91. 胸が邪魔で、ボールが見えづらい


 不慣れな砂浜でのプレーにどいつもこいつも本来の実力を発揮できず。10分を過ぎた頃、いい加減疲れてきたということで試合は一旦打ち切りに。


 なにが目的で始まったのかも分からないこの試合。

 実に論理的な結末である。理で納得できない連中には酷だが。



「あー……つっかれた」

「……なんでお前ら、こんなかで分けると急に連携悪くなんの?」

「知らねーよそんなのー……クッソ、明日復讐してやっかんなっ」


 砂浜にペタっと座りペットボトルの中身を豪快に減らしていく瑞希の受け答えは、流石に酷暑の弊害か視点も定まらず虚ろげであった。


 サッカー部との試合で、どこか勘違いしていたかもしれん。コイツら、俺以外全員女子なんだよな。失礼ながら。


 普通なら10分でも、この広さのコートに運動量では女子にとって厳しいものがある。改めて、とんでもなく危ない橋を渡り切ったことを身に染みて実感する。



「はい、陽翔くん」

「おう、サンキュ」


 比奈から受け取ったペットボトルを、やはり瑞希に負けない速度で空にしていく。俺はそこまで疲れているわけではないけれど、水分は取っておかないと。命が、こう。



「このあとどうするの? もう2時だけど」

「そんな時間か……微妙な頃合いやな」

「どこか観光しに行くとか?」

「言うてこの辺り、海と道路しか無いやろ」

「……確かにそうだねえ」

「合宿には持って来いや。なあ?」

「もー、だからごめんってば。いろいろっ」


 唇を尖らせ、比奈は俺の隣に座る。

 同じ体育座りでも、結構な身長差だ。


 愛莉がなまじ背が高いから普段は気にしないが……こうして見渡すと、俺以外みんな小っちゃいよな。どう考えたって不釣り合いな存在だ。


 距離を空けようものなら、余計な誤解を招き兼ねない。誰がストーカーや。あぁ、苛々する。誰も言ってへんやろクソ。



「あいりー、パース」

「ううぇっ、ちょっ、なにっ?」

「財布貸すから、飲みもん頼むわ」

「……あぁ、飲み物ね。くれるのかと思った」

「丸ごと譲渡するアホがどこにおるねん」


 些細なやり取りで懐が透けて見えるこの悲哀。


 特に文句を言わず、少し離れた自動販売機へ歩いて行く。後ろ姿はモデルと見間違うそれだよなぁ、ホント。



「陽翔さん」

「あんっ、どした」

「良い機会なので、教えて欲しいのですけれど」


 トテトテと歩み寄ってきた琴音が、頭上から視界に現れる。すげえな。お前。恥ずかしくないのかよ。ビーチにスク水て。


 こういうところで羞恥心に欠けている辺り、やっぱりこのチームって全員どっかネジ外れてる。絶対に。俺含め。自覚があるだけマシだろ、多分。



「リフティングを教えて欲しいです」

「……別に構へんけど、なんでまた」

「柔らかいボールで練習すると、ボールを捉えるコツを掴めるのだとか」

「ん、初心者にはええかもな」


 向上心だけは誰よりも強い琴音のことだ、ネットか何かで独自に調べて練習もしているのだろう。ただ動画を見るだけじゃイマイチ分かり辛いし。



「うしっ、じゃあやるか」

「お手本を見せて欲しいのですが」

「あいよ。おいっ、瑞希、立て」

「えー、あたしもやんのー?」

「それくらい出来るだろ」

「まぁねーっ!」


 勢いをつけスクっと立ち上がった瑞希に、足元のボールを蹴り渡す。まぁまぁ速度のある代物であったが、いとも簡単に右足内側でトラップし、リフティングを始めた。


 このチームには、俺含め三人の経験者がいる。


 単純な実績なら代表歴のある俺と、名門校でのプレー経験がある愛莉が抜きん出ているが、純粋なテクニックだけで言えば瑞希に敵う者はいない。


 愛莉に関しては、そもそもリフティングは大して上手くないし、俺にしたって教えるのが上手いわけでもないし。


 というわけで、これに関しては瑞希が適任。



「まー、コツってほどでもないけどなっ? よーはボールが自分の傍から離れないようにコントロールするわけよ。ほら、身体に向かって回転が掛かってるっしょ?」


 両足で交互に蹴り出されるボールは、綺麗な縦回転の連続。実に分かりやすい。つまるところ「自分に向かって蹴る」というわけだ。



