96.労りってモンがねえのかよぉ


「じゃ、あたしがお手本を見せてやりますよ」

「わー。気になるにゃー」


 全然興味無さそうに聞こえるその語尾。


「まっ、あたしも彼氏とかいないんだけどね」

「よくもまぁ自信満々に始めたなお前」

「なんか、経験豊富なイメージだったにゃ」

「あー。よく言われるんだよねーそれ」


 俺も勝手な印象だけど、男をとっかえとっかえしているようなイメージはあった。だが彼女の言う通り、フットサル部として過ごしてきた時期も男がいるような素振りは無いんだよな。確かに。


 いや、別に、だからなんだって話だけど。

 ちょっと安心とか思ってない。ホンマに。



「じゃあ、初恋はいつなのかにゃ?」

「うーん。覚えてねーなー」


 恋バナする資格無いだろいよいよ。


「あ、でもー。スペインに居たとき近所に超カッコいい兄ちゃんがいてさー。よく一緒にフットサルして遊んでた。思えばそれが初恋かもしれんわ」


 今より背も胸部も小さい瑞希、か。うん、アリかも分からん。生意気なくらいがちょうど良くて。



「で、その人結構っていうか、メチャクチャ上手くてさ。バレンシアってチーム知ってる? そこのセレクション受かってユースチームに入ることになって、引っ越しちゃったんよ。あたしが8歳とかそれくらいのときかなあ」


 バレンシアというと、少し前までは欧州のカップ戦常連で、スペイン有数の強豪として知られているチームだ。最近の成績は芳しくないが。



「あたしもバレンシア住んでたから会おうと思えば会えたんだけどさ。結局それっきり。トップに上がったって話も聞かないし、今はどこで何してるかサッパリよ」

「もしまた会えたら、どうなるのかにゃ?」

「久しぶりーって感じで終わりかなあ」


 そう言うと瑞希はこちらに一瞬だけ視線を寄越し、すぐ外してしまう。なんだ。お前なんて眼中にありませんよアピールでもしたつもりか。別に悔しくねえし。


 しかし、バレンシアか。

 少し懐かしい響きで、当時のことを思い出してしまった。



「行ったことあるわ、バレンシア」

「え、マジで? いつ?」

「中学上がってすぐに遠征でな。勝ったけど」


 うちのチームは海外遠征が割かし多かったので、スペインは勿論のこと、ヨーロッパ各国は大会に出場するため何度か行ったことがある。


 結構いいチームだったな。

 確か撃ち合いになって、俺とアイツが2点ずつ決めて……。



「それ、知ってるかも。撃ち合いになった試合?」

「おー。4-3とかだったな」

「マジで!? あたしっ、その試合観てたっ!」

「え、ホンマそれ」

「日本から来たって、パパンと観に行ったよ!」


 ということは、俺のプレーも瑞希は見ているということか。試合に出ていた奴まで把握しているわけではないだろうが。にしても意外な接点だな。 



「あたし、あの試合観てマジムカついたんだよね」

「えぇ、なんでまた」

「日本のチームに負けるとか思わないじゃん?」

「まぁ、向こうの方が格上ではあったけど」

「そっかー。でもハルがいたなら勝てねえよな」


 そりゃ流石に買いかぶり過ぎだと思うけど。

 ホント、謎に俺の評価高いよな。瑞希って。



「その方と陽翔さんは、どちらが上手ですか?」

「むっ、意地悪な質問するねっ。そりゃあ、ハルが上手いよ」

「……なんか悪いな」

「いやー。ハルより上手い奴とかロナウジーニョくらいっしょ」


 そんな大御所と比較されても困るわ。


「でー、話戻るけどさ。もうずっと完全フリーだから。あたし」

「そうなんだー。理想のタイプとかある?」

「その人のせいってわけじゃないけど……」


 少し考えるように目線を天井に寄越す。


「大人びてるっていうか、年上とかタイプかも」

「へぇー! なんか意外だにゃ!」

「あたし、突っ走っちゃうし、手綱握られたいっていうか?」

「ほーん。Mなんかお前」

「そーゆー解釈じゃなくてだなっ!」


 分かっとるわんなこと。でも、それも少し意外っちゃ意外。一緒に居て楽しければ万事OKみたいな感じかと思ってた。


 大人、大人ねえ。


 落ち着いているのと根暗の違いってなんだろう。

 洗面所の鏡が目に入ったわけじゃない。決して。



「はい、あたし終わりっ! つぎ、くすみん!」

「えっ……わ、私ですか……っ?」

「意地悪な質問したからっ!」


 理由はさておき、琴音の恋愛事情とな。


 いや、凄い気になる。めっちゃ聞きたい。単純に、琴音の過去の遍歴が気になるというわけではなく、彼女のような石頭が恋愛とかそういう俗っぽいものに関心があるのか、という一点で。



