66. 暖かい光に祝福されながら
「…………うぅ、頭がクラクラするっ……あ、あれ? ボールはっ?」
その在り処を見失ってしまった彼女は、ポケッとした顔で辺りをキョロキョロと見渡す。周囲の大歓声には、気付いていないようだった。
「比奈ちゃんっっ!! カンペキっ!!ナイスシュートっっ!!」
「ふぇっ? あ、うん。あれっ?」
「見てみてっ! ほら、入ってるっしょ! 比奈ちゃんが決めたんだよっっ!!」
「えっ……あっ、わあっ! ほんとだっ!」
瑞希の指さす方角をボーっと眺め、ようやく事の重大さに気付いたようだ。
いや、凄いわお前。
持っている。他にそれらしい言葉が見当たらない。
ほとんどヘディングと言うか、来たボールに対し頭から突っ込んだだけだったんだけど。それが綺麗にゴールまで吸い込まれるとは。ここまで上手く行くなんて、俺が一番驚いている。
……そういえば、いつぞやの練習のときも決めてたな。謎ゴール。確か長瀬のパスをカットしたら、そのまま反対の方に決まったんだっけ。
運が良いとしか言いようがないわけだが。神様からのご褒美とか、そんなところだろ。お前の努力が生んだ、最高のゴールだってことには間違いないのだから。
「比奈っっ!!」
「ううぉっと」
この時間帯に来て全速力で走れる馬鹿がいるか。
いや、楠美のことなんだけど。
突っ立っていた俺をブッ飛ばし、彼女の元へと駆け寄る。
なんだその笑顔は。初めて見たぞ。
「凄いですっ! 凄いですっ! 流石は私の比奈ですっ!!」
「えっ、あ、うんっ……あ、ありがとー……っ」
露骨に戸惑ってやるなよ。可哀そうだろ。それに……なにも倉畑だけのゴールってわけじゃねえんだぞ。
「楠美、ナイスアシスト」
「…………はい?」
「点を決めた人に、最後にパスを出した人には、アシストっていうのが付くのよ」
「……アシスト、ですか」
「そっ。つまり、このゴールはお前と倉畑の、二人で取ったゴールってわけや」
「……………………な、なるほどっ……」
長瀬とのコンビで褒め称えてやると、何とも言えない表情で深々と頷く楠美……あ、いや、違う。すげえニヤニヤし出したコイツ。そんなに「二人の」ってフレーズが気に入ったか。別に構いやしないけど。本当のことだし。
「ねーっ、審判っ!」
瑞希の跳ねるような声で、審判役のサッカー部員が、ビクついた。
「時間、もう残ってないでしょ?」
「あっ……いや、その…………はい……」
「なるほど~っ♪ と、いうわけでー……?」
彼女は腕を思いっきり振り下げて。
それはもう、満面の笑みで。
拳を、天へ突き出したのだった。
「……勝ぁっったああああぁぁぁぁっっっっ!!!!」
その言葉を合図に、爆音の大歓声がコートを支配する。慌てて審判がホイッスルを鳴らし、ついに。試合は終了したのだった。
…………あぁ、そうか。
勝ったのか。俺ら。
最後の方、あんまりにもプレー自体が楽しすぎて、勝敗とか忘れてたわ。
四人は抱き合って、勝利の喜びを噛み締めている。そんな姿を遠目で眺めていると、身体の力が突然、フッと抜けてしまい。ビチャビチャの芝生など気にも留めず、俺はコートに転がり込んだ。
「…………終わった、か」
なんだろう、この感覚は。
味わったことが無い。
今までとは全く違う。
だって、結果が欲しくて闘ってきて。試合終了を告げるホイッスルなど、サポーターからの声援よりずっと欲しかったものなのに。
どうして、こんなに。
寂しく感じるのだろう。
「……くははっ」
自分の想像していることがあまりに信じられなくて、つい笑ってしまう。
冗談だろ。あまりに楽しすぎて――――終わったのが寂しいとか、思ってしまったんだから。
「…………立てるか」
不意に聞こえてきたその声の主は、サッカー部のキャプテン。林だった。差し出された右手は、汗でぐっしょりとしていることが、見ただけでも分かった。
「……お前もシンドイだろ。座れよ」
「……お言葉に甘えて」
彼も同じように、コートにばたりと倒れ込む。
雲の影から、日差しが見え隠れする。闘いを終えた戦士を癒しているつもりだろうか。ならもっと早く顔を出せ。馬鹿が。
「……悪かった」
「あっ? なにが?」
「お前らのこと、見くびり過ぎた。いや、ここまでとは思ってなかったけどよ」
「……俺らも同じや。悪かった。色々言って」
「気にしねーよ。負けたのは、本当のことだからな」
遠く空を見つめる林の表情は、どこか清々しさすら感じた。あーあー。キショイキショイ。こーいうの似合わねえんだよ、俺。