「つま先で蹴るやり方もされますよね」

「動きが少ないからブレずらいんよ」

「瑞希ちゃん、どれくらい連続でできるの?」

「さぁー。昔、10,000回まで数えたけど」

「気が遠くなりますね……」


 あるある過ぎて思わず頷く。ある程度安定して蹴れるようになってきたら技の練習をするから、回数とか気にしなくなるんだよな。



「でっ、たまにこういうことをするわけよっ!」


 その言葉と同時に、右足の裏と左足のふくらはぎでボールを挟み込み、そのまま静止させる。右足を引き上げると、横回転が掛かりそのまま落ちてきたボールを左足の甲に乗せ、バウンド。


 その間に右足で外側からボールを跨ぎ、そのまま拾いリフティング再開。


 いとも簡単にこなすけど、こんなの並の技じゃねえからな。コイツだけおかしいから。俺でも怪しいわこんなん。



「更にっ、こんなことも出来るのだよッ!」


 ボールを高く上げ、頭で突っ突きながらリフティング。徐々にバウンドの回数が減り、ボールは頭の天辺で静止。


 そして、素早く身体をお辞儀させることで、ボールを背中に乗せ再び起き上がらせることで高く放り上げる。落ちてきたボールを、今度はつま先と脛で挟み込むように受け止めた。



「すごぉーい!! さすが瑞希ちゃんっ!」

「どーんなもんよっ!」


 文句の付けようがない。

 琴音も目を見開いて拍手を送っている。


 分かってはいた。分かってはいたんだけれど、上手すぎる。


 ボールはトモダチ、という偉大なるサッカー史の言葉があながち嘘でも無いと信じさせてくれる程度には、彼女は自在に黄色の球体を操る。


 彼女をはじめ、男子も圧倒する愛莉の決定力。

 初心者とは思えぬ機敏な動きで貢献する比奈。

 持ち前の勇気でゴール前に立ち塞がる琴音。


 そして、自慢ではないが人よりかは上手い俺。


 しっかり練習を重ねて大会にでも出場したら、かなり良い線行くと思うんだけどな。如何せんその大会が今は無いのと、交代要員が居ないのがネックなんだけど。


 せっかく手に入れた環境と、合宿という機会。

 成果を披露する場所が欲しいところだが……。



「まずは最初にやったやつかな。10回が目標でっ」

「わっ、分かりましたっ……」


 琴音は両手からボールを落とし、右足でそれを蹴り上げる。


 しかし、なかなか中心点に当たらず、右往左往。

 たまにうまく当たっても、次のキックが覚束ない。



「まっ、これは正確にボール蹴る練習だからさっ」

「そうは言いましても……くっ、どうして……っ」

「琴音ちゃーん。ふぁいとー」

「……胸が邪魔で、ボールが見えづらいですね」


 その台詞は、指摘しようと思えど口に出さなかったのに。


「…………いっそのこと貶してくれた方がマシだぜ」

「ごめんて」

「別に瑞希ちゃん、小さくないと思うけど?」

「平均値ってものを最近覚えてだなっ……」


 比奈もそこそこあるからなぁ。爆弾をお持ちの二人と比べれば目立たないけど、身長の割にはある方だし。言わないけど。気にしないようにしているけど。



「瑞希にもええところはあるで」

「お尻とか言ったらブッ飛ばすかんな」

「ほーん。よう分かったな」

「マジで覚えとけよてめー」



 ボンヤリと琴音の練習と、交代でボールを蹴る比奈の様子を眺めていると。背後から、聞き慣れた声が段々と近付いてくる。


 なんだろう。妙に騒がしい。誰かと会話でもしているのだろうか。知り合い以外には人見知りゴリゴリの愛莉が、まさか。


 いや、だいたい分かるけど。あんな美少女が一人で歩いてたら、ほっとかないよな。あーあ。しくじったわ。



「…………どしたん、友達いっぱいやな、愛莉」

「どこ見たら、そんな感想になるのよッ!」



 やったら大人数連れて来ちゃって。



「おいおい、可愛い子ばっかじゃん!」

「ソイツほっといて、俺らと遊ぼうよー」

「ボールあるじゃんっ。俺らとも球遊びしよ?」

「それ、絶対違う意味だろっ!」

「つうわけでお前さー、どっか行ってくんね?」



 わあ。怠すぎる。


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