94. かといって男同士もダメだから


 何事かと砂浜に上がってきた俺たちを不思議そうに眺めていた連中であったが、事のあらましを説明する気にもなれず、ただ「普通に疲れた」と適当に嘘をついて、話を切り上げる。


 順位としては、愛莉が1位で琴音が2位。続いて瑞希。結局、最下位は比奈だった。シンプルに悔しそうな瑞希が印象的だったが、思い通りにはさせぬ。



 だいぶ疲れたしそろそろ良い時間だろうと、海から引き上げ宿に戻る。夕食までまだあるので、先に温泉に入る流れのようだった。


 別に、俺は関係ないけど。混浴でもあるまいし。

 あっても入れねえよ。男子高校生には酷な相談だ。



「露天風呂っ♪ 露天風呂っ♪」

「……好きなんですか?」

「そりゃ日本人ならみんな好きっしょ!」


 やはり障子で封鎖された部屋の広縁で寂しく入浴の準備をしていると、浮かれ気分の瑞希と琴音の話声が聞こえてくる。


 温泉好きだったり、クレープであずき味頼んだり、絶妙に日本人らしいところ出してくるよなアイツ。外見だけなら一番ぽくないのに。



「あたしてきに、ひーにゃんとお風呂入れるのがマジ眼福っていうか?」

「……ひーにゃん? なんですかそれは」

「猫の比奈ちゃんだから、ひーにゃん! ねっ!」

「そういうの、わたしは似合わないと思う……にゃー」

「はいキタっ! クソ可愛いッ!」

「も~、やめてよお~」


 と言いつつ忠実に罰ゲームを実行する比奈であった。本人も乗り気だから誰も困っていない謎。


 しかし、ひーにゃん。ひーにゃんて。

 また妙なあだ名をつけるな。

 絶対お前しか使わんだろ。



「ひーにゃんだけあだ名無かったからさー、ナイスタイミング?」

「えっ……わ、わたしは……?」

「長瀬? 長瀬は長瀬じゃん。なに言ってんの」

「名字があだ名ってどういうことよ……」


 アイツなりの愛情表現だ。さっさと気付け。


 ようやく「出て来ても良し」と許可が下りたので、障子を開け広々とした空間に回帰を許される。皆揃って宿の浴衣を着ていた。白と紺の、ありがちなやつ。


 かくいう俺もちゃっかり着ているわけですが。せっかくの宿だぞ。これあるから部屋着持って来なかったし。


 叶うなら女子のいない空間で気楽に着ていたかったけど。もはやただの薄っぺらい服に成り下がった、心許ない装備だ。



「へぇー。意外と似合ってるじゃない」

「陽翔くん塩顔だからねー。和服とかピッタリなんじゃないかにゃー」

「すっげえ違和感なく使いこなしてる……」


 もはや罰ゲームになってないだろ。


「……あれ、琴音は?」

「なんか恥ずかしいって、先に行っちゃった」

「後で死ぬほど顔合わせるだろ……」


 彼女の体格だと、身体のラインがあざとすぎるほどクッキリ出てしまうだろうし、俺に見せるのも憚れるか。いや、それ以前に気になるなら違う服着ろよ。



 琴音を追い掛けるように部屋を出ていく三人へ着いていく。


 この宿はこの辺りじゃ名の知れたチェーンだが、温泉には結構力を入れているようで、日帰りの観光客もわざわざ足を運ぶほど人気があるのだとか。

 色々と効能はあるようだが、中でも疲労回復と筋肉痛には格段に効くらしい。運動部には持って来いということだ。今日は活動してねえけどな。



「ハルぅー、覗いちゃダメだよー」

「やるか、アホが」

「かといって男同士もダメだからなー」

「なんの心配してんだよ」


 どう足掻いたってそんな展開にはならねえよ。


 瑞希の低クオリティーなちょっかいを払い除け、脱衣所へゴー。俺以外の客は数えるほどだ。ちょっと早い時間だしこんなもんか。



(……飯まで結構あるな)


