67. それがどれだけ美しく、大切なものか


 試合から、一週間が経った。

 事の流れについて、簡単に纏めておこう。



 まず先決問題であった、新館裏のテニスコート。試合の舞台となったあの場所について。


 俺と長瀬、サッカー部による話し合いの結果。週三日。月曜、水曜、金曜日の放課後に、フットサル部が使用することでお互いに合意。


 土日もサッカー部は練習試合で居ないので、こちらが自由に使って良いこととなった。暗に「場所を使うなら休みもしっかり練習しろ」ということだろうが。



 思いのほか、彼らとの話し合いは穏やかなもので。多分というか、間違いなく瑞希を連れて来なかったのが主な原因だろうが。 


 彼らは開口一番、俺たちに対する今までの態度を謝罪してきた。もちろん、こっちもこっちで謝ることは沢山あるので、これで手打ちということで、一件落着。



 最初から最後までまったく話に絡まなかった彼らの顧問だけ不満そうな顔をしていたが。別に構わない。俺の名前を聞いた菊池諸共、非常に面白い顔をしていた。許す。


 少なくとも、俺個人としては悪くない関係を築けそうだなとか、ちょっと思っていた。ちょっとな、ちょっと。



 次に顧問について。


 試合後、俺たちの元にやって来た峯岸が開口一番「顧問やろうか?」ということで即決。ちゃんと試合、観ていたらしい。言えよクソが。


 いきなりどうしたのかと問い質すと「お前がいるし」と軽く返され、未だに意味不明である。


 何があったのかと主に長瀬から冷たい視線と態度を浴びることになったのだが、それはまた別の話。



 また、フットサル部の創設に難色を示していた教師陣らへの説得も、峯岸がやってくれた。更に加えると、この試合を結構な人数の生徒が観ていたらしく。


 フットサル部が未だに部活動として体を成していないことが知れ渡ったようで「サッカー部より強いのに、部活じゃないなんておかしい」と助け船を出してくれたのだ。


 この試合を機に、長瀬ら女性陣は一躍校内の有名人である。まぁ元々だけど。


 ただ、数日もするとそんな騒ぎもひと段落して。

 今までと変わらない、いつも通りの生活。

 俺を除いて。


 ビックリするくらい誰からも反応がなかった。別にいいけど。辛い。



 その後、生徒会などに書類を提出したり、予算に関しての話し合いをしたり。様々な準備を得て、ついに昨日。山嵜高校フットサル部は、正式に活動を開始したのであった。



 あと、まぁこれはどうでもいいんだけど、有希からもお祝いのメッセージが届いた。なんでも峯岸と同じ場所で観戦していたらしい。


 「絶対にフットサル部入るから、待っていて下さいっ!」とのことである。こんな時期から新入部員を集めても仕方ないのだが、まぁ彼女は止まらないだろう。



 で。今日。


 もう全然気付かなかったというか気にも留めていなかったのだが。再来週、定期試験なのだ。もう辛い。泣きたい。


 フットサル部のあれこれに追われていて、まるで勉強する暇が無かったのである。いや、俺、割と地頭は良いから、そんなに心配はしていないんだけど。


 それでも、心の準備と言うか。

 ようやく問題が片付いたと思ったらこれかと。



「はい、固定完了。しかし凄いね、あんなに酷い怪我だったのに、もうほとんど治ってるじゃないか」

「先生の治療のおかげっすよ」

「はっはっは。上手いねえ」



 定期試験間近ということで、暫く部活動は活動そのものが禁止となる。正式な部として認められた俺たちも、それは例外ではない。


 もっとも、試合で負った怪我が思いのほか重かったことで、ここ数日は病院通い。まだ歩くのに若干のぎこちなさはあるが、無理をしなければ痛みも無い状態にまで回復した。


 切れても居なければ、損傷も大したことは無かったらしい。心配して損した、と長瀬は言っていたが、露骨に肩を下ろしたお前の姿を俺は忘れぬ。



「……まーじあっちー……」



 病院の自動ドアを潜ると、わざとらしいほどの直射日光が身体を迎える。梅雨なんぞとっくのとうに過ぎ去り、カンカン照りの太陽は真夏の到来を予感させた。


 今から学校に戻るのも面倒この上ない。が、来ないなら来ないで文句を言われるのは目に見えている。



(……行くか)


 そこには、小綺麗なロッカーも、整備された天然芝も。或いは期待やプレッシャーなんてものも、一欠けらも無いけれど。



 あの頃には無かった。

 俺が持っていなかったものが、確かにある。

 それがどれだけ美しく、大切なものか。


 今なら自信を持って言えるだろう。

 向かうのではない。俺は、ホームに帰る。


 

 ようやく修理の終わった原付を走らせ、俺は学校へと続く坂道を駆け上がる。


 聞こえてきたのは、あの日と同じ。

 共に歩むことを誓う、俺と、俺たちの歌だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る