100. ジャイアントキリングってやつ
喧嘩にも満たぬ茶番もそこそこに、始めはハーフコートを使った2対2のミニゲーム。昨日と同じく、俺がフリーマンとなり20本パスを通したら一点というルールで練習スタート。
メチャクチャ広い鳥かごをイメージすると良い。広ければ広いほどボールホルダーに有利な印象だが、味方との距離感が遠いとパスも通らない。少ない人数だからこそ出来る練習だ。
砂の上とは勝手が違い、パスが通る通る。
滅多にミスも無く、ボールが次々と回っていく。
勿論、基本ダイレクトでパスを供給する愛莉と瑞希に比べれば、あとの二人はスローペースだが……それでもしっかり顔を上げて状況を見渡し、可能な限り素早くパスを出している。
「愛莉さんっ!」
「あいあいっ! ハルトっ!」
愛莉からのボールをダイレクトで琴音へ。
再び動き出した俺たちを確認して、愛莉にパス。
が、察知した比奈が飛び出し、見事なパスカットが決まる。
あと少しで20本だったのに、ポイント入らないな。
俺はというと、絶え間なく動き続けるボールを追い掛けることで、疲労感は結構なところにまで達していた。お互い熱中しているせいか、休憩の合図も無いし。
……数か月前まで初心者だった奴らが二人だぞ。
とんでもないペースで成長している。
「はいっ、20ぽんっ! 一点なっ!」
「ああもうっ! うざっ!」
というわけで、瑞希・比奈チームが20本パスを通したところで一旦休憩。これだけでだいぶ時間使ったな、午後はなにしようか。
「ほい、ちゃんと水取れよ」
「うんっ、ありがと」
芝生に転がる比奈にペットボトルを投げ渡す。本当は詰め替え式のボトルとかあると良いんだけど。これも予算で賄えないかな。
「……ビックリね。数ヶ月でここまで……」
「ん、珍しく意見が合うな」
「珍しくは余計よっ……でも、二人とも凄いっ」
中身を一気に飲み干し、愛莉がそう呟く。
女子サッカーのレベルを熟知している愛莉ですら、初心者コンビの上達ぶりには目を見張るものがあるようで。
何だかんだ、愛莉と瑞希のペースに着いて来ているわけだからな。加えて俺も混ざっているし、決して楽なモンじゃないだろう。体力的にも、技術的にもな。
「試合が出来ないのが勿体ないくらいね……」
「練習試合のツテも無いしな……」
創設からまだ僅かの俺たち。
練習試合の相手など早々見付かるはずもない。
どうやら、山嵜高校の近辺にはフットサル部のある高校が無いようだ。一番近くて隣の区に一校だけ。それも男女混合のチームとなると、探し出すのも至難の業であろう。
「コートも4面あるし、午後から誰か来るかもしれないわね」
「どうだろうな」
珍しくフットサルコートなんて併設しているわけだし、他のチームが訪れる可能性もゼロではないだろう。しかし、試合に付き合ってくれるかは。
「瑞希、他に予約してるチームとか居ないの?」
「あー。午後から二つくらいいたかも」
雑に答える瑞希の話に信ぴょう性があるかはともかく、本当に居るのなら一応申し込んでみるくらいの価値はあるかもな。練習試合。
取りあえず午前の練習は終了。
一旦お昼休憩の流れに。
と言っても、昼飯は宿に用意されていないので、適当に近所のファストフード店で買ってきたもので済ませる。本当にそれらしい食事処とか全然無かった。
お弁当は昨日の分しか用意していないようで。
絶対に必要なの今日だっただろ。ええけど。
「ハルト、ポテトのケチャップ付いてるわよ」
「え、マジで。取って」
「はあ? 自分で取りなさいよっ」
「腕動かすのメンドい」
「はぁー? ったく、ガキかっつうの!」
とか言いながら取ってくれる愛莉。
何だかんだ良い子だと思ってるよ俺は。
なんだろう、昨夜の比奈や琴音との一件から、妙にテンションがおかしい。自分が勝手に思っているだけかもしれないけど、ちょっとだけ距離が縮まったような。
いや、あれだ。本当に思い込みだと思う。
こうでもせんと性別の違いを無視できん。
さて、テイクアウトしておきながら食べ歩きするというお行儀の悪いフットサル部一行だが。コートまで帰ってくると、俺たち以外の団体が他のコートを使っている様子が伺える。
奥のコートは、小学生のサッカーチームだろうか。20人くらいの小さい子どもと、コーチらしき大人が数人。合宿にでも来ているのだろう。
もう一つは……男女どちらもそこそこだが、男の方が若干多いってところか。見たところ、大学生っぽいな。サークルか何かだろうか。
「いるじゃん、練習相手っ! さーせーんっ! あたしらと試合しよーーっ!」
制止を振り切りサークルっぽい方々のコートに乱入する瑞希。お前のこういう場面でのバイタリティーは見習いたいけど、真似はしたくない。
