90. 開き直んな


 初めに競り合うは、やる気だけは妙にガンガンの愛莉と瑞希。慎重で上回る愛莉が競り勝ち、ヘディングで比奈の足元へ。


 サッカー部戦のようなプレッシャーを受けるわけでもない。冷静にトラップを試みる、が。



「あ、あれっ?」


 砂が四方に発散。


 バスンっ、と景気付けに音を立てたは良いが。ちっとも弾まない黄色のボールに、比奈はコントロールを失う。



 ビーチサッカーは地面、ボール共に柔らかく、ボールを思いっきり蹴っ飛ばすという一点においては非常に難易度が低く、ストレスフリーのスポーツである。


 しかしその一方、グラウンダー性のパスはまず望めない。


 単純な話で、人は凸凹の地面をソツなく歩けないように、水平な状態が保たれていないピッチで、正確にボールをトラップすることも、パスすることも。そして、ドリブルも。それ相応の技術を強いられることとなる。


 コートの広さは、いつもの練習場よりやや狭い。バスケットコートとほぼ同じくらいだろうか。そんな狭いスペースで、正確にパスを繋ぐのは、ほぼ不可能。


 では、どうやってボールをゴールまで運ぶのかというと。



「比奈ちゃんっ! 思いっきり蹴って!」

「いっ、行くよーっ!」


 前線へ蹴り出したボールに、愛莉が飛び付く。

 そのまま瑞希が彼女のマークに付いた。


 左サイドへ流れ、砂浜に着地。愛莉は右足でチョン、チョン、とボールを突きながら、少しずつコート中央へ移動していく。



「なるほどー。ああやってドリブルするんだね」

「それだけってわけでもねえぜ」


 さて。フリーマンたる仕事を果たすとしよう。


 愛莉を呼び込み、そのまま反対の右サイドでパスを受ける。パスといっても、砂に埋もれた時点でもはや落ちている物を拾うのと大差ないのだが。

 


「凹凸があるってことは……こういうことが出来るんだよッ!」

「ハルトっ、裏ッ!」

「あいよっ!」


 砂とボールのちょうど隙間に、つま先を通すように入れて。そのまま、一気に宙へ持ち上げる。

 あとは簡単な作業。浮いたボールを足の甲で蹴り上げ、ゴール前へ走り出した愛莉にパス。



(ホンマ名ばかりやなあ。ビーチサッカーて)


 空中をふわりと通過するボールは、瑞希の頭を超えゴール前へ。このように砂浜でボールを蹴ると、まぁ、だいたい浮き上がる。



 どんなに下手くそでも、盛り上がった砂がゴルフで言うティーの役割を果たすことで、簡単に浮き球のボールを蹴ることができるのだ。


 なんか反則っぽいな、と自分でも思う。だがビーチサッカーにおいてはこれが基本戦術。ワールドカップなど見ていても、一気に蹴ってゴール前で勝負。みたいな攻防を頻繁に目にするし、実際ビーチ上において正確なパス回しなどほぼ意味が無い。圧倒的にメリットが少ないのだ。



