93. 唐突なラブコメ


 戦意喪失状態のDQN共をちゃっちゃと追い返した頃には、もう15時をとっくのとうに過ぎていた。通りで段々と人の数が減ってきている。


 これで彼女たちが余計な気苦労を背負う心配も無い。まぁ、俺のメンタルも崩壊済みだけれど。


 ああいう何の気なしに出てくる台詞がいちいち中二臭いから、50音かるたとか作って弄られるんだろうな。なんなんだろうな、俺って。



「どーする? もう帰っちゃうカンジ?」

「なんでもええわ」

「おしっ、じゃあハルっ! 競争しようぜッ!」


 次から次へと余計なことを始める瑞希をいい加減止めたいのも山々だが、先ほどの疲れと精神状態も相まって反論する気にもなれないのであった。



 彼女が指差すのは、浅瀬からだいぶ離れた……あの奥の方でぷかぷか浮いてる黄色い奴、なんていうんだろう。後でスマホで調べよ。


 ともかく、あの辺りまで泳いで帰ってこようと。泳ぐの好きじゃないんよな。筋トレ感あって素直に楽しめない。



「あの黄色いのにタッチして、早く帰ってきた方が勝ちなっ!」

「あっ、待って! 私もやる!」

「じゃあせっかくだし、全員でやろーぜ!」


 えぇ。あの二人も混ぜるの。

 こういうの不得意な印象だし、無理やりやらせるのも。



「いいよー。わたし泳ぐの結構得意だから。ねっ、琴音ちゃん?」

「はい。受けて立ちます」


 あれ。意外と乗り気。


「小学生の頃、一緒にスイミングスクールに行ってたんだよ」

「へぇー……比奈は分からんでもないけど」

「なにを言いたいのですか」


 そんな図体でよくもまぁ、水着姿を曝け出す勇気があるなと。

 無論、そんなことは口が裂けても言えないのである。


 しかし、小学生の頃の琴音って……あの頃からこんな感じのサイズ感だったのろうか。同世代には劇薬やな。コイツのせいで性に目覚めた奴いっぱい居そう。悪口にしても酷過ぎる。



「ってことは、みんな意外と自信ある的な?」

「往復で50mも無いし、余裕やろ」

「ビリは罰ゲームとかどうっ?」


 また余計なこと言い出したな。こういうのは言い出しっぺが負けるって相場は決まってんだよ。



「罰ゲームって……なに、テント片付けとか?」

「それはハルにやらせるからいーや」

「手伝えやダボが」

「うーん、どーしよっかなー」


 今度は黒髪コンビをチラチラ覗きながら、何やらよからぬことを考えているご様子。瑞希のことだから、俺と添い寝しろとかその程度なら余裕で噛ましそうで怖い。俺が罰ゲームやん。罰、罰なのだろうか。分からん。



「あ、そーだ。日付変わるまで語尾を「にゃー」に変更とか」

「えぇっ!? キッツ!!」

「負けなきゃいーんだよ、負けなきゃ!」」

「……陽翔さん、絶対に負けては駄目ですよ」

「自分より俺がする方が嫌なのお前」


 やりたくないけど。

 俺は琴音のにゃー見たいけど。



「うし、準備は良いなてめーらっ! よーい……ドンッ!」


 瑞希の号令とともに、一斉にスタート。


 泳ぎながら周囲の様子を確認するが……あれ、ちょっと待て。みんな意外と速いな。もしかしてこれ、結構本気でやらないと負けるパターンじゃ。


 無心で腕を振り、まぁまぁ進んだところで再び顔を上げる……って、琴音が一番速いのかよ。伏兵過ぎる。続いて愛莉、俺、瑞希、比奈の順位だ。


 黄色い謎の球体にタッチし折り返し。

 あんまり力抜いて最下位も困るし、本気で行くか。



「んぶウぅっ!?」


 と、その瞬間、そこそこの波が発生。身体が呑み込まれる。ギリギリ足が届く程度の深さなので一瞬だけ動揺してしまうが、なんとか持ちこたえ顔を上げる。


 しかし、一人足りない。



「ぷへぁっ! おい、比奈っ!」



 周囲を見渡せど、比奈の姿が見つからない。

 他の連中はそのことに気付いていないようだった。


 何だかんだ小柄な彼女が波に飲み込まれれば、万が一も有り得る。

 決して楽観視はできないだろう。いったいどこに……。



「ぷはあっ……!」

「おいっ、大丈夫かっ!?」

「ん、陽翔くんっ……あはは、平気へーき。凄い波だったねえっ……」


 心配無用、といった様子で快活に笑う彼女は、首だけ海面からひょっこり現れる。どうやら溺れていたわけではなさそうだ。なんだ、良かった。


 だが、レースを再開しようとしない。もう俺たち二人以外はゴールしてしまいそうな勢いだし、一騎討ちにでも持ち込むつもりか。



「……あー…………陽翔くん?」

「ん、どした」

「悪いんだけど、先に行ってくれない? わたしビリでもいいから」

「いやそういうわけにも……」


 一向にその場から動こうとしない比奈。なにかあったのか。足の付く深さだから、別に攣っても問題は無いだろうが。



「本当に、大丈夫だからっ! ねっ?」

「いや、気になるやん。んな言われたら。足でも攣ったか」

「ううん」

「シンプルに疲れたとか?」

「えと、そうじゃなくて……」


 珍しく妙に困り顔だったのでついつい気になってしまい色々と質問をぶつけてみるのだが、どうにも煮え切らない回答で疑念は増すばかり。一向にその場から動かないし、いったいどうしたというのか。



