65. そういうことを言いたいんじゃなくて
「やっ…………や、やったああああああああああああああっっっっ!!!!」
「愛莉ちゃああぁぁぁぁんっっ!!」
倒れ込んだ長瀬に駆け寄る瑞希と、倉畑に負けないほどの歓声がコートに轟いた。
サッカー部のゴレイロは、膝を付いたまま一歩も動けず。あの林すら、その場から微動だにせず呆然としていた。
いや、分かる。
俺だってあんなの決めたことねえよ。
ホントに女かアイツ。
「なんだよおらぁ! とんでもねーの決めやがって、このっ、この!」
「凄いよ愛莉ちゃんッ! 何が何だか全然分かんないけどっ、とにかくすごいよっ!」
「……どんなもんよっっ!! トラップからシュートまで、もう完璧ったらカンペキっ!! 私の人生ベスト3に入るわよこれっ!」
立ち上がるや否や、感情をそのまま身体に持っていくというか。足を揃えその場でピョンピョンと飛び跳ねる。三人は塊になって抱き合い、喜びを分かち合った。
「彼女は本当に、私と同じ性別なのでしょうか」
「言ってやるな」
唯一呆れ顔だった楠美だが、その表情は安心感に満ちていた。お前のセーブから始まった、スーパーゴールだ。大したもんだよ。
「……俺らも行くか」
「……はいっ」
歓喜の渦に混ざろうと、二人して駆け寄る。
もう、痛みは感じなかった。
麻痺しているだけだろうが。
「ハルトッ! わたし決めたっ! ちゃんと決めたよ! アンタのパスから、わたしが決めたのっ!」
「おうっ……良かったな」
「え、それだけ!? もっと褒めなさいよっ!」
「褒めるつったって……あ、じゃあ」
口を尖らせ不満そうに漏らすので、両腕を広げ。
「ふぁっ!?」
「最高。お前、最高だわ」
力強く抱き締める。
抱き締めたんだけど。
「なっっ……なにしゅんのよッッッッ!?」
「えっ……いや、褒めろって言ったから」
「なにもだっ、だ、だだっ、だ、だだだ抱き締めなくても、いっ、いいいいいでしょぉぉ!?」
身体をガタガタと震わせる長瀬。見えないけど、多分顔は真っ赤になっているのだろう。なんだ。不満なのか。サッカーとかだとよくある、ゴール後のセレブレーションじゃないか。
「ハルー。いちおーみんな見てるしー」
「……えっ」
「やっぱり男の子と女の子だしね?」
「訴えられたら貴方、負けますよ。この状況」
「……あぁ、そっか」
こういうの、異性ではやらん方がいいのか。
まぁパっと見セクハラだし。そりゃそうか。
「悪い悪い。汗臭いしな。そういうの嫌だろ」
「あっ…………いや、そ、そういうことを言いたいんじゃなくてっ……!」
他にも申し上げたいことでもありそうだったが真意は伝わらない。涙目の彼女は、倉畑に「よしよし」と背中を支えられ、こちらをジッと見つめるのであった。
まぁとにかく、これで俺たちの勝利は決まった。
かのように、思えたのだが。
「まだだっ! 終わってねえッ!! あと何秒だ!?」
「あ、はいっ! あと15秒くらいで止まってます!」
鬼の形相で、林が声を荒げた。
そうか。終わっていないのだ。
フットサルはインプレー中。ボールがコート内で動いていない限り、時計が止まるというルールになっている。というか今までちゃんとそのルール、厳守してたんだな。やたら長い試合だと思ったわ。
「追いつくぞッッ!! 延長っ、延長戦だッッ!! 絶対に勝ち越すぞッッ!!」
完全に戦意を喪失したと思っていたが、そうでもなさそうだ。再びコートのサッカー部員たちは、声を上げ話し合いを始めた。この調子だと……今の浮かれ気分では押し切られる可能性も、無くもないか。
「……まっ、もうちょいやりますか」
「15秒でしょ? 楽勝ラクショー」
「馬鹿が。そういう気の緩みが失点に繋がんだよ」
「ぶー。分かってるって! じゃあ、どうする?」
15秒。15秒か。
長くはないが、決して短くもない。微妙な時間だ。
