぁええわ。あんがとな」
「はい。頑張って私に勝ってください」
「クソほども思っとらんことほざくな」
勝った相手にアドバイスを送るということは、俺の腕周りの動きが改善されても勝つ自信があるということだろう。敵に塩を送るとはこのことか。
「……あれくらいで疲れたってこたねえだろ」
「まぁ、まだ多少は」
「……もう一本勝負や。次は勝つ」
「それくらいで勝てたら世話無いですよ」
「うっせえな。辞めねえ限り負けてねえんだよ」
我ながら子どもみたいな意地の張り方である。
すると、なにか可笑しなことでもあったのか。
琴音は小さく噴き出すようにクスリと笑って、片手で口元を抑える。
「なに笑っとんねん。殺すぞ」
「いえっ……なんだか、おかしくて」
「言うとっけどな。普段のお前もこんなんやで」
「えぇ、そうみたいです。だから、尚更っ」
自分が意地っ張りの負けず嫌いなのはちゃんと自覚しているのに、なんでそれ以外はこうも無頓着なんだろうな。分からんわ。いや、俺が言えたことじゃねえけど。ホントに。
「……良いですよ。もう一度勝負です」
「ぜってー勝つからな。負けたらなんか奢るわ」
「そんな、別に。さっきも出して貰いましたし」
「じゃ、俺が勝ったらグッズ一つ貰うわ」
「…………ぼこぼこにしてやります」
「え、こっわ」
今度は二人一緒に。
同じタイミングで、水飛沫が上がった。
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