111. 古代最も残忍な処刑
分かっちゃいた話ではあるが、店内は10代から20代の女性がそれのほとんどを埋め尽くしており、男の影など入る隙も与えられていなかった。
奇跡的に端の席へ案内されたおかげで、周囲の「なんだお前」的な視線を浴びずには済みそうだが、居心地の悪さはどうしたって拭い切れない。
だが、不機嫌な顔をしている場合でもない。
自身の置かれた環境なんぞ、もはや興味も無い。
もっと珍しい光景が、目の前に広がっている。
「見てくださいっ! 宙に浮いていますよっ!」
浮いてるつうか吊られてるけどな。
「なるほどっ、このテーブルの模様、猫の背中がイメージされているんですねっ……つまり私たちは、この子たちの誠心誠意の謝罪を踏みにじるように食事を取れるとっ……」
どこに感動してるんだよこえーよ。
「これですっ! アメリカンショートヘアっ! 超巨大バージョンとは聞いていましたが、まさか天井に届くほどとはっ……!」
店内ほぼ中央で、全力土下座を噛ます超巨大ねこ。身体の胴体を、地面と天井を結ぶ柱が貫く、というかブチ抜いている。
酷い。恐ろし過ぎる。
釘刺しやんこんなの。焼き鳥かよ。
古代最も残忍な処刑と言っても違和感無いぞ。
「こちらがメニューでございます。本日お客様は、キーホルダー、パスケース、ストラップなど計6点グッズをお持ち頂きましたので、総額から30%オフとなります」
俺しか話聞いてない。
せめて店員さんの方くらい向いてやれよ。
「本日カップル割を適応させて頂きますので、お会計から800円引きとなります。また、注文されたメニューによってゲットできるグッズが異なりますので、ご注文の際はお気を付けください」
ごゆっくりどうぞ、とあまり話が耳に入っていないであろう琴音と、呆気に取られた俺。そしてメニュー表を残し、店員がその場を去る。
キラキラと目を輝かせ店内を観察する琴音。
こんな顔もできるのか。
むしろ、ここだからこそ、か。
「うわ、たっか」
ハンバーグ、オムライス、ドリアなどファミレスとそう大差ないメニューが並んでいるが、どれも1,500円を超えるものばかり。こりゃグッズ持って来ないと財布には厳しい。
スイーツも一緒に頼もうものなら、一人で3,000円近くは飛ぶ計算だ。まぁコラボカフェなんて半分ぼったくりみたいなところもあるだろうし、値引きが入るなら何とかかならんこともないが。
「……で、どれにすんの」
「あっ……はい、そうですね。どれにしましょう」
メニューとにらめっこを始める琴音。
楽しそうだなあ。全然分からんなあその感情。
「なるほどっ、オムライスで「シベリアン・ドゲザふわふわクッション」が……しかしグラタンの「マンチカン・ドゲザもこもこスリッパ」も捨てがたいですね……っ」
いちいちドゲザってフレーズ入れな落ち着かんのかよ。
で、俺もなに食べようかな。そこまで腹減ってないけど。ぶっちゃけ、ハンバーグとかオムライスは冷凍食品でも十分に感じてしまう性質で、わざわざ外食してまで食べようと思わないんだよな。
となれば、自分では普段滅多に買わない、食べないものを頼んだ方が。せっかくこんなところに来ているわけだし。
「オレ、このパフェにするわ」
「それはっ……あぁ、なるほど。「アメリカンショートヘア・ドゲザマグカップ」ですね。マグカップは既に商品化されていますが、人気で中々手に入り辛いですから。良い判断だと思います」
お前みたいにグッズで決めてねえんだよこっちは。好き好んで猫に土下座させたくねえよ俺は。
「お決まりですかっ?」
「このパフェを一つ」
「『世間はそんなに甘くないっ! 全力ドゲザパフェ』ですねっ! かしこまりましたっ!」
ネーミングセンスイカレてんだろ。
誰が考えたんだよ。とっ捕まえてやる。
「わたしは『情熱のハートフル・ドゲザミートスパゲッティ』と『お味も謝罪も熱々、こんがりドゲザドリア』を一つずつで」
