92. 遊びますか

 困ったような、或いは若干キレたような様子の愛莉を、いかにも「ナンパしに海きました」的な若者数人が囲んでいる。髪色はゴールドから赤茶まで様々。出来の悪い信号機だ。


 他の三人を見つけ、テンションは高まる一方。

 そしてゴリゴリに舐められる俺。


 想像に及ばなかったわけでもないが。全員、容姿に限った話ならその辺の女など比較にもならないし。


 そんな集団を引き連れて……引き連れている自覚は無いが、ともかく彼女らと行動しているわけだから、余計な火の粉を浴びせられる可能性は十二分である。



「陽翔さん。仕事です」

「さも当然の如く言うなや」

「距離を取ってくださいね。喧嘩を生で観るのは初めてなので」

「なんでリアルファイト前提なんだよ」


 微妙に勘違いしている琴音はさておき、どうしたものか。


 ……前にもあったな。あのときは愛莉一人だったけど。DQNに発見されやすい特別スキルか何かがあるのか。顔と胸以外。或いはそれが全てか。



「あたしら、この人のハーレムなんよね~」


 嘘つくにしてももっとマシな嘘つけよ。絶対信じねえぞ。


「アハハッ! もっとマシな嘘つきなよ!」


 ほーら言われた。


「なぁー、俺らと居た方がぜってー楽しいからさー」

「ね~一人くらい貸してよ~」

「1,000円あげるからどっか行ってくんねーかな~」


 ちょっと揺らぐわ。金額次第だな。


「あのっ、ホントにいいんでそういうの!」

「えぇ~!? いいじゃんちょっとくらいさ~!」

「ヒィィッ!?」


 肩に手を回され全力でビビった愛莉は、超高速で抜け出し俺の傍へと駆け寄ってくる。こういうタイプ苦手なんだろうな。ただでさえコミュ障だし。


 うーん。でも、どうしよう。俺とてこの手の類は嫌いというか、撃退法なんぞ知らんし。前回の手は箱型洗剤が無いから使えないし。あってもやらんわ。



「ハルト、なんとかしてよっ……!」

「いや、んなこと言われても」

「最悪殴っても逃げればっ!」

「お前らそんなに俺の喧嘩見たいの?」


 コンビニでの一件は完全に営業妨害だったしタチの悪い絡み方だったからまぁ俺も許されてた感あったけど、これに関しては普通のナンパだし。



「そんな陰キャといてもつまらねえっしょ?」

「ほら、顔顔カオ。見てよ、この圧倒的な差」

「それは過大評価だろ!」

「えぇ~!? コイツよりはマシだろ!?」


 面白いやり取りしてんじゃねえよ。魅力的だな。



「そんなにハルって不細工かな~?」

「鼻が三つとかじゃないし、普通じゃない?」

「わたしはカッコいいと思うけど、どうかなあ」

「性格の悪さと足し引きで、トントンですね」

「貴様ら……」


 ここはちょっとでも擁護する場面だろ。

 

