89. ちょっと分割しろよッ!


 一同なんとも言えない空気のなか、いきなり瑞希が「あっ、忘れてたわ」と一言立ち上がり、皆を案内するように先頭を進んでいく。


 この微妙な空気を一変させてくれるなら、なんでもいい。というか、こういう場面に限ってはお前しか頼れん。



「ほら前も言ったっしょ? これだよっ、これ!」

「あら、ビーチサッカーのコート?」

「へえー、ゴールがサンドウィッチみたいになってるんだね」

「面積を求めたくなる形状ですね」

「んなんお前だけや」


 そういや、元々これが目当てだったんだよな。失念していた。


 長々と続くビーチのほぼ中央付近に設置されている、二つの黄色いゴールマウス。そして見慣れた白線の囲い。やることは一つしか無い、と言ったところか。


 時刻は正午を回って少しという辺りで、まだまだ昼食を取っているグループが多いからか、コート周辺にはほとんど人影が無い。


 あとは単純に、人気が無いという可能性。

 フットサルよりマイナーな類だから仕方ないか。



「ここ、自由に使っていいのよねっ……!」

「係の人とか居ないしなー」


 特に利用を制限している様子も無い。コート内にボールが放置されていて、誰かが使った後のようだ。



「ゴールもボールも黄色いんだねえ」

「白黒じゃ砂浜やと見えにくいしな」

「サイズは普段使っているものと変わらないのですね」


 落っこちていた黄色いボールを琴音が拾い上げる。

 すると驚いたように目を開いて、興味深そうに触り出した。



「や、柔らかいですねっ……」

「そりゃあ、裸足で蹴るんだから」

「わぁ、本当だ。ぷにぷにだね」

「クッションより少し弾力がある……というところでしょうか」


 抱え上げたボールを二人がペタペタ触っている。


 なんだろう。どうという光景でもないのに。

 恰好が格好だからか、妙にいやらしさを感じるのは何故。



(…………第三のおっぱい……)


 見た目ほとんど大差ないからな。勘違いもするというもんだ。後で愛莉にも抱えて貰おう。ああ駄目だこれ。暑さで脳が蕩けてやがる。



「したら、てきとーにゲームでもやりましょっか」

「おっけー。あたしとハル、同じチームなっ!」

「はっ……はぁっ!? 勝手に決めないでよっ!」

「あたしだってハルとラブコメしたいもーん♪」


 んだよラブコメするって。新しい動詞を作るな。


 瑞希は俺の右腕を掴むと、そのまま身体に絡めてニッと笑う。その様子を見て、愛莉は先ほどの不服そうな表情に戻っていた。


 というか、なにコイツ。急に。やめて。


 いくら瑞希が東尋坊の断崖絶壁とタメを張る代物の持ち主とはいえ、そんなピッタリくっ付かれるとですね。流石に困るんですけれど。色々と。



「お前、自分がどんな格好してるか忘れてるだろ」

「んーっ? 超絶せくちーな黒ビキニだろ?」

「いやっ、だから」


 悪戯に微笑む彼女は、更に力を強め距離を詰めてくる。普通にしているとただただ可愛い奴だから、急に接し方が分からなくなるんだよな……コイツの場合、分かってて敢えてやるから、尚更タチが悪い。



「はっはーん! あれだけ馬鹿にしていたあたしの身体を見て、純情チキンなハル(16)は発情しているってワケだなっ!」


 そして言葉に出すから、もう手に負えない。

 あと()って今どうやって発音したの。怖い。



「ちょっ、ハルトっ!? 本当なのそれっっ!?」

「いや、してねえって」

「おらおらおらおらっ! どーよあたしのピチピチボディーはっ!」

「だから離れなさいってばああああっっ!!」


 今度は愛莉が俺の左腕を掴み、強引に瑞希を引き離そうと引っ張ってくる。なんだこの、嬉しいようであんまピンと来ない状況。両手に花っていうか、岩と壁。



「あははっ。陽翔くんモテモテだねえ」

「いだだだだだッッ!! おまっ、笑ってねえで助けろよッ!」

「写真撮ろーっと」

「冷静に楽しむなッ! ちょっ、おい琴音っ!」

「…………はぁ」

「そろそろ懐かしいなその表情ッ!」


 出会った当初に噛ましてきた、存在そのものを見下すような冷たい視線であった。クソ、俺なりに懐柔してきたと思っていたのに。



「おいっ、ハル! ちょっと分割しろよッ!」

「そうよっ! こっちの状況考えなさいっ!」

「人をカード払いみたいにお前らなァ!」


 そろそろ痛い。


「わぁーったから、離せッ! 俺はフリーマンやっ!」

「えぇーーっ!? いいよメンドイしさー!」

「フリーマン、とは」

「いたたたっ……ああ、あれや、パスを出した人の味方みたいな」

「なるほどー。それならみんな平等だねえ」


 なんとか丸く収める。マジで腕攣りそうなんだけど。


 内容は、琴音にざっくり説明した通り。ミニゲーム形式で奇数になったとき効率的な練習法。


 一人自由に動くことで常に攻撃側が多い状態になり、オフェンスの形づくりにも、守備の連係にも効果的だ。最も、フリーマンが下手じゃ成立しないけどな。



「けっ、しかたねえ。2点取った方が勝ちな」

「ふんっ。受けて立つわ……っ!」

「んじゃー、あたしくすみんと一緒っ!」

「え、あ、はい」

「比奈ちゃん、ブッ倒すわよっ!」

「がんばりまーす」


 サクッと決まるチーム分け。

 こういうとき揉めないからこいつら不思議。


 ていうかやっと離れたわ、あー痛かった。

 ホント痛かったんだって。それだけだって。


 ただちょっとばかし、幸福な時間ではあったという事実を全く持って否定するわけではないという、あくまで青少年として自然な反応であって。あ、いや、うん。なんでもね。



「まっ、戦力としては均等なところね」

「長瀬が過信し過ぎてなきゃなっ!」

「へぇー……言ってくれるじゃないのっ!」


 足元のスキルならチームぴか一の瑞希と、フィールドプレイヤー経験の少ない琴音。慣れぬ砂浜で普段の豪快なプレーが生きにくいであろう愛莉と、適応性の高い比奈。


 そして、高みの見物、俺。一応、ハブられから景品にはランクアップしてる。嬉しくないけど。ちっとも。


 最近は練習も無く遊んでばっかりだったが、たまには真剣に勝負して貰わないと。せっかく掴んだ勝利の経験値も擦り減るってもんだ。



「ハルト、上げてっ!」

「あいよっ……おら、行ってこいやッ!」


 足首でスナップを効かせ、浮き上がった瞬間一気に蹴り上げる。砂が舞い散ると同時に、ボールが天高く上昇した。


 ビーチでの場外戦、もとい紅白戦のスタートだ。



 全員、水着姿で。

 燃えねえなあ、この絵面。


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