78. 炊飯器パラダイスの略だよ


 ゲームセンターを後にすると、空はすっかり暗くなっていた。


 夏至もとっくに通り過ぎ、陽は早くも身支度を始めたわけだが、纏わりつくような熱気は相変わらずで。分かりやすく8月が近付いている。


 駅までのそう長くもない歩道を進む。午後のあいだノンストップではしゃいでいたせいか、足取りは揃って重い。



「見てくださいこの表情。実に征服感をそそられます」

「そっかそっかー」


 有頂天の彼女を除いて。

 

 すっかり機嫌を直した琴音。分かり辛いながら晴れ晴れとした表情で先を歩く。口から出る言葉と頭のなかは、ドゲザねこのことでいっぱいのようだ。


 そんななかでも理想的な笑顔を絶やさない比奈を、俺は本気で尊敬している。



「…………どうだった?」

「あ」

「ほらっ、ハルトだけこうやって遊んだりしてなかったからさ」


 左隣の愛莉が、そんなことを言って唇を綻ばせる。たまにそれらしく笑うと、ただただ綺麗なもんで本当に困るんだこれが。



「……まぁ、楽しかった。かな」

「ボール蹴る以外に得意なこと見つかっただけで大収穫っしょ。ハルの場合」

「うっせえ」


 悪戯に微笑む、更に奥、左隣の瑞希。

 まぁ、お前はコートの外でもお前だよ。知ってたけど。



 意外なことに、俺にはクレーンゲームの才能もあるようで。あの後もいくつかのぬいぐるみをゲットし、二人の片手には大きな紙袋。これを取れ、あれを取れとグルグル回っていたら、全て手に入ってしまった。


 カラオケ然り、ゲーム然り、俺には全く縁の無かったものだけれど。自分から視野を狭めてきたものばかりで。気付かないうちに見逃していることが、まだまだ沢山ある気がする。


 それは自分のことや、こんなしょうもない才能だったり。

 或いは、彼女たちのことも。



「はぁ~、にしてもあっつー……いやー、夏だねぇ」

「練習、どうしよっか。毎日集まるのも大変だけどさ」

「一人でもおらんと捗らへんし、全員都合の付く日に適当でええやろ」

「それはそうだけどさぁ……一応、大会とか考えてるんだからねっ」


 先の二人と夏季休暇中の予定について話し合う。


 大会、ねぇ。確かにこうやって正式に活動が始まったわけだから、何かしらの目標は欲しいところ。しかし、そう簡単に見つかるものだろうか。



「色々調べたんだけどさ。高校世代のフットサルの大会、一応あるんよ」

「……お前が? それ信ぴょう性あんのか?」

「ちょっ、いくらあたしでもそれくらいは信用してくれないと困るんすけどッ!」


 パソコンとか使えなそう。

 料理作ったら爆発させそう。

 だって瑞希だし。



「それって、全国大会ってこと?」

「あん、そーそー。まぁ、ただな。やっぱこういうのって男子がメインストリームなわけよ」

「女子が出られる大会は無いってことか」

「そーゆーこっちゃ」

「となると……暫くはアマチュアの大会に混じる感じかしらね」


 まずは、出場できる大会を探すところから始めないといけないわけだ。確か、個サルや練習で使ったあのコートに大会のチラシが貼ってあったような。そういうところで地道に調べていくしかないだろう。



「まっ、当分は華の高校生らしく遊びと怠惰にといたしますか」

「…………耽る?」

「おー、それそれ」

「んなんだから補習になんだよ」

「まだ確定じゃないしーっ!」

「……でも、瑞希の言う通りかもね。時間はいっぱいあるしっ」



 …………時間、か。


 不思議なものだ。夏休みの予定が、コイツらとの時間以外、まったく埋まっていないなんて。


 一年前まで、俺にとって夏休みなんてものは、文字だけの存在でしかなかった。朝から練習に出て、遅くまでグラウンドに残って。帰って寝て。ある日は試合。ある日は遠征。海外に行くことも少なくなかった。


 予定なんてものは誰かが勝手に決めるもので、それに従う以外、選択肢など無く。縛りに縛られた生活が、俺の日常だったのに。



(……ハーフタイムか、それとも試合終了か、どっちなんかね)



 彼女たちと過ごす日々が終わりを告げたとき、俺は後半を迎えるのか。それとも、とっくにホイッスルは鳴っていて、帰路に着いている途中なのか。


 ただ言えることは、この時間が決して無駄なものではないということ。後半が始まるなら、身体を休めればいい。もう終わっているなら、次に始まる何かの準備をすればいい話で。



