101. ご覧の通り
コート中央付近で、フィールドプレイヤー最後尾である俺からの展開を中心とした、テンポの良いパス回しが続いている。
両サイドの瑞希と比奈がボールを呼び込み、相手が食い付いてきたところで最前線の愛莉へパスが出るが……しっかりと女性陣の一人、奥村さんにマークに付かれ、効果的な攻撃には至らない。
頭から攻めに出ようと思ったが、取りやめだ。
このチーム、しっかり「フットサル」をやっている。
逆台形のシステムで入ってきたサークルの面々は、前の二人がボールホルダーを無理のない程度で追い掛け回し、前線にパスが入ると同時に後ろの二人で潰しに掛かる。
愛莉の実力はまだ一欠片も発揮されていない状況であることを考慮すると、どんなチームに対しても「前線のエース格に仕事をさせない守備」が彼らの土台となっているようだ。
(少し遊ばせるか)
開始数分とはいえ、目立った動きの無いアイツがそろそろ痺れを切らす頃だろうし。自由にやらせてみよう。
「瑞希ッ! 行ってこいっ!」
「あいあいさァっ!」
左サイドで張っていた瑞希に展開。
対峙する、短髪の男……矢島さんだったか。
一気にスピードに乗り、勝負を仕掛ける!
「ううぉっ!?」
少しばかり間抜けな声がコートに木霊する。
二人の立ち位置は、一瞬にして逆転した。
右足裏でボールを引き、反対の足で押し出したと同時に素早くその左足つま先で方向を変え、矢島の股下を通す。自身はコートからはみ出しながら、矢島さんを置き去りにした。
エラシコ(高速でボールの両側からタッチし、方向を変えるフェイント)の応用だ。あの速度、タイミングでは瑞希を身体ごと捕まえる以外に止める方法は無い。
当然、瑞希のテクニックを把握し切れていないこの状況では、矢島さんに彼女を止める術は無く。いとも簡単に抜き去られる。
「ナイス瑞希ッ! そのままっ!」
「分かってるッ!」
一気に中央へ切り込む。
愛莉を見ていた奥村さんが、堪らずストップに入った。
だが、瑞希の優れたスピードはプレイだけに留まらない。彼女の思考速度、観察眼は決して独善的なテクニシャンのそれではないのだ。
中央でフリーになった愛莉へ折り返す。
トラップする間もなく、シュートが放たれた。
「きゃっ!?」
「悪いねっ!」
……と思ったのだが、素早くカバーに入ってきた大久保さんのプレッシャーに遭い、ボールを失う。アイツ、前線で俺を見ていた筈なのに。戻るの早いな。
五分五分のボールを回収したのは、奥村さんと同じくサークルチームもう一人の女性、中原さんだ。少しばかりボールを持ち出し、ハーフラインまで到達。
対面の比奈がカバーに入るが……すぐさま矢島さんに展開。
って、カウンターじゃねえか。持ち直すの早いな。
矢島さんはそのまま、比奈のいたこちら側の左サイドにドリブルで侵入。代わって俺が守備に入ることとなる。
「キミたち、凄いねぇ! マジで高校生っ!?」
「ご覧の通りやっ」
「なら、ますます信じられねえわっ!」
背後からフォローに入った大久保さんへバックパス。
結局、それらしいチャンスを掴めないままだ。
(テンポがサッカー部とは段違いやな……)
やはりサッカーとフットサル。二つのスポーツが全く似て非なるものであることを、痛いほど突き付けられる。
サークルの選手らは、次々と立ち位置を入れ替えながらスムーズにボールを回し、こちらの守備網をかく乱する。奪い処が見当たらない。
女性陣もソツなくポゼッションに参加しているし……大半が女子の俺たちが言えた口じゃないが。
「瑞希っ、チェック!」
「あいよっ!」
最後尾の大久保さんから、縦に抜け出した奥村さんへスルーパス。瑞希が後を追うが、間一髪のところ間に合わず、パスが通る。
奥村さんのランニングフォームは女性らしくやや窮屈な印象だが、しっかりとトラップすると淀みの無い右足のシュートで、俺たちのゴールマウスを襲う!
「ナイスくすみんっ!」
グラウンダー性のシュートはなんとか左足に当たり、ゴールこそ免れるが……こぼれ球は走り込んでいた矢島さんのところへ。
俺からするとコートの反対側に居た彼のシュートを止めることは、分身でもしなけりゃ不可能な代物である。マークに着いていた比奈の懸命な守備も実らず……。
「おっしゃあ! まず一点!」
「喜び過ぎだろ! 相手考えろよっ!」
派手に喜んだ矢島さんを、大久保さんが窘める。ボールはネットを揺らし、サークルチームに先制点が生まれた。
「あちゃー……ごめん、あたしのマークだわ」
「いや、パスも良かったし……しゃーねえわ」
瑞希のディフェンスが遅れたことは間違いないが……それにしても、連続性のある綺麗な展開だった。女性陣は決して上手いとは言えないが……組織のなかでは十分な働きを見せている。
普段からフットサルを専門にプレーしている連中となると、これも造作も無いことか……だが、俺たちの課題も良く見えて来たな。
「凄いね、みんな! すっごく上手いよっ!」
「あ、あははっ……どうも……」
ハイテンションの奥村さんに褒められる愛莉だったが、その表情は何一つ浮かれない。そりゃそうだ。ここまで何も仕事を出来ていないどころか、自身のミスが逆に相手のゴールの起点となってしまったのだから。
「……ちょっと舐めてたかも」
「舐めて掛かれるほど強くねーだろ」
「そうかもだけどっ……でも、ね」
愛莉の気持ちは分からんでもないが。
サッカー部相手に互角に戦った俺たちだ。
大抵の相手なら、勝ててしまうかもと。
そんな勘違いをしたって、おかしくはない。
だが、所詮あの試合は違うフィールドで闘う連中を引き込んで、自分たちのテリトリー。つまりホームで勝利したに過ぎない。
中立地で同じ力を発揮できないのなら、それは真の実力とは言えないだろう。ましてや、同じフットサルのチーム相手なら。
「……まぁ、だいたい分かったわ」
「へっ?」
素っ頓狂な声を上げる彼女には振り返らず、淡々と言葉を選ぶ。別に、自分たちの力を過信しているわけでもないし、かといって過小評価しているわけでもない。
積み上げてみたものの違い。
それを肯定したうえで、勝つのみだ。
「俺たちは、まだフットサルをやってねえ。それもそう……俺とお前は、本職はサッカー。まともな経験者は瑞希しかいねえ。こうなることも想定の範囲内やろ」
「それは……そうかもだけど」
「なら、やりやすいフィールドに巻き込むだけや」
そりゃあ、チームの成長は大事なことだ。
けど、それ以上に大事なことも、あるだろ。
「それとも、やられっぱなしで終わるか?」
「……それは、イヤ」
「なら、ちょっと耳貸せ」
連中のフットサルチームとしての完成度は、疑いようもない。だが、女性陣の技術はうちの初心者コンビとさほど変わらない。
後の男性陣にしたって、大久保は少しばかり「違い」を見せているとはいえ、他の二人なら瑞希の個人技でも突破できる程度の能力だ。
「……ふーん。まぁ、一番の武器だしね」
「そういうこっちゃ」
ないものねだりをしている場合ではない。
ただ、あるものをぶつけるだけだ。
【一本目 3分15秒 矢島
フットサル部0-1城南大学アミーゴ】
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