「……流石、あの廣瀬陽翔だな」
「え、なにが」
「最後の最後まで、左足ロクに使わなかっただろ。俺も、分かってたんだけどな。お前の利き足が左だって……やられたわ」
素直に褒められると妙に照れ臭いが。
それは少し違う。
正確には、使う「勇気」が無かったのだ。
思い通りに動いてくれないのは分かり切った話で。
で、前半終わった頃だったか。そのことに気付いて。なら、最後まで隠しておこうとしては、いた。つもりではあった。
もっと早く使おうと思えば出来たことなのだ。ただどうしても、しょうもないプライドが邪魔していた。
「アイツらが、使わせてくれたんだよ。この、ショボい左足をな」
「……そうかよ」
「お前、なんでボランチなんかやってん」
「なんでって……そこが一番活きるだろ?」
「いや。お前はトップ下か二列目のシャドーの方が活きる。太鼓判押したるわ」
「……あの廣瀬陽翔に褒められる日が来るとはな」
「気まぐれや、気まぐれ」
「有難く頂戴するよ」
お互い立ち上がると、一つ呼吸を挟み、手を交わす。現役の頃も、試合終わって握手とかちゃんとやらなかったからな。どんだけ変わっちまったんだよ。俺は。悪い気しねえけど。
「……いい試合だった。掛け値無しに」
「リベンジマッチはいつでも受け付けるで」
「はっ……次は勝つさ」
手を放し背を向けると、そこにはもう一人。
「…………その、あれだ。悪かった」
「え、なにが」
「いや、だからっ…………怪我させたこと、とか」
「怪我? あぁ、これか。別に、よくあることや。お前が言うたやろ」
相も変わらず気まずそうな表情に変化は無かったが、おずおずと右手を差し出す甘栗。
お前に思うことが無いと言えば、それは嘘だが。
んなもん、向こうも同じだ。おあいこ、おあいこ。
「……必ずリベンジさせろ。絶対だ」
「シュート精度が改善された頃にな」
「……つうかよ。お前、マジで何者なわけ? なんでこんなところでやってんだ?」
え、なんだ。まだ気付いてなかったのか。
どうしよう。別に教えてあげてもいいけど。
「あとでキャプテンに聞いてみろよ。ビックリして死なんようにな」
「けっ。大したビッグネームでもなかったらブッ倒すからな」
「おう。期待しとけ」
「……サッカー部、入らねえのかよ」
つい、言葉を止めた。
悪くない申し出だ。今日、ここで俺が証明したプレーは、間違いなくサッカーというステージでも通用する。そりゃ広いフルコートでの試合となったらどうなるかは分からないけれども。
ただ、思い出した。
芝生を駆け回る楽しさ。
ボールを蹴る喜び。
ゴールへの渇望。勝利の味。
このサッカー部となら、それなりのところまで行ける。
行けるんだろう、けど。
「俺、女に囲まれてる方が楽しいんだわ」
「……やっぱ死ね」
「くははっ。嘘ウソ。悪いけど、色々あんだわ。だから、お前らだけで頑張れ」
「…………ふんっ」
強引に手を放し、撤収を始めたサッカー部に混ざる甘栗こと菊池。俺の力を貸すまでもないだろ。お前と林なら、全国ぐらい導けるさ。多分な、多分。
「ハルトっ!」
俺の名を呼ぶ彼女は、満面の笑みでこちらに駆け寄ってくる。他も似たようなものだ。倉畑にベタベタする奴が一人いるが。
「……んだよ」
「あ、いや、えと……そのねっ?」
次の瞬間、彼女はヒョイと俺の右手を細い指を絡め、掴み取った。え、なになに。俺からは良いけど、そっちから来られると緊張するんですが。
「……ありがとう。ハルトのおかげだよ。このチームで、この5人で戦えて、本当に良かった」
「……そんなことかよ。別に、なんもしとらんわ」
「そーそー。めっちゃピンチ作ったもんな!」
「あぁっ? うっせえなこの野郎。顔洗えよ濃いメイク落ちてんぞ」
「ううぇっ!? ちょっ、鏡っ……って、そんな濃くないわッッ!! ナチュラルメイクだっつうのッッ!!」
乾いた笑いが飛び交うコートに、背丈も、体格も。
なにもかも違う、五つの影。
けれど、同じ表情で。
俺たちは、確かに一つとなった。
或いは、ずっと昔からそうだったのかもしれない。
いま、この瞬間。
太陽の暖かい光に祝福されながら。
山嵜高校フットサル部は、確かにその産声を上げたのであった。
【試合終了】
長瀬愛莉×2 林×2
金澤瑞希 菊池
倉畑比奈
廣瀬陽翔
【フットサル部5-3サッカー部】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます