112. 興奮してきた
パフェはそれなりに美味しかった。季節のフルーツに生クリームを添えた王道中の王道。今までの糖分の多いデザート、甘いものは徹底して避けてきたが故に、こうしたものを昼のド真ん中から食べるというのも、中々に新鮮で悪い気はしない。
一方、スパゲッティにドリアと女子一人が平らげるには結構な量を頼んでしまった琴音だが、やはりその小さな身体には入り切らないのか。ドリアは半分ほど食べたところで対面の彼女は手が止まっている。
絶対食えないと思った。
二皿目に突入した時点でまぁまぁサプライズ。
これといった会話も無く、黙々と食事を続ける。
デートには間違っても見えないだろう。
なにも期待したわけでもないけれど。
「……あの、陽翔さん」
「んっ。食べるか」
「はいっ……すみません、お願いします」
グッズ欲しいがために欲を張るな、とお小言の一つでも言ってやろうかと思ったが、せっかく訪れた念願の場所でわざわざ気を害すようなことをしても。
あくまで俺の立場は付き添いに過ぎない。
彼女のアレコレを正す道理も、義理も無いのだ。
「はい、ごっそさん」
「……凄いですね。私が頼んでおいてなんですが」
「男の腹具合なんぞこんなもんや」
言うてスパゲッティもドリアも小っちゃいし。
むしろ男が満足するにはあと一皿必要だろう。
さて、食事も終わりやることも無いわけだが。
彼女はどうする予定なのだろう。
「まだ頼むんか。グッズ欲しいんやろ」
「それは、まぁ……でも流石にこれ以上は……」
「ドリンクくらい頼めばええやんけ」
「……そうですね。飲み物なら、なんとか」
「最悪、俺が飲み干せばええ」
「では、お願いします」
小食の彼女には心強い存在だろう。
かといってゲロ甘なのは勘弁しろよ。
再びメニュー表とにらめっこを始めた琴音。
すると、何か面白そうなものでも見つけたのか。
こちらにメニューを見せ、指を指す。
「このドリンク、カップル限定らしいです」
「ほーん……ブルーハワイねえ」
「一応、今はそういう体ですから」
「頼んでも不思議ではないな」
本当に分かっているのだろうか。この姿を見られて困るのは、ひたすらにお前だけだぞ。
「お前、変わったよなあ」
「……急になんですか」
「いやっ……俺と二人で飯食うとか、出会った当初じゃ考えられんだろ」
「……そうかもですね。第一印象も、だいぶ悪かったですし」
とすれば、今では改善したと。
「まぁ、貴方が極悪人であるという認識は変わりませんが」
「オラこのヤロー」
思った通りの回答でむしろ安心だよこっちは。
「ただ……良い部分もあることは、知っています」
「…………は? お前こそ急になんや」
「いっ、いいじゃないですか。実際思っているんですから」
少し不貞腐れたように口を尖らす彼女は、それこそ本物の相手みたいで、至って普通の可愛い女の子なのだから反応に困る。
クッソ。これだから顔の良い女は。
もう少し俺のペースで会話させろ。
ドキドキするだろ。
「……ご存知の通り、私は勉学以外、これといって自信のあるものが無い、中身の無い人間ですから……私のような所謂がり勉がつまらない存在だというのは、十分自覚しています」
こんなところに喜んできている時点でがり勉とは掛け離れた存在だと思うんですけれども、まぁ言わんとこ。
「動機は不純でしたが、フットサル部に入って、皆さんと同じ時間を過ごして、今までと全く違う景色を見て……結果的にとても満足しています。比奈もいますし」
それが一番大事だろお前は。
ただ、それだけでは決してないのだと。
慈しむようなその表情を見ていれば、分かる。
「いくら良い成績を取っても、所詮は将来のためですから。やりたくてやっていることではありません……貴方に誘われて、皆さんと出会って、自分の意志で向上心を持って取り組んだのが、このフットサル部で、本当に良かったと、思ってます」
一つ勘違いをしている。
俺は誘っていない。勝手に入ったんやお前は。
「多分、ゴレイロという、皆さんと違う立場で貢献できたのも、また良かったのだと思います。私みたいな下手くそは、何かしらの価値を見出さなければ役立たずも同然ですから」
「……役に立たねえ人間なんて、いねーよ」
そりゃ彼女が率先して引き受けてくれたのは助かったが。
その認識は、少し違うような。
「前から言ってんだろ。あの役目は、お前しか出来ねえ」
「…………はい」
「人間、生きてりゃなんかしら役には立つんだよ。お前はゴレイロっつう、ちょっと特殊なポジションに収まった。そんだけや。役割に上も下もねえよ」
「……そんなものでしょうか」
