95. えっちー
風呂から上がってすぐさま夕食の時間に。俺たち以外にも宿泊客は結構いて、これは部屋も空きが出ないと無理やり納得させられるほかない状況であった。そのうちの誰か殺せば空きが出るんだけどな。やらんけど。
チェーン店の晩ご飯にさして期待もしていなかったのだが、出て来た料理は思いのほか豪勢で量もそれなりとあって、腹も心もまぁまぁの満腹である。
しかし、お湯に当たり艶やかに火照った四人の表情と、学校生活ではまずお目に掛れない貴重な浴衣姿は刺激が強すぎる。
あまり会話にも混ざれず、黙々と食べ進める。
つうか食べるときパシャパシャ煩え。
スマホしまえや。現代人が。
「ハルー、こっち向いてー」
「ああん」
結構油断していた。
目線の先には、スマホを掲げる瑞希の姿が。
「あ、てめっ」
「よっしゃ、上手く撮れたー♪」
「ばか、消せっ、そんなの」
「へーん。やなこった!」
4人は画面を覗き込み、俺の顔と交互に眺めて笑っている。クソが。見せモンちゃうぞ。
料理と俺の気の抜けた顔に大方満足したのか、瑞希はスマホをスタッフに手渡し、五人で写真を撮ろうと言い出す。
意地でも席から動かなかったので、俺を囲うように美少女が集合してしまい、周囲の宿泊客と写真を撮ってくれた男性のスタッフから若干の恨みを買ったのはここだけの話である。
写真撮られるの、本当は嫌いなんだけどな。
何故かコイツら相手だと、許してしまえる。不思議だ。
で、現在。
「んー。まだ9時にもなってないんか」
「旅行先だと大して遅くも無いのに眠くなっちゃうにゃー」
部屋に戻って来るや否や、トランプを広げババ抜きを始める。
もはや罰ゲームに何の抵抗も無いなアイツ。
しかし一対一でババ抜きって。終わらんだろ。
「ハルもやろーよー」
「そっちから締め出しといてなに言うてん」
「仕方ないでしょう。愛莉さんが可哀そうです」
「理不尽が過ぎる……」
馬鹿真面目の代名詞こと琴音が、さっさと布団を敷いて眠ってしまった愛莉も、ましてや俺の方こそ見向きもせずそう答える。
やはり俺に浴衣姿を見られるのは結構恥ずかしいようで、夕食中から引き続き俺と距離を置き続けている。そんな端っこ行かなくても。いや、俺も端にいるけど。本意ではない。
で、肝心の愛莉。
海ではしゃぎ過ぎたのか、戻って来るなり爆睡。
いや、分かるけど。寝顔見るのも忍びないし。
だからってわざわざ旅行先の部屋で広縁しか行動スペースが無いって、ちょっとしたいじめだろ。マジ学校帰ったら談話スペースのソファー絶対使わせねえわ。
「んんっ……あれ、もうあさっ……?」
「あ、ごめんねえ。起こしちゃったかにゃー?」
「んー…………まだ9時……めっちゃ寝れるぅ……」
「…………初めて長瀬が可愛いと思えてきた」
「知らんがな」
寝起きのテンションはだいぶ低いようで、普段はわざとらしいほどパッチリ開いている瞳が半開きにも満たない。言葉も曖昧で、一気に幼さを増している。
なんならお前が一番猫っぽいよ。
語尾だけ変えれば成り切れると思うな。
「…………ほら、言った通りじゃないですか」
「え、なにが?」
「さっきからずっと凝視しています。遠ざけて正解ですね」
「いや、んなことねえって」
「わー。ハルのえっちー」
「えっちだにゃー」
「んな棒読みで……」
琴音はともかくこの二人に言われても危機感の欠片も湧かぬ。
が、無意識のうちに見ていたのは事実であった。この一日、慌ただしく変わっていく彼女の様子を眺めていると。
愛莉がフットサル部のチームメイトであるという以前に、真っ当な美人だという現実をイヤというほど突き付けられ、どうにも接し方に困っていた。
先に寝てくれたのが、ちょっとだけ有難かったり。
「愛莉ちゃん可愛いから、しょうがないにゃー」
「ねこねこなひーにゃんもかわいいよーっ?」
「そう? ありがとにゃー♪」
「結構気に入ってますよね、その語尾」
語尾もひーにゃんも定着しそう。
「美少女四人に囲まれたら困っちゃうよな~」
「よう言うわ自分で」
「おあいこだよねえ。私もドキドキするにゃー」
「……え、なんで?」
「男の子と旅行なんて初めてだし。あ、にゃー」
意地でも忘れないにゃー。
「ねー、琴音ちゃん?」
「…………え、急になんですか」
「恥ずかしいってことは、それだけ意識してるってことだにゃー」
言われてみれば、そんな気もしないことも。
すると琴音は、既に十分な距離を更に離し。
「そ、そういうのじゃありませんっ! ただっ、男女の健全な在り方を考えた結果、このような言動へ至っているに過ぎないのでっ!」
顔を真っ赤にして反論する。
そこまで露骨だとむしろ分かりやすくて微笑ましいぞ。
「あっ。そうだ。恋バナしよ恋バナ」
「急になんだよお前も」
「いいじゃーん。旅行の定番でしょー?」
そんな展開じゃなかっただろ。
「えー、気にならん? くすみんの恋愛話とか」
とても気になるけれども。
「はい、ハルもくすみんも集合!」
「愛莉ちゃんは? 起こす?」
「別にいーや。どーせなんも無いっしょ」
部屋の中央で寝ていた愛莉をそのまま転がして、横の布団に動かす。仮にも意識の無い人間に慈悲ってもんはねえのかよ。
円を囲うように集まり、事の発端である瑞希が先陣を切る。
いや待て。なんだこの展開。
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