103. 最強ではない
【試合終了】
一本目 1-1
二本目 2-6
三本目 3-3
【フットサル部6-10城南大学アミーゴ】
ホイッスルが鳴り響いたと同時に、フットサル部全員が青い芝生の上に寝転ぶ。そんな様子を冷静に眺めている俺も、両手を腰に当て、深く息を吐いた。
最後にシュートを外してしまった愛莉が、力強く芝生を叩く。その姿は敗者というより駄々っ子のようにも見えるが。
(結局一本も勝てなかったか……)
ハイタッチを交わすサークルの一同。
蓋を開ければ、7分3本で一度もリードを奪えず。
二桁失点の大敗であった。
一本目こそ均衡した状態のまま折り返したが、向こうのメンバーが入れ替わりこちら側の疲労が顕著になってきたところで、一気に点差を放された。
三本目こそ相手がメンバーを落としたのかチャンスが増え、最後には勝ち越し寸前のところまで行ったが……ゴールは生まれなかった。
「ああアアァ゛ァァァくやじいいィィィィッッ!!」
「うるせえな……はよ立てや」
「ハルは悔しくねえのかよォっ!!」
そんなの、言うまでもない。
分かってる癖に。
(……クソったれがよぉ……ッ)
腸が煮えくり返るとはこのことか。
もはや幾らかの得点の喜びなど、微かにも覚えていない。
だが実際には、俺や愛莉、瑞希の個人技だけでは埋めることが出来ない、明確な差が両チームにはあった。
いくらか点は取れたオフェンスはともかく。パスワークで崩しに掛かられると、止めようがない。例え俺が一人をカバーしていたとしても。無理に突っ掛からず周囲との連動した動きでマークを巧みに外す。
一人で数人掛かりのパスワークを防ぎ切るのは、ちょっと無謀なチャレンジだった。それは愛莉も瑞希も同様で。
また、比奈と琴音は途中から、明らかにプレーレベルに着いて来れなくなってしまった。体力、技術共に、やはり年上の男性には敵わない。多少、手加減はされていただろうが。
比奈のディフェンスは効果的なモノにはならず。
琴音の懸命なセービングも、届かなかった。
トータルの実力で言えば、さほど差はない。
だが、僅かに足らないものが少しずつ重なり。
気が付けば、ここまでスコアが開いていたのだ。
(一番自惚れてたのは俺だったってわけや……)
確かに、一対一では負けなかった。
それが勝敗に直結しないと、分かっていたのに。
「……立てよ。負け犬臭えぞ」
「……分ぁかったっつうの!」
いつまでも芝生の上でごろごろしている瑞希を無理やり立ち上がらせ、今度は体育座りのまま動けない黒髪コンビを諭しに掛かる。
「大丈夫か、二人とも」
「……ホント、ごめんね。足引っ張っちゃって」
「仕方ねえ。勝負事や」
「私がもっとしっかりしていれば……っ」
「馬鹿言え。琴音じゃなかったらあと10点入っとるわ」
あくまでまだ初心者である二人には、酷な試合になってしまったかもしれない。まぁコイツら、俺がいればどのチームにも無双噛まして勝てるみたいに思ってた節あるし。良い薬だろ。
「いつまで寝てんだよ」
「……ごめん。最後だけでも勝てるチャンスだったのに……っ」
「終わったことや」
「……ハルト、やっぱ凄いね。一人だけで点取っちゃうし」
「当たり前のこと褒めんじゃねーよ」
右手を掴んで引っ張り起こす。気付けば、コートの周りには人だかりが。確か、奥で練習していた小学生チームの子たちだ。
「おねーちゃんすげーぞーっ!」
「かっこよかったよー!」
「おっぱいおっきいーっっ!!」
謎の拍手と歓声が響き渡る。最後に叫んだ子はコーチに頭をグリグリされていた。
「あ、あははっ……どーもー……」
「なにお前、子どもにも人見知りすんの?」
「……恥ずかしいところ見せちゃったなぁって」
そりゃ小さい子どもが見る分には、女の子ばっかのチームで男性チーム相手にそこそこ善戦すればそっち応援するよなあ。邪念含め。
コート中央に整列する。
惰性でそのまま、両チーム共に頭を下げた。
同時に、再び場外から拍手と歓声が。
「ごめんね、思いっきり勝ちに行っちゃって」
「いや、こっちもそのつもりだったんで……」
対面の大久保さんと握手を交わす。
息は切らしているが、最後まで笑顔は忘れない。
俺の方が、まだ余裕はあるか。いや分からんわ。
「いや、でも本当に凄いって。自慢になっちゃうけど、俺たち関東のフットサルサークルではかなり強い方なんだよ? クラブユース出身とか、選手権に出た奴もいるしさ」
大久保さんの言う通り、二本目から出て来た男性陣はウチのサッカー部など比較にならないほど、高い技術を持った選手ばかりだった。
勿論、俺の方が上手いんだけど。
まぁ根拠がねえわ。試合は負けたわけだし。
「二本目で点差付いてなかったらヤバかったよ」
「でも、メンバー落としましたよね。三本目」
「いや、スターターじゃないだけで主力組だよ」
スターター、か。
暫く縁の無さそうな言葉だ。
フットサルは選手交代の人数も、タイミングも全て自由に認められているから、俺たちみたいに5人だけのチームって、普通あり得ないんだよな。
コートに立つ5人と同じ数。或いはそれ以上の選手を用意して、作戦や状況によって入れ替えていくのが基本的な形で。
