102. おっしゃれーっ!
試合が再開すると同時に受け取ったパスをそのまま比奈へ渡して、右サイドを駆け上がる。比奈を最後尾に、ダイヤモンドの陣形を作り出す。
このシステムは先ほどからと同じだが、俺と比奈のメインポジションが入れ替わっている。サッカー部との試合で、後半途中から「気付かぬうちになっていた」あの陣形だ。
(綺麗に崩せるほど、大したチームちゃうしな)
序盤こそ、それらしいパスワーク……サークルチームの得点のような展開でゴールを奪おうとしたが、攻撃の形を持っているということは、それに対する守備の術も持ち合わせているということ。
ならば、まだまだチームとしては付け焼き刃程度の力しか持っていない俺たちが、真っ向から敵う相手ではないということだ。
(でも、俺とアイツらなら)
右サイドでボールを受け、ドリブルを開始。
先ほどまで比奈をマークしていた中原さんに代わり、大久保さんが代わって距離を詰めてくる。
「キミ、どっか良いチームでやってた?」
「どう思いますかっ」
「県トレ……いや、関東トレセンってとこッ?」
口角をあざとく吊り上げ対峙する大久保さんの表情からは、楽しさこそ伝われど慢心は無い。まぁ、この人も結構なヤリ手なんだろう。
だが、少しだけ勘違いしている。
「関東は詳しくないんでっ」
「じゃあ、どこのチームっ?」
「教えますよ、俺らが勝ったあとになッ!」
一気に加速し、右サイド擦れ擦れを突破に掛かる。
勿論、彼も必死の形相で着いてくるが。
「うわっ、マジかッ!?」
「ナイスハルトっ!!」
一度、右足を前に出してボールを止めると同時に、勢いのまま左足で前に蹴り出す。ただそれだけの動きで、俺は大久保さんを置き去りにしてみせた。
といっても、至極簡単な話で。
急加速したら着いて来れないのは当たり前。
他に選択肢が残っている状況下では、尚更である。
右足でボールを一瞬止めたことで、中央のスペースを身体で隠していた彼は、中に切り込まれるか、或いは先ほどの瑞希のドリブルのように、股下を通される可能性を見出す。
しかし、実際は前に進むだけ。
一見、簡単に置いて行かれたようにも見える。
彼も当然、前のスペースは意識していた筈だ。だが、この一瞬のストップは「中央に切り込まれるかも?」という疑念を与えることとなる。
前のめりの体勢だった彼は、意識が後方に傾き。
僅かな瞬間、身体の重心をどこに置くか曖昧になる。
その隙を突き、一気にボールを蹴り出すのだ。
当然、この急加速に着いてくることが出来ない。
(足が遅けりゃ出来ねえけどなッ!)
そのまま中へ切り込む。
最も、狭いコート故に時間の猶予は少ない。
大久保さんも後方から追い掛けてくるわけで。
「ハルト、フリーッ!」
中央の愛莉が頻りにパスを要求している。
だが、彼女には奥村さんのマークが。
まずは、そのチェックを剥がさないと。
となれば、やることは一つ。
「撃って来るぞッ!」
恐らく反対サイドの矢島さんだろうが、男の野太い声がコートに響き、慌てて奥村さんは愛莉のマークを外して俺へ距離を詰めて来る。
その焦りも致し方ない。
俺は左脚に持ち替えて、インサイド。
足の内側で流し込むようなシュートを、さも「今から撃ちます!」と宣言するかのようなフォームから繰り出しているのだから。
まぁ、撃ってみるのも悪くないけどな。
こちとら、確実に同点にはしておきたいんで。
(別に、一人だけで崩すなん、言うてへんし)
フィニッシャーは、俺じゃない。
左足のシュートフォームは、全てブラフだ。
足を出してコースを制限してきた奥村さんに対し。俺は左足の裏でボールに触れ、右足側へ。ほぼ直角に、足を避けるように滑らせた。
「おっと!」
ゴールへの距離は人二人分ほどしかない。モタモタしていれば相手ゴレイロに取られる可能性も。
「ワーオっ! おっしゃれーっ!」