「えーっと……お願いだから、何も聞かないで先に行って?」

「…………あっ。お前もしかして」

「あっ、だめっ! 言わないでっ!」

「水着、外れたな」

「そうなのっ! だから、こっち見ないでっ!」


 顔を真っ赤にし狼狽する彼女は、これまで過ごしてきたなかで一番大きいといっても過言ではない音量でそう叫んだ。


 たいていのことは澄まし顔でこなす比奈が、ここまで動揺するのも珍しい。別に海面の下を覗きたいわけではないが、あまりに貴重な絵面でもうちょっと見ていたくなったという、それだけである。



「……あれ、比奈の水着ってワンピースじゃ」

「それっぽい形のセパレートなの!」

「あぁ、なら上だけ外れるんやな。面白いな最近の水着って」

「冷静に分析しないでよおっ!」


 可愛い。


「なんや。比奈でも恥ずかしがることあるんやな」

「誰でもこうなります!!」

「一人で大変やろ。着けるの手伝ったろか」

「だから、大丈夫なのっ! なんで急にSっぽくなるかなぁ!」


 一通りリアクションを堪能。

 悪い悪いと思ってもいない言葉を口に、背を向け砂浜へ。


 が、話はそれで終わらない。

 先ほどとほぼ同等の波が、再び二人を襲った。



「ううぉっ!?」

「きゃあっ!」


 何だかんだ浅いとも言えない微妙なポジショニングだったので、顔ごとスッポリ波に被さってしまう。かといって、溺れるような心配も無いけれど。


 それでも、さっきの出来事が脳裏をよぎったのか。

 またも比奈の方へ振り返ってしまった。



「…………比奈?」

「ひゃうんっ!」

「なんか、さっきより深刻そうなご様子で」

「…………ゃった……」

「え? なんて?」

「…………水着どっか行っちゃったよぉ……!」



 んなアホな。



「えっ、ちょ……ちゃんと探せばあるだろっ!」

「分かんないっ……もう分かんないのぉ……ッ!」

「ああああもうっ、ちょっと待ってろ!」


 引き返して比奈の水着を探す。

 確か薄グレーで花のデザインの…………あ、あった。



「おい、あったぞ!」

「きゃあっ! ちょっ、待って! こっち来ちゃダメっ!」

「そっち行かなきゃ渡せねえだろっ!」

「そうだけどっ、駄目なのっ!」


 なんだよ。お前そんなキャラちゃうやろ。いや気持ちは分かるけど、そんな態度取られると逆に動揺する。



「なら、目ェ瞑ってるから、その間に取れ。いいなっ?」

「分かったから、早くっ! あ、ゆっくりっ!」

「どっちやねんッ!」


 完全に平常心を失っている比奈が若干面倒になってきたのはもうどうしようもないとして、目を瞑りながらゆっくり彼女の元へと近付く。


 手に握られていたセパレートの水着の感触が消える。


 割と何も考えてなかったけど、さっきまで比奈が付けていた水着を手に取っていたという、なんだろう。背徳感とでも言えばいいのか。


 普段は隙を見せない彼女だからこそ、この予想もしていないイベントは特にメンタル面への負担が激しいというか。なに柄でもなくドキドキしてんの俺。お互い様だろうけど。



「…………終わったか」

「うん、なんとか……えと、ごめんね……っ?」

「いや、別にええけど……茶化した俺も悪いし」

「あははっ……新しく買ったんだけど、背伸びし過ぎた罰かなあ」


 互いに背を向け合いながら、ボソボソと口を開く。

 顔は見えないけど、その姿は妙に汐らしくて。



「……背伸びなんてこたねーよ。似合っとるで」

「ほ、ほんとにっ?」

「ここで嘘ついてどうすんだよ」

「そ、そっか……ありがとっ……」


 なにこの唐突なラブコメ展開。蕁麻疹が。


 同じ教科係というだけの間柄がいきなり部活の仲間になったから色々とすっ飛ばしてきたけど……考えるまでも無く、普通に可愛い同級生なんだよなあ。なんで海のど真ん中で、クラスメイトとこんなことしてるんだろ。


 わざとらしい、憎い演出しやがって。峯岸の言っていたのって、こういうことなのか。恐ろしい魔法だ。



「…………こういうところズルいんだよねえ」

「え、なんか言った」

「……うん、なんでもないっ。ほら、戻ろう?」

「お、おう」

「あ、わたしが先にゴールしちゃおっかな?」

「馬鹿やろっ、それだけは許さんッ!」



 普通に泳げば良いものを、何故か全力で走って追い抜く。

 比奈はそんな俺を追い掛けようとはしなくて。


 不意に振り返った先には、眼鏡を掛けていない、ありのままの素顔で煌びやかにほほ笑む、いつも通りの彼女がいる。


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