林がロングボールを強引に蹴り込んでくるのは間違いない。問題は、それに対処できるか。フットサル部の平均身長は決して高くないし、ハイボールでの勝負はあまりに分が悪い。
「お前も上がれっ! 俺が一番後ろだッ!」
「わ、分かった!」
ゴレイロもグローブを放り投げ、前に上がってくる。なるほど。所謂パワープレーって奴ね。まさか初めての試合でお目に掛かるとは。
「……倉畑」
「うん? なにっ?」
「守備はええ。向こうのゴール前で待ってろ」
「えっ……でもっ」
「いいから。作戦だよ」
「……でも、みんなに申し訳ないっていうか」
もっともな言い分である。パワープレーで来る相手に、守備を一人減らす。つまり5人に対し3人で守らなければならないということだ。
これだけ聞くと、あまりにリスキーな対応と思えなくもないが。
「楠美っ」
「……はい、なんでしょう」
「もしボール取ったら、全力で前に投げろ。なるべく高く上げろよ」
「は、はぁ……分かりました」
「なになにっ? どういうこと?」
不思議そうに顔をひょっこりと出す瑞希。
いや、違うな。
だって、その表情。
もう完全に分かり切っている顔だろ。
「……このまま試合が終われば最高や。けどっ」
「それ以上を求めるってわけね」
長瀬も。分かってんじゃねえか。
まぁ綺麗に俺、瑞希、そして長瀬が2点と揃って決めてきたわけだが。まだ、ゴールの喜びを味わっていない奴が、フィールドプレーヤーにいるだろ。機会があるかは分からないけどな。
「試合、再開します!」
審判の掛け声に誘われ、俺たちは幾らかの言葉を交わし、自陣に戻る。
立ち位置は、俺が中央。そのすぐ脇に倉畑。
後方を残る二人と、楠美が固める。
ホイッスルと同時に、甘栗が最後方の林がバックパス。その勢いのまま、残る四人が一気に前線へ駆け上がる!
「来るぞッッ!!」
林は、ループ気味のふんわりとしたボールを前線に送り込んできた。競り合うのは甘栗と、長瀬。
「おりゃあっ!!」
長瀬の空中戦の強さは心底頼りになる。甘栗とさほど背丈が変わらないことでも大きなアドバンテージだが、何よりその、フィジカルの強さ。男子相手でも簡単にはグラつかない鍛えられた体幹こそ、彼女の最大の強みである。
セカンドボールこそ回収されるが、俺と瑞希の素早い寄せに遭い、パスコースを見失う。いくらかパスを交換し、名も知らぬサッカー部がシュートを放つが。
「あっぶなアァァッッ!!」
瑞希が完璧にブロック。
しかし、まだ終わらない。
再びシュートを放とうと、今度は甘栗が反応。
またも俺と交錯。
ボールは両足にぶつかった勢いで、頭の辺りまでふわりと浮いてしまう。
(これをっ、待っとったんやッッ!!)
そのままヘディング。
押し出したその先には。
「楠美、キャッチだっっ!!」
突然のご指名に驚いた様子だったが、慌てながらもしっかりボールを掴み取る。
普通のボールをキャッチする練習もしておいて、本当に良かった。だから、最後にもうひと働き頼むわ。
「ブッ飛ばせッッッッ!!!!」
意を決した彼女は、少し助走を取り、両手でボールを大きく振りかぶる。分かりやすい、スポーツ初心者の下手投げ。
それでも、十分だった。掬い上げるように放たれたボールは、大きな放物線を描き、相手ゴール前へ。
いや、違うか。
そんなには飛んで行かない。
精々、ハーフラインくらいか。
構いやしない。
既に最後方の林の頭の上は、とうに通り越した。
その先に居るのは――――倉畑だけだ!!
「やあっっ!」
ボールは、彼女の頭部。
ほぼ頂点のところに、ドンっ、と当たる。
再びそれは、美しい放物線となり。
いくらかのバウンドを得て。ゆっくりと。
それはもう、コロコロと。
だが確実に。
ゴールネットへ吸い込まれるのであった。
【後半9分58秒 倉畑比奈
フットサル部5-3サッカー部】
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