「何度も言わせんな。フットサルだけじゃねえ、琴音はあのチームに一人かおらん。お前がおらんと回らない事なん死ぬほどあるんや。合宿でもよう分ったろ」
「……次からは、幹事は私がやります」
それだけじゃないけど。
少なくとも、もう瑞希にはやらせねえけど。
「さーせん、このブルーハワイ一つ」
「『真夏も凍る迫真の謝罪を見せろっ! カップル専用ブルーハワイ・ドゲザジュース』ですねっ! かしこまりましたっ!」
もうツッコまんからな。
どんなことがあっても反応しないからな。
「……だいたい、琴音は自分のこと卑下し過ぎだろ。あんな、アイツらみたいな、個性のデパート宜しくな連中と四六時中おるから勘違いすんねん。お前も十分個性あるし、変な奴やからな」
「……それはもしかして悪口では……?」
「かもしらん」
「怒りますよ」
「自覚を持てっつう話をしとんじゃこっちは」
だとしたらどういう風にアイツらを見てるんだよ。
気持ちは分かるけどな。全力肯定。
「……そーいや、質問に答えてなかったな」
「……なんのですか?」
「試合の前に、メールくれただろ」
「……あぁ、あれですか」
彼女曰く「比奈は囮で私が目当てとはどういう意味か」という感じだったと思うが、こんなこと今更説明しなきゃいけないのか。
でも、分かってないんだろうなあ。
俺が言わなきゃいけないんだろうな。やっぱ。
「…………お前、メッチャかわええで」
「――――は? きっ、急になにを……ッ!?」
分かりやすく狼狽するその姿こそ、俺が言いたいことそのものであるわけだが。ただ事実を口にするより、論理的に説明した方が彼女には早いか。
「ええか。比奈は美人だ。人類の共通認識や」
「あっ、当たり前ですっ」
「自分が比奈に劣ってるとか考えてねえだろうな」
「あっ、当たり前じゃないですかっ!」
「いや、だから……その認識、ちょっと改めろよ」
俺だってこんなこと言いたくねえよ。
頼むから、核心に触れる前に気付いてくれって。
「……今から、超気持ち悪いこと言うで」
「……な、なんですか……っ?」
「俺な、お前のこと……めっちゃタイプなんだわ」
「――――――――は、はぁぁっっ!?」
ガタンっ。
テーブルが揺れ、コップから水が溢れた。
結構な声量だ。店中の人間が彼女に注目する。
思わず立ち上がった琴音は、自分の置かれている状況を辛うじて理解したのか、申し訳なさそうに椅子に座り直す。が、視線も動作も、一向に落ち着きが無い。
「…………し、失礼しました……っ」
「……ホンマに慣れとらんのな、こういうの」
「とっ、当然ですッ! 嘘ならもっとマシな……」
「いや、マジで。本気と書いてマジのやつ」
「…………そ、そう……ですか……っ」
今度は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
顔色がコロコロ変わるな。愛莉ほどじゃないが。
……いや、ホントそろそろ勘弁してくれよ。こんなの口説いてるようなもんだろ。俺も恥ずかしいわ。
「まず、覚えとけ。お前、メッチャ美人やから」
「…………はい……っ」
「マジで、比奈と互角やからな」
「それはっ、にわかに信じがたいですね……っ」
「まっ、俺はお前の方がタイプやけど」
「よっ、よくもまぁ真剣な顔でっ……!」
いよいよ涙目になってしまった琴音は、どうにか有効な一手を打とうにもあちこち道を閉ざされ、もうどうしようもないといった様子であった。
なんだろう。コイツ。
土下座させるより、する方が似合うんじゃね。
加虐心そそられる。興奮してきた。
「つまりまぁ……答えとして、お前はメッチャ可愛いから。比奈のことばっか気にしてねえで、自分のことも気に掛けろっつう、そういう話や」
「…………ぅぅ……っ」
もう受け答えも出来ねえのかよ。なんだこの愛らしい生物。これ以上行ったら蒸発して消えねえかな。大丈夫かな。
「自信持てよ。自分がどんな顔してっかしっかり自覚しろ。魅力が半減するで」
「……心の隅に留めておきます……っ」
「あほっ、今から直せ。ほら、私超かわいーって」
「いっ、言いませんそんなことっ!」
チッ、ギリギリで素性を取り戻したか。
ちょっと楽しくなってきたところだったのに。
「お待たせ致しましたっ!」
「あ、はいはいどーも」
「ストローお二つ付いてますので、是非っ!」
えげつない速度で身体をビクつかせる琴音さん。
さーて、第二ラウンドと行きますか。
いや、分かってるさ。
どんだけキモいことやってるかなんて。
羞恥心は店の外に置いてきた。以上。
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