82. うぉりゃああああっっ!!


「部費が下りたぞー」

「……はい?」


 8月を直前に控えた、とある日の練習。ラフな私服姿でコートにやって来たのは、名ばかり顧問こと峯岸であった。


 既に練習を終え談話スペースで帰り支度をしている最中だったので、自ずとフットサル部の視線は彼女へ集中する。



「部費……って、確か、休み明けからっていう話でしたよね?」


 曲がりなりにも部長である愛莉が全く知らないうちに、事が動いているのだからこの反応も当然である。



 フットサル部の設立に伴い必要な様々な準備のうちの一つに、学内予算との兼ね合いがある。


 長期休暇の前に生徒会と話し合いが設けられ、いきなり新しい部に予算を出すことが難しいからと、休み明けからの支給で合意したことを思い出しているようだ。



「意外と余裕あるみたいで、昨日許可が出たんだよ。なっ、廣瀬」

「……え、俺に振るの?」

「ちょっ……なんで部長である私に話が通ってないんですかっ!?」

「だって長瀬の連絡先知らんし」

「あっ、アンタも一言言いなさいよっ!」

「いま言っただろ」

「そうだけど、そうじゃないでしょうがっ!」


 練習が無かった昨日、俺は峯岸から連絡を受け学校に呼び出された。


 生徒会室へ連れて行かれ、緊急予算を出す構えがあると言われたものだから、長瀬の代わりに様々な手続きを大方完了させたのであった。


 ……という、設定になっている。



「それでっ、峯岸ちゃんっ! お金はっ!?」

「おー。ここにあるぞ」

「ううぉぉーーっ!! 金だカネだぁぁーーっっ!!」


 ひらひらと靡く封筒に瑞希が飛び付いた。餌待ちの犬かよ。


 状況の理解に精いっぱいな愛莉を置いて、三人は封筒の中身を確認している。こうやって見ると、結構な大金だ。ここに持ってくるまで終始ドキドキしていた。



「いち、にー、さん、しーごー……ろく、なな……はち、8万円!? やばっ!」

「わーっ。こんなに貰えるんだねえ」

「……先生、この金額は流石に多すぎませんか?」

「そうか? 部活に力を入れている学校だし、そんなもんだろ」

「はぁ……まぁ、経験が無いので何とも言えませんけど……」


 部活動に縁が無かった琴音も、そう言われてしまっては納得するしかない。


 だが、彼女の疑念も当然である。いくら全国規模の部活が揃う山嵜とはいえ、新設された部にこんな大金、まずあり得ない。



「ちなみにこれ、今年度分ってわけじゃないから」

「えっ、まだ貰えんの!?」

「正確には「貰えるだけの成績を出したら」だけどな」

「なるほどっ、実力シュギってことだな。分かりやすくてよろしいっ!」


 目を輝かせる瑞希。奥に¥マークが透けて見える。


 これは本当のこと。

 大会で結果を出せば出すほど金銭的に優遇される。


 まぁだからって、これだけの大金をポンと渡されるには理由がいくつあっても足りないだろうけど。そりゃそうだ。だって本当に「緊急予算」なんだから。出処はともかく。



「つうわけで、これは長瀬に渡すから。変な使い方すんなよ」

「わっ、分かってますっ! え、でも……本当に……っ?」

「ほら、合宿の予算とかこっから出したらどうだ? だいぶ楽になるだろ」

「……は、はぁ」


 やはりどこか納得のいかない様子の愛莉だったが、さっさとその場を離れてしまった峯岸に追求することもできず。再びソファーにちょこんと座り直す。



「さてさてっ……ではこの8万円をどのように使うか、緊急会議を開きますっ!」

「いえーい」

「司会っ、あたし! 会計、比奈ちゃん!」

「はーい」

「マジメ担当っ! くすみん!」

「なんですかそれは」

「あたしが変なことに使おうとしたら、それを止める役っ!」

「自覚はあるんですね」


 よう分からない茶番が始まる。

 瑞希はともかく、ノリノリの比奈であった。



「おーい長瀬っ、いつまでもボーっとしてねえでさ」

「えっ……あ、うん」

「まず我がフットサル部に足りないものを一つずつ洗い出そうではないかっ!」


 一応、真っ当に会議を進める気はあるらしい。不安だ。



(足りないもの、ねえ)