話に応じたリーダーっぽい男と会話を弾ませる瑞希は、そのままこちらのコートにその人を連れてきた。もう交渉成立したのかよ。逆に凄いなお前。
「こんにちは。キミたち、高校生なんだって?」
「えっ、あっ、ハイっ!」
「……なに緊張しとん」
「初対面なんだから当然でしょ……っ!?」
そういや愛莉ってメッチャ人見知りやったな。
やっぱ年上の男とか苦手なんだろう。汗が凄い。
やって来た男は、髪を茶色に染めた俺よりか少し背が低い、しかしそれなりに清潔感があり中々にイケメンな人物であった。
なんだろう。俺と対極のような存在というか。人生やり直してもこんな感じになれる気がしない。
「城南大学のアミーゴっていうサークルで、俺は部長の大久保。よろしくね。山嵜って、結構頭良いところだよね? フットサル部があるなんて知らなかったよ」
「あ、いや! 最近できたばっかで、全然ッ!」
差し出された手は、特に下心があるわけでもなく普通に握手を求めたと思うのだが、愛莉は身体をビクつかせて一歩後退し、ガンガンに頭を下げる。
年上のイケメンに緊張している……というわけではなさそうだ。いや、このテンパり具合見れば分かるって。愛莉は愛莉、それ以上でも以下でもない。
しかし、これじゃ話にならんな。
面倒やけど、俺が進めるか。
「……すみません、なんか、ウチのが勝手に」
「いいよいいよ。大会とかじゃないと、外のチームと試合できないから。それに、高校生相手にやれる機会も早々無いからね」
……中身もちゃんとイケメンでムカつく。
甘栗ぐらい隙は無いのか。
あってもムカつくけど。
「……メンバーはこの5人だけ?」
「あ、はい。そうっすね」
「……男の子、キミだけなんだ?」
「まぁ、はい」
「大変だねえ。可愛い子ばっかで」
「あげませんよ。俺のハーレムなんで」
「アハハッ! 中々ヤリ手だねっ!」
ジョークにしては低レベルな方だろ。
大学生ってホンマなんでも笑うな。
「じゃ、ちょっとだけアップの時間貰うよ」
「手加減してくださいね、なるだけ」
「うちも女の子混ぜるから、おあいこだよ」
軽く握手を交わし、大久保さんは元のコートへと戻って何人かを連れてきた。男子が三人、女子が二人か。まぁ割としっかり勝ちに来たな。
飯食ったばっかで動けるのかな、アイツら。
いや、俺も人の心配してる場合じゃないけど。
「なんだか、とんとん拍子ですね」
「まぁ、丁度ええ機会やろ」
「ちゃんとしたフットサルの試合は初めてだねえ」
サッカー部の連中はフットサルのルールをあまりよく知っていなかったところもあったし、普段から専門でプレーしている人間の動きは初心者二人にも参考となるだろう。俺らも別に詳しくないけど。なんなら瑞希以外フットサルは初心者だし。
「褒めてくれてもいいのだよっ」
「あー、はいはい。瑞希サイコー、超可愛い」
「おい、雑だなっ」
「まっ、サクッと勝ちますか。自信はあるだろ?」
「たりめーじゃん」
不敵な笑みを浮かべた瑞希。
どうやら勝つ気満々のようで。
聞いたところによると、彼らは大学のサークルが集まって開催される大会などで何度か優勝も果たしている、そこそこ名の知れたチームなのだとか。サークルの大会のレベルがどんなもんか分からないが。
久しぶりの実戦、サッカー部との試合からどれだけチームとしてレベルアップしたのか、良い試金石となるに違いない。ついでに俺がどれだけ出来るのかも、な。
「軽く自己紹介しとこうか。改めて、大久保です」
「遠藤でーす」
「矢島だよーん」
「中原ですっ、よろしくね」
「みんな若いなー! 奥村でーすよろしくねー」
大久保、遠藤、矢島が男性。
中原、奥村と名乗った二人は女性であった。
髪色、体型ともに似たようなもので、正直見分けは付かない。着ているビブスに番号が付いていて助かった。覚える気も無いし。
向こうもアップを終え、雑に挨拶を交わしてそれぞれコートに散らばる。相手チームの男……遠藤と矢島にそれぞれ声を掛けられていた愛莉と琴音は、対応に戸惑い既に結構疲れていた。
「最後に確認やけど、システムは?」
「とりあえず、前と一緒で良いんじゃない?」
「じゃっ、愛莉。噛ましてこい」
「……任せなさいっ、私、アイツ嫌いだから」
あぁ、ダル絡みしてきた遠藤、ゴレイロか。
可哀そうに、怪我させなんなよ。
「じゃ、7分3セットではじめまーす」
審判役を買って出てくれたサークルの男性の合図で、こちらのキックオフから試合がスタート。ボールは俺のもとへ転がってくる。
さーて。身体も丁度暖まったし。
やってやりますか。
ジャイアントキリングってやつ。
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