97. エゴが服着て歩いているような存在


 何だかんだ海での疲れがだいぶ溜まっていたのか、トランプやらカードゲームで遊んでいる間にみなウトウトし始め、気付いたらその場で適当に眠ってしまっていた一同。


 寝顔を横目にスマホを弄るのも可哀そうなので、広縁に戻りテーブルを無理やり退かして布団を敷く。


 障子は……起きたときになに言われるかも分からんし、一応閉めておこう。なにが悲しくて、旅行先で同部屋の人間に気を遣いながら眠りに就かねばならんのだ。ちょっとは俺の気持ちも考えろ。



(…………あっちぃ……)


 エアコンが届かず、頼りは網戸越しの風のみ。

 枕が違うのも原因か、なかなか寝付けない。


 窓越しに波の音と、虫の鳴き声が嫌に大きく聞こえる。呼吸から心拍数まで手に取るように把握できるこの状況。


 なにをしたいわけでもないのに、何でも出来るような。そんな良く分からない葛藤と好奇心が同時に押し寄せてきて、睡魔などやってくるはずもない。


 そもそも、落ち着けるものか。

 障子の先には、無防備に眠る4人の美少女が転がっている。


 どうしたって平常心ではいられない。

 例えアイツらが、アイツらでしかなくても。



「…………なんか飲も」


 冷蔵庫には連中の買ってきたペットボトルが幾つか入っていたが、これも口を付けたことが分かれば罵倒の対象になることは目に見えているわけで。仕方ない。なんか自販機で買ってくるか。



(うわぁ……心臓にわりぃ……)


 眠りこけている連中をの間を縫うようにドアまで歩く。蹴飛ばすのも忍びないし、足元を見ないことには。


 しかし何が問題って、無防備にはだけ、汗ばんだ浴衣姿のままグッスリ眠る四人を、いちいち確認しなければいけないという一点に尽きるわけで。



(……死後の世界ってこんな感じかも分からん)


 別に善行を積んできた覚えは無いが、多分、天国に一番近いところはエベレストではない。この暑さではかけ布団も必要無いのであろう。あざといまでに肌を露出させたその姿は絶景か、或いは。



 ……こうやって眺めると、普段とのギャップも見えて面白いな。


 一番寝相が悪いのが琴音で、ずば抜けて浴衣がはだけている。むしろギリギリ要所が隠れているのが心底不思議なレベルであった。


 瑞希は対照的に静かなもので、寝息も小さく自分のテリトリーを守って小綺麗に眠っている。当人曰く多少はメイクしているらしいけど、スッピンでも大差ない。可愛らしいものだ。


 ……って、メッチャ堂々と見てるな、俺。

 ただでさえスペース隔離されてるのに、意味が無いだろ。



(ここで起こしたら100パー殺される……ッ)


 変態夜這い犯の烙印だけは勘弁したいところ。


 愛莉が喚いて、瑞希が騒いで、比奈が冷静に分析して、琴音がダメ押しの一言。完璧だ。冤罪に必要な材料が綺麗に揃っている。詰み。



「んぅっ……」


 右足らへんに転がっている愛莉は、しきりに寝返りを打っている。一番起こしちゃいけない奴だ。物音すら厳禁。



「んんっ……玉ねぎとぞうすいっ……二足歩行しなきゃっ……」

「ぐふぅ……ッ!?」


 笑わせんなこの野郎。


 こういう状況で出てくる寝言の破壊力といったらもう。取りあえず、起きたらどんな夢か聞いてみよ。



 なんとか美少女ジャングルを抜け出し、部屋から出てすぐのところにある自販機までたどり着く。街中のそれより少し高い気がしないでもないけど、まぁ旅先で使う金なんぞ気にしても。


 ……いや、だから、合宿なんだよな。これ。

 明日になって真面目に練習している絵が一切浮かばねえ。



「コーラでええか」


 炭酸飲料は最近特に好き。今までの苦労を全部無駄にするような謎の高揚感。一応にも運動部に属しているし、これからも多少は気にしなきゃいけないんだろうけど……そういうのより大事なことって、やっぱりあるかもしれないよなあ。とか。


