83. 塊
「という感じで丸く収まった」
「お前は混ざらなかったのかよ」
「馬鹿言え。命がいくつあっても足りねえ」
家路に着こうとしたところ、峯岸に呼び止められ皆の一本あとのバスで駅前へ。
で、再びやって来たラーメン屋。美味いから良いんだけど、こう何度も生徒を飯に誘う教師って倫理的に大丈夫なのだろうか。
「まさか廣瀬から一芝居頼まれるとはねえ」
「ん。助かった」
「素直に言えば良いのによ。お前の金なんだからどう使ったっていいだろ」
「なら、それも俺も自由だろ」
「ほーん……まっ、別にいいけどな」
ご察しの通り、フットサル部に臨時予算もなにも出ていない。
あの8万円は、俺の原付を売り払ったことで出来た金だ。
買ってからそこまで時間が経っておらず型も新しいものであったことから、予想していたよりだいぶ高い値がついた。
本当は「これで少し足しになるだろ」と適当に渡すつもりだったのだが、金額も金額だったので軽々しく渡すのもどうかと思い留まり。
予算が出たと偽って峯岸から愛莉に渡して貰う。俺の考えた猿芝居に付き合って貰ったわけだ。
「全部渡さなくても良かっただろうに」
「あっても使い道ねえし」
「あっそ……しっかし、お前も変わったよなぁ」
「まぁ、な」
「そんだけフットサル部が大事な存在になった……ってことさね」
特に否定する気にもならなかったのでそのまま麺を啜るのだが、どうにも照れ隠しのような形になってしまい、峯岸はそんな俺を見て子供をあやすように優しく微笑む。
別にどうということもなかったのに、釣られて顔が赤くなる。まったく、らしくないことはするもんじゃない、本当に。
「分かっとる思うけど、このことは」
「言わねえよ誰にも。そこまで無粋じゃないさ」
「……ならええけど」
「後でバラして好感度アップ、とか考えてねえだろ。どうせ」
「んなことやってもしゃーないやろ」
「そうかー? 自分のためにそこまでやってくれる男とか、私なら惚れそうだわ」
「惚れてみろよ」
「ハッ。10年生まれるのが遅かったな!」
「あ〜〜助かった〜」
「お前な……っ」
こんなの同い年でもシンドイわ。
確かにそうだ。面倒な真似をした。例え困った顔をされても、強引に渡してしまえば済む話で。
「で、お前、どうなんだよ」
「なにが」
「あんなかの誰が好きなんだよ」
「…………さあ」
「んん〜〜? 年頃の男なら興味が無いとは言わせねえぞ?」
「いや、あの……ホンマに無いわ。そういうの」
「うっわ。つまんね」
「喧しいわっ……本当にねえんだよ。なんつうか、アイツらは」
「アイツらは?」
「普通にただのチームメイトっていうか、友達っていうか」
「はーん……恋愛対象ではないんだな」
「四人一纏めみたいな……塊?」
「人間扱いもしてねえのかよ」
それは言い過ぎだが。
ようやくフットサルを通さず彼女たちとコミュニケーションが取れるようになった段階なのだ。恋愛がどうとか、そういう発想には至らない。
今回は愛莉を助ける形となったが、別に彼女一人に固執しているというわけでもない。
チームの一員として俺が出来ることを考えたとき、こうするのが最善だったという、それだけ。
皆が俺のことを必要としてくれたように、いつも通りの彼女が俺にも、フットサル部にも必要だった。理由があるとするならばその程度。
「でも分かんねえぜ。合宿なんてイベントの宝庫みたいなものだろ」
「人の人生をゲームみたいにな」
「本当のことさね。ちょっとしたきっかけで、アイツらに対する意識がガラッと変わるかも分からんじゃねえか」
そんなもの、だろうか。
確かに、合宿となれば四六時中彼女たちと一緒に居るわけだ。些細な出来事で、異性として意識してしまうことも、無いことも……。
「……駄目だ。想像に及ばん」
「拗らせてるねえ」
「うるせえっ……」
「まっ、合宿に限らず長い時間過ごすんだからさ。ゆっくり考えてみろよ」
そもそも友人らしい友人もいない俺にとって、対話の相手など彼女たちしかおらず。ともなればこの夏休みのあいだ、ほぼ全ての時間アイツらと居ることになる。
別に、進展を望んでいるわけではない。
今だって自分が自分でいるために精一杯なのに。
これ以上なにを望めと。
「次のステップさね。お前が男になるための、な」
「はぁ……」
「男は段階を踏んで男になるが、女は生まれた瞬間から女なんだよ」
「いや知らんけど」
「お前がどう思ってるかはともかく、向こうは分からねえぞ?」