 いや、あり過ぎて困る。


 サッカー部との死闘で手に入れたこのコートとフットサルボール一つ。俺たちが持っているものと言えば、それくらい。


 あとはなんだろう。華はあるけど。俺を除いて。



「まず、今すぐにでも必要なものがある。なっ、ハル」

「え、なに。分からん」

「ユニフォームだよっ! お揃いのっ! これが無きゃ試合も出来ねえだろっ!」

「あ~っ。この間の試合も、ビブス借りたもんねえ」

「……ユニフォーム、と」

「どっから持って来たんだよ」


 いつの間にか用意されていたホワイトボードに琴音が書き加える。ノリノリか。



「こういうのどうやって作るのかしら。もしかして手作り?」

「えっ。あたしそういうの無理なんだけど」

「部活のユニ専門で作ってる会社とかあるし、そこに頼めばいいんじゃねえの」

「一着の相場はどれくらいなんですか?」

「さぁ……5000もしないくらいじゃね」


 あとは、なんだろう。

 別にマーカーとか、ビブスとか、いらないんだよな。

 だって5人しかいないし。わざわざ買う必要あるか。



「……あれ? もしかして、もう要らないカンジ?」

「そんなカンジだろ」

「……じゃあ、あとは合宿に充てようっ!」

「さんせーい」

「緊急会議っ、閉廷っ!」


 終わった。


「じゃあ、そのまま緊急会議、第二回を始めますっ!」

「そろそろ合宿先決めないとねえ」

「そーゆーこった! まぁこんだけお金あるんだし、ホテルの方でいいよね?」

「そうだね~。せっかくだからねえ」

「では、合宿地は高い方の宿で決まりましたっ! 会議、終了っ!」

「いえーい」


 さっきからなんなんだこのテンションは。



「……良かったな、愛莉」

「……へっ?」

「合宿、行けるだろ。これで」

「あっ……うん。そうねっ……ほとんど出さないで済みそうだし」


 最後まで会話に混ざれなかった愛莉は、事の流れに全く着いて行けていないながらも、少しずつ現実を受け入れ始めたのか、顔を綻ばせる。



「……そっか。行っても良いんだ、合宿」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、そう呟く。


 徐々に明るさを取り戻した彼女は、宿のパンフレットを見ながらワイワイ騒いでいる他の連中……主に瑞希だけど、ようやくその輪に混ざり、会話を弾ませる。



「わっ、すごい! フットサルコートが併設されてるんだ、ここ」

「だからここが良かったんだよっ! 探し出したあたしを褒めるがよいっ!」

「えらいえらーい」

「わーい。比奈ちゃんに褒められたー。くすみんも褒めてー」

「えっ……あ、えとっ……えっ、えらいえらーい……っ」

「ぐへへ……あたし、もう死んでもいいかもぉ……」

「じゃっ、瑞希は不参加ねっ」

「アアーン!? なんだてめーっ! 二人は渡さねえぞォォ!?」

「そういうことじゃないわよっ!」

「わーい。愛莉ちゃんもおいでー」

「…………う、うぉりゃああああっっ!!」

「わっ、ちょ、長瀬重ッッ!!」

「うっさいボケッ! アンタに用無いっつうの!」

「い、息ができなっ……ぐふう」



 いつも通りに戻った……のだろうか。

 なんだこの美少女おしくらまんじゅう。天国か。


 ともかく、目の前の問題はすべて解決したようで、めでたしめでたしと。相変わらず俺が蚊帳の外だが、取りあえずいいや。



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