「いや、マジで! コイツより中身も良いから! ホントに!」

「じゃあ、俺らがコイツよりイケてるって分かったらいいでしょ?」

「なんかやる? ビーチフラッグでもやる?」

「お、いいねー」

「あっ、ボールあるじゃん! サッカーしようぜ!」


 案外良い奴らなのかもしれない。

 久しぶりに男子と会話したせいか、感覚が麻痺っている。


 なんなら彼女らに迷惑掛けない程度で友達になりたい。サッカー興味ある奴に根から悪い人間はいないと割と信じているタイプ。俺を除く。



「じゃ、5対5でゲームでもするか」

「ハルトッ!? なんで受け入れてんの!?」

「別にええやん。取って食われるわけでもねえし」

「えぇー……」


 むしろちょうどいい練習だろ。

 正式な人数でゲームできる機会なんて中々無いぞ。



「あたしはいいけどさー、ホントに大丈夫?」


 そんな流れになるや、瑞希は妙にニヤ付きながら連中と俺のことを交互に眺め、そんなことを言う。あぁ、この顔はまた余計なこと考えてるな。



「あたしたち、上手いよ。たぶん勝つし」

「いやいや。俺ら、元サッカー部だから!」


 それは嘘だろ。ノリが軽すぎる。

 見た限り全員揃って脚も細いし、経験者は居ないなこれ。



「ふーん。じゃ、様子見で。ねっ、ハル」


 瑞希はボールを取ってきて俺に蹴り渡す。

 なに。どうしろと。



「ハルからボール取れたら、一緒に遊んであげていいよっ!」

「えっ? 楽勝じゃん!」

「ただし、制限時間3分ねっ!」

「余裕よゆー!」


 なんで俺の承諾なしに話進めてんだよ。

 DQNもヤル気出しちゃったし。もう止まらんやん。



「おいっ、勘弁してくれって」

「あははっ! ハルなら大丈夫っしょ!」

「適当やな……お前らも言うこと無いんか」


 どう考えても1対5なんて正気の沙汰ではない。ちょっと囲まれただけで簡単に奪われることも有り得るし。


 が、面々は特に困惑した様子もなく。



「……行けるんじゃない? ハルトなら」

「陽翔くんが負けるところは想像つかないなあ」

「これがアイデンティティーでしょう、貴方」

「えぇ……なにその歪んだ信頼……」


 どうやら本気で思ってらっしゃる。


 いや分からんぞ。いくら実力があったとしても、この人数差じゃ万が一ってこともあるだろ。


 だがナンパ師らも結構ヤル気のようだし。

 コイツらも止めないし。本当にやるのか。メンドくせ。



「時間測るね! はい、スタートっ!」

「すぐ終わらせてやるよ!」


 片手のスマートフォンを掲げたと同時に、金髪男が迫る。ちょっと待って。心の準備とかそういうのくれよ。


 仕方ない。付き合うか。

 取りあえずいきなり終わらせるのは場の空気に関わるので。



「ほいっ」

「おわっと!?」


 飛び出て来た右足を躱すように、足裏でボールを引く。すると、止まり切れなかった金髪はそのまま転倒。おい、元サッカー部じゃなかったのかよ。無様すぎるぞ流石に。



「ハルっ!」

「あんっ、なんだよ」

「本気だぞっ! リハビリ終わってんだろ!」


 結構なボリュームで、そんなことを叫んだ。


 リハビリ、と言っても大したことは。サッカー部との試合で負った怪我は、とっくに治っているし。


 が、しかし。思い返せば、怪我が治ってからちゃんとボール蹴った記憶がない。それこそ、全力でプレーしたのはあの試合だけか。



(じゃ、見せますか)


 所謂、カッコいいところってやつ。

 


「おらっ!」

「寄越せゴラ゛ッ!」

「死ねッ!」


 口々に罵倒してくる男たちの魔の手を逃れ、ボールをキープ。なんだ。良い奴らだと思ってたのに。やっぱ許さんわお前ら。


 次々と伸びてくる脚を躱しながら、徐々に後退。砂場でのドリブルは中々に骨が下りるが、それは向こうも同じ条件。どうということはない。



「全然取れねえ!?」

「ウザ過ぎるんだけどッ!」


 知らんわ。


 しかし、狙いが分かりやす過ぎて張り合いがねえ。ちょっと横にズラせば簡単に躱せるし、連動した守備も無い。


 攻める方向が無いからひたすら躱し続けるのが続くというのが辛いところではあるが……経験者とやり合う機会しか無かったら分からなかったが、意外と楽なものだな。



「取ったああああっ!」

「よっと」

「あれええぇぇぇぇッッ!?」


 突っ込んできたので、ボールに乗り回転。

 回り切ると同時に足裏で押し出す。

 技名で言うと、マルセイユルーレット。


 今のはたまたま思い付いただけだけど、ただ躱すだけってのもつまらなくなってきた。この調子じゃ一時間経っても結果変わらんだろうし。



「――――遊びますか」

「はっ?」


 誰かの気の抜けた一声と共に、砂の凹凸を使ってボールをリフトアップ。そのまま前方へ蹴り上げて密集を抜け出す。


 遠くに蹴ってもそこで着地してくれるから、追い掛ける必要も無い。どうしよう。ちょっと楽しくなってきた。



「待てゴラァっ!」

「卑怯だぞオラァァ!」


 だから知らんて。


 ゾンビの如く追い掛け回してくる連中を躱しながらリフティングを開始。砂場にスピードを殺されない分、こっちの方が簡単でいいかもしれん。


 よし、ゲーム変更。コイツらに取られないようリフティングしよう。



「ほーら、こっちやぞー」

「あっ! パクられたっ!」


 走り回る連中から逃げるように、リフトしたボールを肩で突きながら進む。先ほどのミニゲームで瑞希が見せていた技だ。柔らかいから結構簡単に出来るなこれ。



「ハルトっ、あと1分!」

「えっ、もう?」

「あ、ちょっ、相手来てるって!」


 思わず驚いて振り返る。

 そんなに経ってたのか。あっという間やな。


 愛莉の警告通り、背後から迫りくる金髪。もうボールがどうというより、俺を張っ倒しに来てるなコイツ。



「まぁ、見えてますけど」

「ドぼゥっ!?」


 寸前で足を高く上げて、ボールをズラす。

 そして再び転倒する金髪。哀れなものよ。



「…………まるで大人と子ども、ですね」

「ね~。流石だねえ」

「普通ならどっかでミスって取られるよな~」

「上手いなんてレベルじゃないわよ、あれ……」


 感心しているのか、呆れているのか、或いはDQNを嘲笑っているのかは分からないが、何やらボソボソト会話している連中の様子が目に映る。


 ったく、人が必死こいて……そんな必死ってわけでもないけど、頑張ってる最中に微妙な顔しやがって。後でなんか奢らせてやる。



「全然取れねえっ……」

「なんなんだよコイツよぉっ!?」

「あと5分っ! あと5分追加させろッ!」


 やなこった。


「瑞希、あと何秒?」

「5秒だよー」


 じゃ、終わらせますか。ちょうどいい距離だし。


 コート内の左タッチライン沿い。

 反対側のゴールに向かってドリブルを開始。


 まず一人、ダブルダッチで抜き去り、次にスライディングを噛ましてきた奴をボールごと浮かせて飛び越える。三人目は、中央にカットインすると見せ掛けて股下を通す。


 今度こそ中に切り込み、再びマルセイユルーレットで四人目も躱す。最後の金髪は右足と踵でボールを挟み込んで蹴り上げる、相手の頭上を通過させるヒールリフト。完璧に決まる。


 宙に浮いたボールに飛び込み、左足のジャンピングボレー。着地と同時に、ゴールネットを豪快に揺らした。


 まっ、さながらブザービートってところですか。お遊びもこれで試合終了ということで、ここは一つ。



「―――――――悪いな。女の扱いも、ボールの扱いも、俺が上や」



「うわっ。なにそれ寒っ」

「ハルトにだけは似合わない台詞ね……」

「その一言が無ければカッコいいんだけどなあ」

「調子に乗りましたね、間違いなく」



 台無しである。


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