「黙って撃てボケがッ!」
ゴールラインを割る寸前。
とっさの閃きでもない。
やろうと思ってやったのだ。
ゴレイロが出て来たと同時に、左足を右足の後ろに、内側から回してボールを蹴り出す。出処が分からなくなり、目を疑った遠藤さんは、もはや壁にすら満たない存在であった。
通称、ラボーナ。曲芸の極みみたいな技。実戦で使う奴は、俺かリカルド・クアレスマぐらいだろ。
「おっしゃーゲットォォーーっ!」
ゴールネットが揺れる。
最後に沈めたのは瑞希であった。
愛莉も、カバーに入った大久保さんも通過し、上空を悠々とフライト。冷静にボールをトラップし、シュートブロックに入った矢島さんもワンステップで交わし、左足で豪快に蹴り込んだ。
「あーもうっ! やっぱり囮だったっ!」
「まぁまぁそう怒るなって~♪ なーハルー♪」
「悪い、最初から囮だったわ、お前」
「ムカつくっっ!!」
とは口で言いながらも、ハイタッチはしっかり交わす。
エースの仕事は、点決めるだけじゃねえから。
これでええ。今はな。
「凄いねえ陽翔くん」
「サーカス団の方が適性あるんじゃないですか」
これまた良く分からない、褒めているのか貶しているのか微妙な線の感想が後方二人から飛んで来るのであった。
「やっぱりトレセン組だよね? キミ」
どうしても正体を知りたい大久保さん。
「まぁ、経験者ではありますけど」
「やっぱりなー。中学は? どこでやってたの?」
「あー……セレゾン大阪で」
結局、勝負がつく前に折れてしまった。
別に、今更名前を明かしたところで。
「あ、知ってますよー。上手い人多いですよねー」
「顔面偏差値も高いよね~っ!」
無駄口一つ叩かずプレーしていた中原さんが、ここに来て近付いてくる。続いて現れた奥村さんは……まぁ、挨拶のときとあまり印象変わらんな。
「ねぇねぇ、あのなかの誰が好きなの~っ?」
「ちょっと、そういうこと聞かないのっ」
「えぇ~!? 気になるじゃーん!」
……陽動作戦だろうか。んなわけないか。
中原さんに窘められ、奥村さんは悪戯に微笑み「ごめんなさーい」と心にもない言葉を飛ばしてくる。いや、別に怒ったりしないけど。軽いな。これが女子大生か。
「なるほど……いや、ホントごめんね。高校生だから、やっぱりちょっと舐めて掛かってたところはあったよ。真剣にやろう」
大久保さんは一人納得した様子で、そんな風に謝るが。
「俺らは最初から真剣すよ」
「オッケー……じゃ、悪いけど。こっちは女子外すから」
マジかよ。ズル。
「仮にも、関東最強サークルだからね!」
「……え、そんな強いんすか?」
「王者のプライドに掛けて、勝ちに行くよっ!」
そう言うと、大久保さんはコート外で応援していた男性メンバーを連れて再び戻ってくる。って、女子だけじゃなくて矢島さんも遠藤さんも交代かよ。愛莉は嬉しいかもだけど。
「なんか、本気モード引き出しちゃった?」
「……っぽいな」
「ほーん……まっ、勝つけどな!」
あくまで強気の姿勢と貫く瑞希。
まぁ、そりゃ気持ちは一緒だけど。
「…………なーんか嫌な予感するのよね」
「おう、奇遇だな」
その正体に、俺と愛莉だけが気付いていた。
少なくとも、俺も、愛莉も、瑞希も。同世代では飛び抜けているプレーヤーで、個人技だけならこのフットサル部は相当なレベルにある。
だが、先ほどの失点シーン。
あまりに流暢なパス回しだった。
仮にも経験値だけなら人一倍の俺が、中々のモノと唸らされたパスワークを。女子が混ざった、本気ではないチームが簡単に繰り出したとなれば。
(ちょうどええレッスンってとこか。癪やけど)
【一本目 5分57秒 金澤瑞希
フットサル部1-1城南大学アミーゴ】
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