「ったああぁぁぁぁーーっっ!!」


 掛け声のような甲高い響きと共に、瑞希がその場で飛び上がる。

 いや……その表現は少し外れているか。


 正確には、自身の頭上を越えようとしたボールに対し、足を伸ばして空中で半回転するように蹴り出す。所謂、オーバーヘッド。残念ながら、守備のシーンだけど。



「わっ! 瑞希ちゃん、凄いっ!」


 そんな比奈の声に表されるように、見事パスをカット。ボールは愛莉チームのゴール前へと転がる。


 いや、すげえよ瑞希。絶対パス通った思うやん。ファインクリアにも程があるだろ。砂浜でようそんなジャンプするな。足首の力どうなってん。



「くすみぃーん! チャンスチャンスっ!」

「は、はいっ……!」


 ボールは琴音の数メートル前方に佇んでいる。

 そのまま駆け寄り、ゴールへドリブルを始める。



「ひゃあっ!」

「くすみィーーーんっ!?」



 始まらなかった。砂に足を取られ、思いっきり転ぶ琴音。


 まぁ、スク水だし。あの体系だし。なにより、琴音だし。この展開は予想できたよ。ホント裏切らないなコイツ。



「ごめんねえ琴音ちゃんっ」

「くっ……なんのこれしきっ!」


 倒れている彼女に目もくれず、ボールを掻っ攫う比奈。


 と、負けず嫌いスイッチでも入ったのか。

 必死でボールを追い掛け始める。


 拙いドリブル、拙いランニング。だが、水着の美少女が必死こいてボール追い掛けるこの構図は、なかなか悪くないような気が、しないような、うーん。しかし。



「陽翔くん、パス……あっ!」

「さっ、触りました! 私のパスですっ!」


 宣言通り、俺にパスを渡そうとした隙に、琴音の足が伸びて。

 コースが僅かにズレる。ラストタッチは彼女。


 フリーマンを用いた練習では、最後に触った奴のチームに味方をするのが常。まぁこれはローカルルールがありそうだけど。琴音が珍しくアクティブだし、ここは乗っておくか。



「ハルッ!」


 サイドを一気に駆け上がる瑞希に、浮き気味のロングパス。

 これを内もも付近で浮き留めた彼女は、そのままボールをリフト。



「ほっほっほっ、よっと!」

「ちょっ、なにサーカス始めてんのよッ!?」

「立派なドリブルだっつの!」


 浮き上がったボールを、右肩で突っ突きながら前進する。


 いや、おかしいて。お前。

 普通に右肩でって言ったけど、バランス感覚狂ってるよ。


 肩の内側を使ってボールをバウンドさせる技は、実を言わなくてもハンドすれすれのテクニックではあるのだけれど、見栄えの良さと収まりの良さも相まって、なんとなく試合中も見逃される傾向にある。


 しかし、そのままバウンドさせながらドリブルする奴は見たこと無いって。アレシャンドレ・パトぐらいだよそんなの。練習しようとも思わねえよ。



「くすみん、ワンツーっ!」

「は、はいっ!」


 ワンツーとは読んで字の如く、ワン、ツーの間合いでパスを出した選手にダイレクトでパスを返す、守備網を突破する際の常套句とも呼べるコンビネーション。


 サッカー部戦ではまだまだ未完成だったけど、フットサルをはじめとする狭いコートでの攻撃は、こうした時間と手間を掛けない展開が何より重要だ。



 真横から飛んできた浮き気味のパスに、琴音は身体全身を伸ばして反応。残念ながら足にはミートせず。


 が、上手いこと膝に当たり、瑞希の走り抜ける前方へ飛んで行く。



「貰ったぁぁぁぁっっ!!」

「撃たせるかぁぁぁぁーーッッ!!」


 今度は愛莉が身体ごと飛び込んで、ゴールとボールの間に割って入る。ダイレクトで放たれた少しばかりアクロバットなシュートが、瑞希の右足甲にジャストミートする!



「どりゃああああああああっっっっ!!!!」

「おっふ! …………あれ、ボールはっ!?」


 威勢の良い掛け声と共に放たれたシュートは、愛莉の投げ出した身体の遥か上空を超え、そのまま遠くへ飛んで行く。


 砂浜に転がった愛莉はボールの所在を確認するのだが。

 あれ、ちょっと待って。



「わーっ! 愛莉ちゃん、ナイスブロック? ってやつだよ!」

「え、あっ、うん……当たってないけど」


 そう、当たっていない。

 そりゃ、そうだ。遥か上空を超えて、飛んで行ったんだから。



「…………瑞希」

「んだよっ! ちょっとキツイ態勢だったろ!」

「いや…………お前もしかして、シュート下手?」

「ギクゥゥッッ!!」



 露骨に動揺していた。 

 そんな、驚いてもギク、とか言わんだろ。漫画か。


 そういや瑞希って、ドリブルは俺も真似できないレベルで上手いけど……最後まで抜き切って、自分で決めたシーンってあんまり無いんだよな。


 サッカー部戦も難易度としては大したことは無かったし……思えば個サルで初めて一緒にプレーした時も、俺のパスからワンタッチで流し込むようなシュートが大半だったような。



「……ふーん。アンタにも苦手なことがあるのね」

「なっ、なんだその目はッ! 文句あっか!」

「べぇーつにぃー? ただ、琴音ちゃんの良いパスを……ねえ」

「悪ぅござんしたッ!!」


 開き直んなよ。



「瑞希、外したんだから取りに行って来いよ」

「ううぇぇっ!? やだぁぁめっちゃ遠いんだけどぉ!」

「お前が蹴ったんちゃうか」

「分かりましたッ! 分かりましたっ! クッソ、今に見てろよッ!」


 全力ダッシュでボールを取りに行く瑞希を、比奈だけは面白おかしいものでも見るようにケラケラ笑っていた。


 一方、愛莉の「ついに弱点見つけてやった」みたいな不敵な笑みが、どうにもあの感動的な試合を演出したフットサル部のチームメイトとは思えず、我ながら呆れていたのであった。



「……悪くないな」

「なにが、ですか?」

「いやっ……意外な長所と短所が見れて、面白いな、と」

「……私の長所は膝じゃないんですけど」

「分かってるって」

「かといって、ミスでもないんですけど」

「はいはい」

「決まってたら、アシストだったんですけど」

「なんでちょっと不貞腐れてんだよ」


 お前のそういう一面も、面白いのうちの一つなんだけど。

 とは、言わないでおこう。面倒やし。


 炎天下の砂浜で、食後の運動とはおおよそ言い難いハードな闘いが、もう暫く続いた。


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