 ボールを蹴っていないなら、意味は無い。

 なんて、もう考えたりしない。


 少なからず、俺はこの時間、空間に何かしらの意味を見出したのだ。それなら別に構わんだろう。もはやキャパシティーなどとっくに超えている。なるように、なるしかない。



「あ、月曜練習どうすんの? しゅーぎょー式だけど」

「次に集まれる日も分からないし、集まりましょっか。あ、そうだハルト。アンタだけフットサル部のグループチャット入ってないから後で招待しとくわね」

「えぇ……」


 存在すら知らなかった俺であった。

 こんなところで無駄にダメージ喰らわせるな。



 駅へ到着し、名残惜しさもなくさっさと解散。各々の方角へとホームに向かう。比奈と琴音を除く三人は学校側。二人は歩いて帰って行った。


 愛莉の最寄りは何度か原付で送っているからなんとなく知っているが、瑞希は更に南下して海にほど近いところに住んでいるらしい。ビーチサッカーし放題だ。羨ましい。


 小学校からの付き合いという二人はこの駅から徒歩圏内に住んでいるようで。毎日毎日部活のために遅くまで残って長い帰り道を電車に揺られていることを考えると「よくやるな」と思う反面、妙な嬉しさを覚えるのは、さてどうしてなのか。



 自宅へ戻り、SNSのアプリを開く。

 言われた通りグループに招待されていたので、参加のタブを押す。



「反応はやっ」


 チャットに入った途端、瑞希からスタンプの爆撃。

 通知が止まらない。うるせえうるせえうるせえ。


 特に挨拶も無くスマホをベッドに放り投げ、そのまま横になった。


 明日は何もないわけだし、シャワーは朝でもいいだろう。試験も終わり自由の身となったのだから、それくらい許されて然るべきだ。



「…………夏休みねぇ」



 相変わらず、誰かの影響で身体を動かすことに違いは無いのだが。けれど、それが彼女たちのせいであるというなら、悪い気もしない。


 もう十分なほど、俺の知らなかったものをいくつも教えてくれたけれど。まだまだ沢山のモノを。知らない景色を見せてくれる。


 予感なんてものではない。

 それは間違いなく、確信に近い何かであった。


 どうしよう。顔が。顔がにやける。

 ヤバいなぁ。俺、浮かれてるなぁ。



「……あん」


 スマホの画面が喧しく点灯している。

 なにこれ……通話? 良く分からんけど、とりあえず出るか。



「ういっ」

『あ、出た出たっ!』

『おーっ。ハルトが反応するとは』

「え、なにこれ」

『グループのみんなで通話できるんだよ、知らない?』

「俺が知ってるわけねえだろ」

『それもそうですね。グループチャットをする相手なんて、貴方にはいないでしょうから』

「お前にだけは言われたくねえ」


 声だけではいまいち判別できないが、内容でだいたい分かる。あれだけ一緒に居たのに、まだ話し足りないのか。飽きねえなぁ。



『さっきの続きだけど、めちゃ安いスイパラがあんのよ』

『安いって言っても結構するんでしょ?』

『平日昼間1,000円。しかもドリンク付きだぜ』

『やっす!! なにそれどこにあるのっ!?』

『もしかして〇〇の駅前にあるあれのこと?』

『比奈ちゃん行ったことあんのっ!?』

『前に琴音ちゃんと行ったんだあ。ねっ?』

『えぇ。まぁ、味は値段相応ですが』

『意外と二人とも甘いものフリークだよなー』

『ちょっとハルト、なんか喋んなさいよっ』

「いや、まずスイパラてなんやねん」

『エッ、マジで言ってんの!? あ、いや、まーそっか。ハルは知らないよなー』

『陽翔くんはねー。なんだと思う?』

「パラ、パラはアレだろ。パラダイスだろ」

『当たったら連れてってあげるわよ』

「なんで上から目線なんだよ」

『ほらほら、じゅーう、きゅー、はーち』

『何故カウントダウンを』

「あー…………すい、スイ…………水素水?」

『え、なにそれ。ボケてるの? つまんな』

「ちゃうわっ! 真面目やッ!」

『関西人の癖につまんねーなーハル』

「じゃかあしいッ!!」

『正解はねー、炊飯器パラダイスの略だよー』

「…………え、いや、絶対に嘘だろ」

『『『『…………』』』』

「…………え、ホンマに?」

『んなわけないじゃん、ハル馬鹿なの?』

「うっざお前ら」



 日付が変わってもスマホを手放さない自分に気付いたのは、だいぶ後の話である。


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