77. 未だかつてない連帯感


 露骨にドン引き状態の愛莉から放たれる蔑むような視線などいざ知らず。丸ごと浄化された俺たちは、比奈がまぁまぁの得点を叩き出したことで機械から発行されたクレーンゲームの回数券メダルを片手に、下の階のゲームコーナーへと向かう。


 普通、こういうところは小学生ないし中高生で溢れているのだろうが。やはり人がいない。経営面の余計な心配が脳裏を駆け巡る。



「これやろこれっ! ぐで〇ま! 可愛いよなっ!」

「なに急に女子高生感出しとんねん」


 さっきまでパンツパンツ煩かった奴と同一人物である。多重人格かよ。


 ご察しの通り、ゲーセンというものにも全くと言っていいほど縁がない。世界観が漫画とかアニメのそれ。やはりそちらも詳しくない。

 


「だーっ! アームが弱ぇッ!」


 いつの間にか始めて、気づいたら失敗していた瑞希であった。一度はキャッチしたぬいぐるみが、アームが動くと同時にスルリと抜け落ちていく。似たような状況が何度か繰り返され、メダルはどんどん減っていった。


 実際に見るのは初めてだが、からくりは分らんでもない。コツを掴まないと、こうやって一方的に搾取され続けるわけだ。ギャンブルもこういう感覚なんだろうな。対価が圧倒的にショボいけど。



「ちょっと、アンタだけやってないでみんなにもやらせなさいよ」

「えぇ~ッ! あと一回、あと一回だけっ!」

「比奈ちゃんが取ったメダルなんだからっ、本人にやらせるのが筋でしょっ!」


 そう、あと二回分くらいしかない。ラストの方とか掠りもしてねえ……普通に買った方が絶対に安いんだろうな。



「わたしは別にいいよ? あんまり得意じゃないし」

「でも比奈ちゃん、欲しいのとかないの?」

「ほら、こういうのはちゃんとお金を出して正規の値段で買うのが一番だし、何より本当に欲しいグッズはこういうところじゃ手に入らな……」


 と、そこまで言い掛けて口を閉じる比奈。その表情にはどこか「しまった!」とでも言いたそうな、焦りの色が見て取れた。



「比奈ちゃん?」

「あっ……ううんっ!? なんでもないっ! なんでもっ……気にしないでっ!」

「お、おぉ……」


 慌てた様子で、両手を突き出しプルプルと小刻みに震えさせる。別におかしなことは言っていない。なんならその対応が死ぬほど不自然。


 琴音のストーキングを黙っていたり、先ほどのパンツのくだりもそうだが。プライベートな部分を明け透けにしない性格のようだから、追及するのも可哀そうか。



「瑞希、やりたいなら自分で取って来いよ。お前なら楽勝やろ」

「あっ、そっか。そーだな。じゃ、行ってくるわ」


 もっと早く気付くべきだったのでは。とは続けないでおく。駆け足で上の階に戻る瑞希をしり目に、台上のメダルを手に取って、比奈に手渡した。



「まっ、お前のモンなんだから、好きに使えよ」

「うん、ありがとう。でも見た感じだと、わたしの欲しいのは無いかなぁって」

「欲しいのって?」

「秘密でーす」


 ニコリと微笑み、軽く交わされる。

 クソ、もう平常運転か。

 コート内外問わず切り替えが早い。



「愛莉ちゃんは?」

「うーん……ぬいぐるみとか、あんまり興味無いのよね」

「せやな。愛莉やし」

「たまに口利くと思ったらコイツ……」


 普段持ち歩いている鞄も、制服に似合わないエナメルバッグだし。ストラップの一つも付いていない。無愛想というか、無骨というか。



「なら、あれとかどう? お菓子がいっぱい落ちてくるやつ」


 比奈が指差したのは、掌サイズのお菓子を掴むタイプのクレーンゲーム。食べ物もアリなんだな。賞味期限とか大丈夫なんだろうか。



「お菓子っ、お菓子か……あれだけあれば食費も」

「着眼点おかしいやろ」


 娯楽を娯楽と捉えられない貧民ならではの発想であった。


 コートレンタルの件に限った話ではないが、愛莉は基本的に金欠である。なんならさっきも一人だけクレープ買ってないんだよな。泣ける。



「じゃ、それやるか。ゆうてあとちょっとしか残ってな――」

「待ってください」


 つま先をそちらに向けた瞬間、制止の声が入る。


 何事かと琴音の方へ振り返ると、彼女はとある台の前で立ち止まっていた……いつぞやの景色と同じように、顔をベッタリとガラスにくっ付け中身を凝視している。だから、美人が台無しなんだよそれ。やめろって。