 最近思ったり、思わなかったり。



「っし、戻るか……っ」

「戻るだけなのに、気合いいっぱいだにゃ?」

「へっ」


 背後に気配の一つも感じさせず、比奈が立っていた。マジで気付かなかったんだけど。軽くホラー。


 もう眠るだけとあって眼鏡を掛けていない彼女は、語尾が最高にイカレていることを除けばやはり真っ当な美少女で。


 見慣れない浴衣姿に、見慣れない表情。

 彼女一人のおかげか、深夜の静けさが成す業か。

 妙な心臓の高鳴りは、海での出来事も無関係ではない。



「……お、起きてたんやな」

「ついさっきだけどね。わたしも喉が渇いちゃって。あ、にゃー」

「いつまで続けるんや、それ」

「日付が変わるまでって言ってたけど……あっ」


 取り出したスマホを眺めて、何かに気付いた様子。俺も確認してみると……あぁ、ちょうど日付が変わったのか。



「まぁ、その、お疲れさま」

「あははっ。ありがと。でも、意外と面白かったよ?」

「後半の馴染み方はエグかったな……」


 出会ったころからそんな喋り方だったと言われても違和感が無い程度にはモノにしていた。なんならこの後も続ければいい。キャラ立ちするし。



「ちょっとお話ししない? そこにベンチあるし」

「お、おう。別にええけど」

「……どうしたの? なにかあった?」

「いや、別になんも」


 海での出来事に加え、不可抗力とはいえ拝見してしまった寝顔といい、普段とのギャップが強すぎて。訳も分からず緊張しているのは、まぁ本当のことだった。


 缶ジュースを買った彼女は、俺のすぐ横にピタリと座る。

 近いだろ。近すぎるだろ。怖い。



「まぁ、お話っていうか、お説教かな?」

「……えっ」

「女の子の寝顔を覗き見するのは……ねっ?」

「……サーセン」


 やっべー。


「別に言わないけど、次は駄目だからね?」

「あ、はいっ……分かってます……」

「ふふふっ。やっぱり陽翔くんも男の子だねえ」

「いや、別に見ようと思ってみたわけじゃ……」

「でも見てたんでしょっ?」


 反論の余地も無い。


「みんな信頼してるんだから、ね?」

「はぁ……」

「だから、そういうのは一人だけにしなきゃ」

「……一人?」

「みんな纏めてなんて欲張りでしょ?」

「……なに。じゃあ、比奈だけなら見ていいと」

「わたしっ? うーん……どうしよっかなー」


 悪戯にほほ笑む彼女の思惑は、やはり先ほどの恋バナ擬きから変わらず、今一つ理解に及ばない。俺にどう答えて欲しいのか、さっぱり分からぬままである。


 ただ、心底楽しそうな彼女を眺めていると。

 別に分からなくても、さして問題は無いかなと。



「陽翔くんがどう考えているか、わたしには分からないけど」


 一呼吸置いて目線を合わせ、言葉を続けた。


「わたしはけっこう、準備できてる方だと思うよ」

「……準備、ですか」

「だから、あとは陽翔くん次第って感じ……かな」



 吸い込まれるような大きな瞳に、見惚れていた。

 見たことない、知らない彼女がそこにいる。


 すると、比奈はなにかハッとしたように口を開ける。そして、途端に息を大きく吐き、露骨に肩を落とすのであった。



「……こういうところなのかなあ」

「えっ」

「わたしもズルいんだよねえ。やっぱり、向いてないかも」

「……急になんだよ」

「……嫌な女だなぁって。わたし」


 突然始まった自虐にどうすることもできない。その数秒の間に、お前のなかで何が起こったんだよ。



「結局、自分もよく分かってないのかも」

「……おう、そっか」


 取りあえず、それっぽい分かってるよ感は出しておこう。


「わたし、エゴイストなんだなぁって。最近気付いたんだよね」

「……比奈が? そりゃ無いだろ」


 残りの三人はどうなるんだよ。

 エゴが服着て歩いているような存在だろ。



「三人とは、ちょっと違う方向でってこと……かな。人のこととやかく言えないんだよね。結局、私がやりたいこととか、思ってることを人にさせてるだけっていうか……」


 なにに対して悩んでいるのかはよく分からないけれど。ともかく、何かしら励ました方が良いような気はする。


 俺に人生相談なんぞ悪手にもほどがある。

 経験値誰よりも低いんだから。



「まぁ、比奈がどうしたいのかが大事なんじゃねーの。自己犠牲が美徳みたいなとこあるかも分からんけど…………所詮、人の幸せとか、成功とか、自分のもんじゃねえし」


 過去の俺から、精一杯の言い分だ。


 チームメイトが活躍した。大先輩がトップで結果を出した。少し上の先輩が海外に移籍した。どれも自分のことに喜んでいる奴が沢山いた。


 けど、それって自分にとっては何の関係も無いことで。人の成功を見て、何かを思えど同一化することほど愚かなものはない。


 だから、人のあれこれ見て喜ぶ前に、それを自分にどう生かすかが問題だ。反骨精神と言えばまた違うかもしれないが、少なくとも俺はそういう気持ちであの頃を戦っていた。


 最近は、少しだけ分かってきたかもしれないけど。人が点取って喜んだのは、あの試合が初めてだったかもな。



「……たまーに真面目なこと言うからなー」

「アッ? 普段が真面目じゃないとでも?」

「あははっ。冗談だって。でも、ありがとね」


 残りを飲み干した彼女は、それをポイっとゴミ箱に投げ捨てて揚々と立ち上がる。事情はともかく、さっきよりかはマシな顔をしているようだった。



「言っておくけど、陽翔くんのせいだからね」

「……えっ。俺?」


 散々フォローしておいて俺が根源なのかよ。

 じゃあ比奈は問題ないやんけ。どうせ俺が悪いんだろうし。



「陽翔くんが陽翔くんじゃなかったら、こんなに悩んでないんだから。でも、結果オーライっていうか? こういう風に考えられるのが、本当は幸せなのかもね」


 だから、俺の知らん話を勝手に解決されても。

 楽しそうに笑って。反論する気も起きねえよ。



「ねぇ、陽翔くん」

「おん」

「あれ、どうだった? にゃーってやつ」

「えっ。そりゃあ、可愛かったけど」

「もうっ、気軽に言うなあっ」


 少し呆れたように言う彼女は、それでもやはり楽しそうに笑っていて。


 けれど、どうしてだろう。今まで見てきた彼女の笑みの、どれよりもエライ可愛く見えて、反応に困ってしまった。



「今度は二人きりのときにやってあげるから、楽しみにしててにゃ?」



 あぁ、うん。いつも通りの比奈だったわ。


 ……そう、だよな?


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