 合宿の入浴時間なんて、飯の前にちゃっちゃと済ませろって感じで特別に感じたことも無かったけれど、こうして時間を与えられると逆に戸惑う。


 風呂場で騒ぐ同輩らの気持ちなんぞクソほども理解できなかった当時だが、今になって初めて分かる気がする。これ、誰かと一緒に来た方が楽しいわ。絶対に。



 雑に身体を洗ってさっさと身体を温める。

 最近、シャワーばっかりだったから正直嬉しい。



「ん、あれが……」


 確か、瑞希たちが言っていた露天風呂か。

 せっかくだし入っておくか。行かない理由も無いし。



「おー。ええ景色やんけ」


 先ほどまで遊んでいたビーチが一望できる。

 これは良い。対岸へ太陽が少しずつ沈んでいく。


 今日一日で散々溜め込んだやらかしゲージが少しずつ減少していくような、よう分からん何か。取りあえず、景色を楽しめるようになっただけ俺にも心の余裕が出来たということか。


 露天風呂には俺を除いて一人の客もいなかった。なるほど、独り占めというわけだな。合宿、良いモンじゃねえか。



「…………あん」


 ゆっくり浸かっているというのに。

 辺りが妙に騒がしい。


 辺り、というか壁の向こう側だな。

 仕切りになっている。あっちは女風呂だ。



「ハルーっ! そっちいるー!?」

「げっ」


 予想できなかったわけではないが。


 向こうも似たような状況なんだろうな。この時間、客おらんし。こういうの、あんま好きじゃないんだけどな。まぁ誰も居ないしいいか。 



「おー、なんや」

「あっ、やっぱいるじゃん! そっちどーお?」

「まぁまぁやな。そっちと変わらんて」

「いまねー、くすみんのおっぱい揉んでるのっ!」


 なにしてんホンマに。


「すっげえ柔らかいよっ! 羨ましいだろっ!」

「そんなこと大声で言わないでくださいっっ!!」

「愛莉ちゃんのもすごいんだよー。あ、にゃー♪」

「比奈ちゃんっ!? ちょ、やめ――――」


 誰か止めろよ。


 瑞希はともかく比奈まで暴走しているのか。或いは恨みが籠ってるな間違いない。というか、もっと抵抗しろよ。ナチュラルにじゃれ合うな。気に触れるわ。



 冷静に考えるまでも無いが、アイツらみんな壁一枚越しで全裸なんだよな……さっきの水着姿でさえ平然を装うのに精いっぱいだったというのに、俺の精神を殺しに掛かっているのか。


 そりゃあフットサル部はそんじょそこらの仲の良い男女とは一線を画した何かで繋がっているのかもしれないが……でも俺ら、出会ったの数か月前なんだよなあ。


 果たしてこの状況、喜ぶべきか。悲運を嘆くべきか。少なくともクラスメイトに話したら発狂ものだな。話す相手居ないから良かったけど。



「ねーねーハルーっ」

「あーん。なんだよ」

「ここの温泉、11時から混浴なんだって!」

「…………は? マジで?」


 なにそのハプニングを起こすためだけに設定された入浴時間。どう考えても俺たちに寄せてるだろ宿側が。



「あとで一緒に入ろーなっ!」

「やなこった」

「えーっ!? 長瀬とくすみんのおっぱい見たくないってのかっ!」

「なんで私も入る前提なのよっ!?」


 見たくないと言えばそりゃあ嘘ですけど。

 生憎、部内の関係をブチ壊す予定は無いので。



「うーん……やっぱり瑞希ちゃんも、結構あると思うけどにゃー」

「ほえっ? いやいや、お世辞は良いってー」

「なによ、隠さなくたって。なんならここでデカくしてやるからっ!」

「ちょっ……う、うええぇぇっっ!? くすみん助けてぇっッ!!」

「…………お騒がせしてすみません」

「なんでガン無視なのおおおおぉぉっっっ!?」



 出よ。


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