「あの茶髪の子と、金髪の子も女子にしては凄い上手いと思う……ていうか、上手過ぎるよ、ホントにさ。もしかして世代別代表とか入ってない?」
それは俺のことなんだけど、まぁ言わんとこ。
「いや、アイツらは全然、野良ですよ」
「マジかー……最近の女子って凄いんだな……」
アイツらがズバ抜けておかしいだけで、別に女性の身体能力や技術レベルに劇的な変化があったわけではない。といっても、周りにあんなのしか居ない状況では信ぴょう性も薄まるが。
「で、キミは? 覚えてる限り、今日一回もボール取れなかったんだけど……多分、ウチに混じっても一番上手いよ。マジで」
「そりゃどうも」
「名前は? 絶対忘れないから、教えてよ」
「山田太郎です」
「おいおい、嘘は良くないって」
何故バレたし。
「ハァーっ……廣瀬。廣瀬陽翔っす」
「…………え、マジで?」
「あぁ、ご存知ですか」
「いや、サッカー好きなら知らない人いないと思うけど……」
終始和やかな表情を崩さなかった大久保さんの声が、急に震えだす。そんな、化け物でも発見したみたいな目で見るんじゃない。泣きたくなるだろ。
「そ、そっか。言ってたもんね。セレゾン大阪って……」
「まぁ、昔の話ですけど」
「……なんでこんなトコに?」
大久保さんは俺の腕を引っ張って、人気のないところへと連れ出す。
といってもコート内ではサークルの女性メンバーがウチの連中を捕まえて話をしているから、そこまでおかしなことでもないが。
なんなら露骨に愛莉と話したそうな遠藤さんをブロックしてくれている。こういうとき女子の団結力は頼りになるわ。
「あ、いや、ごめん。言いたくないなら良いんだけどさ? 前に週刊誌に載ってたじゃん、廣瀬くんのこと。あれ、どこまで本当のことなのかなぁって……」
俺がクソいじけていた頃に見つけた、あれか。
ああいうの、誰が読むんだろうとか思ってたけど。
「暴力沙汰以外は、だいたい本当ですけど」
「あ、そうなんだ……」
「辞めたのも、悪者なのも本当ですよ」
「いやいやっ、廣瀬くんのこと信じてるって」
その表情は、試合中のそれにも増して真剣なものであった。なんだ。俺を庇おうってのか。
辞めてくれ。
もうどうでもいい話だ。あんなの。
「……キミがどう思ってるかは分かんないけどさ。廣瀬くんって、俺らぐらいの世代だと、マジで神みたいな存在なんだよ。だって、みんな見てるんだから。ワールドユースでの活躍」
ワールドユース。世代別ワールドカップの別称である。となると、2年前のあれか。もうすっかり昔の話だ。同一人物かも怪しいくらいに。
「俺らの世代を引っ張ってるのが、その下の世代の廣瀬くんだったんだよ。それも、海外の選手もボコボコにしてさ。ホント、凄い通り越してヤバかったから」
語彙力のせいか今一つ伝わらないのは、まぁいいか。褒めて貰ってるのは分かる。
「だからさ、その……コーチと揉めたっていうのも、みんな絶対に廣瀬くんの方が正しいこと言ってるって思ってるよ。だって、順調に行けば今頃、海外の下部組織……いや、トップでプレーしてたっておかしくない超逸材なんだから」
ここまで持ち上げてくれるのは、悪い気はしない。けれど、事実は事実だ。首脳陣に歯向かって、怪我をして、信用されなくなって、逆切れして、辞めた。それは決して覆らない、揺るぎない過去で。
勿論、何故歯向かう必要があったのか。
細かく話し出せば、幾らでも口は開くが。
今となってはすべて言い訳に過ぎない。
結果は結果だ。
俺が、ずっと言い続けてきたこと。
「終わったことです。全部」
「……サッカー戻らないのかい?」
「未練が無いと言えば、嘘ですけど」
「なら今からでもっ」
「ここが俺にとっての最高峰なんで」
会話を切り上げ、大学生特有のノリに困惑させられている連中を遠目から眺める。瑞希だけは意気投合しているようだが。
「ここより面白いチームはねえよ」
「…………そっか。うん、凄いチームだよね」
「それに、伸びしろも。今日、よく分かったんで」
「……そうだね。まだまだ改善できる」
確かに、最高のチームだ。このフットサル部は。
しかし、最強ではない。
コイツらと楽しく、笑いながらプレーして。
たまに度肝を抜き、抜かれる程度の日々。
それでも良かった。
それで良いと思っていた。けど。
やっぱり、根っこの部分は今だって変わらない。
俺は、このチームで――――勝ちたい。
「なら、目標が必要でしょ?」
「……そりゃあ、まぁ。そうですね」
「フットサルの高校選手権があるのは知ってる?」
「それって、男子の部しか無いんじゃ」
「そう、それなんだけどさ」
彼の言い放ったその言葉は。
フットサル部の行先を示す、明確な道標であると共に。
俺がこのチームで本当は成し遂げたかった。
或いは、皆のなかで、ずっと引っ掛かっていた。
そのすべてが詰まっている。
探し求めていた、答えのようなモノであった。
「――――来年から、出来るらしいよ」
「男女混合チームの……高校選手権がね」
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