「まさかっ、こんなところに……っ」

「え、なに」

「あ~……琴音ちゃん、これ好きだよねえ」


 事情の分からぬ俺と愛莉は、二人が見つめている台の中身をマジマジと観察する。見覚えのないキャラクターだ。名前は……。



「「…………ドゲザねこ?」」


 猫が、土下座をしている。まぁまぁ可愛らしい、デフォルメされた様々な種類の猫が、すげえちゃんと頭下げてる。


 なにこれ。


 なにこれ。



「……え、琴音ちゃん、これが好きなの……っ?」

「はいっ……この子たち以上に、これほど可愛らしく、愛おしい存在を私は知りません……!」

「えっ、あ、うん」


 やべえ。愛莉が押されてる。

 というかそのテンションの上がり方なに。怖い。



「これって人気あるのか……っ?」

「SNSとかで流行ってるみたい……琴音ちゃん以外に好きな人、見たことないけど」


 一番の理解者であるはずの比奈ですらこの反応である。

 いや、猫が。猫が土下座て。

 悪趣味としか言いようがねえ。



「……なにがそんなに良いんだ、これ」

「なにが……見てお分かりになりませんか? これほどまでに愛らしい猫が、土下座をしているんですよ。己の可愛さに頼ることなく、誠心誠意、頭を下げているんです。素晴らしいじゃないですか」

「何故そうなる」


 発想が怖い。


「こんなに可愛い猫でさえ、頭を下げなければ生きていけないのですっ……生まれ持った才覚だけに頼らず、常に努力を怠ってはいけないという強い意志。現代社会を生き抜くために必要なすべてを、この子たちは教えてくれるのですよ」


「「「……はぁ」」」


「元々はキーホルダーなのですが、あまりの人気ぶりに最近、ぬいぐるみバージョンが発売されるようになりまして」


「「「ふーん」」」


「クレーン版はそうそうお目に掛かれないんです。まさかここのゲームセンターに置いてあるとはっ……あ、見てくださいっ。SNS用のスタンプもあるんですよ」


「「「へー……」」」


 未だかつてない連帯感。


 信じられないくらい饒舌にドゲザねこを語り続ける彼女は、メダルを受け取ることなく硬貨を投入し、レバーを動かし始める。


 とはいえこういう類はやはり苦手なのか、なかなか上手く行かない。メダルも残り一回分。はてさて。



「…………誰か得意な方はいらっしゃいませんか」

「いや、私はちょっと」

「わたしもそんなに得意ではないかなぁ……陽翔くんやってみない?」


 唐突なご指名が入る。いや待てと。俺が一番経験無いのは知っているだろうに。果たしてその笑みが純粋さのみで生み出されたものか、実に怪しい。比奈はともかく、琴音さえ真剣な表情でこちらを見つめる。



「……責任は取らんぞ」

「さっすが陽翔くん♪」

「てめぇ……」


 やはり悪意であった。いつか復讐してやる。


 メダルを投入し、レバーを握る。

 一度放したらもう動かせないのか……不親切な設定だ。


 手前にある、恐らく三毛猫。無論、しっかりと頭を下げている。猫のキャラクターの癖に表情が見えないとか、コンテンツとしてだいぶ怪しい。


 ターゲットはコイツだ。

 こうなりゃ意地でも顔を拝んでやる。



「……よしっ」

「あら、行けるんじゃない?」

「タグに引っ掛かりそうだね」

「そっ、そのまま……!」


 それぞれの思いを乗せ、アームはゆっくりと降下していく。

 そして比奈の言葉通り、片腕がタグの輪のなかへ。



「…………あ、いった」

「おぉーっ! センスあるじゃんハルトっ!」

「陽翔くんうまーい!」


 見事ゴールイン。まぁまぁのサイズのぬいぐるみがドコンと取り出し口に落ちてくる。真横からすんごいキラキラした何かが飛んで来るが、一旦スルーとして。



「…………うわぁ。ちゃんと怯えとるやんコイツ……」


 真下を向いていて見えなかった三毛猫の表情は、今にも殺されそうな勢いで真っ青というか、憔悴し切っていた。デフォルメでよくここまで表現するよな……製作者どういう気持ちで作ってるんだよ。



「……あ、あのっ……」

「ん、あぁ、はいはい。このキャラで良かったか?」

「はっ、はい。あっ……ありがとうございます……っ」


 受け取るや否や、ドゲザねこは琴音の豊満な胸にスッポリと埋まる。少しだけ、三毛猫の表情が晴れたような、そんな気がした。気のせいだけど。



「……どうしよう、ハルト」

「あん」

「琴音ちゃん超可愛いんだけど」

「知っとるわんなこと」

「普段からこんな感じなら、もっと人気者なのにねえ」

「ひっでえお前」

「たっだいまー! めっちゃメダルゲットし…………どういう状況?」



 俺が知りたい。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る