「かしこまりましたっ!」
食い過ぎ。
「出来上がりまで少々お待ちくださいっ!」
「あのっ、撮影は許可されていますかっ?」
「勿論っ! ドンドン撮ってくださいねっ!」
すぐさまスマホを取り出し店中を写真に収め出す琴音。こういうところは真っ当な高校生だけど。
いやホントに楽しそうで何よりなんだけど、俺はお前のメンタリティーをついぞ死ぬまで疑い続けるからな。覚悟しろよ。
「……撮らないんですか?」
「いや、俺は別に……」
「そうですか。では、あとで送りますねっ」
要らないとは、到底口に出来ないままであった。
前述の通り、店内にいるほとんどの客層は琴音と変わらない、女子高生や20代前半の女性。だからといって俺が悪目立ちしているわけでもないが……やはり、居心地は良くない。
割と真面目に、人気の理由を知りたい。むしろ社会に辟易した中高年がターゲットだろ。いや、うん。琴音が楽しいのなら、別に構わないけど。普段とのギャップが激しすぎて笑う。
「……ホンマに好きなんやな。土下座」
「違います。ドゲザねこが好きなのです」
スマホのアルバムをスクロールしながらにやにやしていた琴音であったが、なんの気なしに漏れた一言に思うところがあったのか、真剣な顔つきで視線を上げた。
「こんなに可愛らしい猫たちが、渾身の土下座を披露するという、そのギャップに惹かれるのです。人間が土下座をしたところで、悲壮感しか生まれないでしょう」
「まぁ、それは確かに……」
「はぁー……なんて可愛らしいのでしょう……っ」
頬が緩みっぱなしの彼女を眺めていると、不思議と穏やかな気持ちにならないことも無いのであった。ただひたすらに、取り囲む状況が異質過ぎるだけで。
フットサル部では消去法とは言え唯一の常識人であり、学業に限れば最も才覚に優れた存在である琴音の、意外過ぎる趣味。
妙に得した気分になるのは、いったいどうして。
俺だけが知る、彼女の特別な表情。ってか。
「……あの、ありがとうございます。陽翔さん」
「あん? なんや改まって」
「いえっ……やっぱり、一人で来るのは少し後ろめたい部分もあったので……偶然とはいえ、思わぬ収穫もありましたから」
「あぁ、スマホカバーな」
「私もそういうの、着けていないので」
そういえば、テーブルに置いてある琴音のスマートフォンはモデル通りの外見で、それらしい装飾も、カバーも施されていない。
確か瑞希のスマホは、ケースを着けているというか小物が引っ付いている、良く分からんデザインの奴だし。比奈も手帳型のケースを使っていたな。愛莉も指に通すリングを着けている。
つまり、なんの装飾もしていないのは、俺と琴音だけ。マジでそういうの、死ぬほど興味無いんだけど……彼女の言う通り、いい機会なのかもしれないな。
かといって、いきなりドゲザねこのデザインケースというのもハードルが高い気がするけど。俺という人間を変な方向に勘違いされても困る。
いいんだよ、人からどう思われたって。ただ「土下座する・させるのが好き」とは思われたくねえ。
「でも、ホンマにええんか」
「……なにが、ですか?」
「いや、俺と色違いやぞ、それ」
「それは……そういうデザインだからなのでは?」
「……まっ、ええわ。気にせんなら」
「はぁ…………あ、お料理が来ましたよ」
俺の懸念していることなど、彼女にとってはどうでもいい話のようだ。或いはその可能性。延いては影響力に関して、気付いていないというだけかもしれないが。
(……アイツらになんて言い訳しよ)
今まで無印のままスマホ使ってた無頓着な奴らが、お揃いの、色違いのケース着けてくるんだぞ。恰好のネタだ。
ただ、それで面倒なことになったとしても、まぁ恥をかくのは琴音も一緒だろうと、思いのほか諦めの早い自分もいたから不思議な感覚であった。
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