「琴音ちゃんはにゃー。何も無いよねー」

「えぇー? つまんないよぉー!」

「いや、そう言われましても……」

「そもそもお前ら、いつからそんな仲なんだ?」

「んー? 小学1年生だよ。クラスが一緒になって、それからにゃ」


 なんとなく幼馴染だという話は聞いていたが、結構な間柄だな。


 ともすれば、ロジカルを絵に描いたような人間の琴音があれだけ比奈に執着しているのも、なんとなく理解に及ぶ。全容までは知りたくないけど。



「琴音ちゃんは小さいときからすっごく頭良くて、なんかもう、孤高の天才っていうか……凄すぎて、逆に友達が居なかったんだよねえ。で、私が琴音ちゃんカッコいいなーって思って、友達になりたくて話し掛けたのが始まりだったにゃ」


 今も変わらんだろ。友達いないのは。

 でもスタートは比奈からだったんだな。

 最初から琴音がヒナイズム全開だったのかと思ってた。



「私が知る限り、琴音ちゃんは好きな人も出来たこと無いにゃ」

「……反論の余地はありませんけど……っ」

「だって、ハル。恋も知らぬ箱入り娘よ」

「俺になにを言わせたいんだよ」


 魅力的に見えるだろうが。


 だが事実、琴音はこの容姿とスペックを組み合わせれば、四人のなかでも最強の存在との呼び声も高い。俺しか言ってないけど。


 ただ如何せん、一人間としてエキセントリックすぎるのが問題。愛莉が段々と年齢相応な態度になっている分、サイコパス要素が強すぎる。それでもだいぶ軟化はしているが。



「…………男性との接点が無いのは、まぁ、本当のことです」

「陽翔くんが初めてかにゃー。ここまで仲良くなった男の子」

「へー…………すげーな。光栄だわ」

「心にも思ってないことを……っ」


 仕返しだ。

 いや、でも割かし本気だから受け取っておけ。



「で、ひーにゃんは? どうなのさっ」

「……うーん。彼氏とか考えたことないなー」

「とっ、当然です。私というものがありながら」

「それは彼氏がいない理由にはならねえよ」


 教室では眼鏡を掛けた大人しい女子という印象の彼女だが、意外にも男子からの人気は高い。いや、人が話してるの聞いただけだけど。男の友達おらんし俺。


 活発なタイプがモテる小中学生ならともかく、比奈のようなお淑やかで控えめな子はここに来て一気に価値が高まるものだ。小悪魔も良いところだけどなコイツ。



「わたしも男の子とお話しする方じゃないからにゃー」

「気になる人とかいなかったん?」

「あっ、昔通ってた塾の先生はカッコいいにゃって思ってたかも」

「ふえー、じゃあ恋愛ってわけでも……あれ、ちょっと待てよ?」


 なにかに気付いたように眉を顰める瑞希。

 なんだ。晩飯食い過ぎたか。



「もしかして、全員ロクに恋愛経験が無い……?」

「サラッと俺と愛莉含めるんなよ」

「いや、ハルはなんとなく分かるじゃん?」

「間違ってねえけど労りってモンがねえのかよぉ」


 女性どころか男同士ですら交友関係ありませんでしたがなにか。


「長瀬はどう考えても男慣れしてないじゃん?」

「愛莉ちゃんは…………ねぇーっ?」

「まぁ、分かりやすいですね」

「……そんなもんか?」


 何故か意見が一致する、俺を除いた一同。


 見てくれだけはアイドル顔負けの愛莉だし、彼氏の一人くらいいたか、或いは現在進行形で居たとしてもおかしくないと思うけど。



「あー。ハルは分かんねえよなー」

「え、なにそれ」

「あんなことがあったのにねー。あ、にゃー」

「可哀そうとすら思えてきます、わたしは」


 なんで急に糾弾されてるの俺。

 愛莉が可哀そう? どういう意味?

 おつむの弱さを悲観してるってこと?



「いいっ、陽翔くんっ。男の子はね、人生で女の子よりもちゃんとしなきゃいけない場面がいくつかあるんだよ。分かってるかにゃ?」


 んな口調で説教染みたこと言われましても。


「まっ、あたしはハルの応援してあげるからさ」

「はい? なに急に?」

「くれぐれも機嫌を損ねないようにしてください」

「いや、えっ? ん?」

「女の子には優しくしなきゃダメだにゃ」


 何故寄ってたかって説教されているんだ俺は。

 俺が愛莉に、なにをどうしろと。


 相も変わらず、彼女は部屋の端っこで幸せそうに微笑を浮かべながら眠りこけている。めっちゃ充実した睡眠取ってるなコイツ…………あ、いや、そんなことはどうでもよくて。



「…………よう分からんけど、覚えておくわ」

「ほーん。ぜってー忘れるわそのカンジ」

「間違いないですね」


 だから、なにを忘れるのかも良く分かってないんだよこっちは。


 すると、比奈がこちらに距離を詰めて来て。

 それこそ俺にしか聞こえないほどの小さな声で、こう呟いた。



「……ちょっとお節介だけどね?」

「あん?」

「愛莉ちゃん、朝からずーっと緊張してたよ。どうしてか、分かる?」

「…………はぁ」

「理由が分かったら、あとちょっとだよ」



 再び見返した彼女の寝顔に、答えが書いてあるはずもなく。唐突に投げ飛ばされた謎は、夜と共に深まるばかりであった。


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