アイツらが、俺のことを異性として認識している……と。まったくイメージが湧かない。喧しい置物と同等だろ。
「うしっ。廣瀬の男としての成長を願って、チャーシュー丼でも奢りますか」
「えっ。もう食えんて」
「育ち盛りだろ、無理やりでも押し込めよ」
「少食なんで生憎」
ちぇっ、つまんね。と一言吐いて峯岸はスープを飲み干し席を立つ。こちらの器にはスープがだいぶ残っていたが、もういいや。
まぁまぁ油こってりで量も多いのだが、凄まじい。並の男よりよっぽど男らしいなコイツ。こういうところだろお前は。
店前の灰皿で一服する峯岸を眺めながら、あることを思い出す。
「時に峯岸」
「あいよ」
「合宿というからに顧問は来なくてもいいのか」
「いらんだろ。だって部費じゃないし。言っちまえばただの『旅行』だろ?」
「……確かにそうか」
「私が居ないと過ちを犯しそうで心配って?」
「ねーよ。絶対に」
「ケッ、つまんね。私が学生の頃なんてなぁ、もう凄かったぜ」
「やめろ。全部吐きそう」
「もう少し若けりゃ廣瀬とのラブラブランデブ-もアリだったな」
「そういうところに歳が出るからモテないんじゃ」
「は?」
「あ、いや、すんません」
* * * *
帰宅してスマホを開くと着信が入っていた。つい先ほどのことのようで、そのまま連絡を入れ直す。
「悪い見てなかった」
『いーよー。もう寝るところだから』
最近やたら機嫌の良い声の主、倉畑比奈が快活に笑う。こうして電話越しに話すのは用品の買い出しに誘われたあの日以来だ。
『瑞希ちゃんが予約とか色々してくれるって』
「あ、そう。大丈夫なのそれ」
『わたしも手伝ってるから、平気へーき』
「頼むわ。心臓が持たん」
『お任せくださーい。あっ、ねぇねぇ陽翔くん。部費のことだけど』
直感で、バレたな、と思った。
こういうところで彼女はやたら鋭い。悪意には鈍感だが、好意には敏感なのだ。それが彼女の良いところでもあり少し怖いところ。
『今日、原付で来なかったよね』
「んっ……まぁ、そういうことやから。愛莉には黙っててくれ」
『分かってる。でも本当にいいの?』
「別に構へんわそれくらい」
『ホント変わったよねえ陽翔くん。あとは髪型と服装かな?』
「やめろって……そしたら顔も弄らなあかんやろ」
『えーっ? そこはむしろ強みじゃないかな?』
「馬鹿言うなって。眼鏡ブン取るぞ」
『取ってどうするの?』
「可愛い顔とでも言ってやら」
『うわー。誑しだー』
「少しも動揺しねえでよく言うわ」
楽しそうに笑っているのが電話越しでも伝わってくる。
ほら見たことか。俺も俺で何の気なしにこんなことを言うが、まったく意に介していない。なにが異性として意識だ。こんなものだろう彼女たちの俺へ対する評価なんて。
『じゃあ、そんな陽翔くんに一つ、宿題です』
「はい?」
急になにを言い出すのか。
いきなり優等生感出してくるな。困惑するだろ。
『せっかくの合宿なんだから、ちゃんとお洒落してくること。いい?』
「……合宿関係無いやろ」
『関係大有りだよっ! 学校の外で会うんだから、ちゃんと気を遣わなきゃ』
「えぇ……めんど」
『あと髪の毛も切ってね。目が見えてないよ。世界がボヤけて見えちゃうよ』
「こんな腐った世界はボヤけて見えた方がちょうどええわ」
『中二病っぽく言ってもだめー』
何故知っている。
『こないだ遊びに行ったとき、鏡に映った自分見てため息ついてたでしょ』
「だからなんで知ってんだよ」
『自覚してるなら、ちゃんと変えていかなきゃダメ! いい? 分かった?』
「……ハァー。はいはい、分かりましたよ」
『じゃあ、色々決まったらまた連絡するから。おやすみなさいっ』
「ん。おやすみ」
通話を切り、スマホをベッドに放り投げる。
困ったものだ。俺はこのままでも良いと言うのに。というか、ようやく慣れて来た頃だというのに。もう変化を求められるのか。
(……それも必要なこと、なのか)
俺が求めるのなら。彼女たちにもまた、求められる関係か。それで何か変わるというのなら、まぁきっと、悪くは無い世界なのだろう。
「…………美容院とか知らねえんだよなぁ……」
開けっ放しの窓から飛び込む生ぬるい風が、再びスマホを手に取った俺の身体を僅かばかりに後押しする。そんな気が、しないでもない。
寝苦しい真夏の夜。延々と続く砂漠。
何かが一滴垂れ、芽生え始めた。
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