48. ただそれだけで良かった


『どうも。こういった電子機器の類はあまり得意ではないので、手短に』


『ゴレイロというポジションの良さが、段々と分かってきた気がします。他の方よりもボールに触れている時間は少ないですが、その分、私にしか出来ない仕事が沢山あります。自分だけのものというのは中々に気分が良いです』


『不満があるとすれば、私に練習時間があまり割かれないという点です。お二人は比奈の練習に付き合ってしまいますし、まぁ当然といえば当然ですが』


『貴方が私の練習に付き合ってくれないと、練習中は思いのほか暇です。比奈があれだけ頑張っているというのに、私はどうにも力になれていないような気がして、とても歯がゆいです』


『さっさと戻ってきてください。だいたい、貴方は私をフットサル部に引き入れておいて、いざ試合となったら自分だけ逃げるなど、許されるとでも思っているのですか』


『私は負けず嫌いなんです。例の的あても、貴方に勝てるまで辞められません。この間も比奈と一緒に行きました。まったく当たりません。コツを教えてください。教えなさい』


『それに貴方は、とても卑怯です。卑怯者です。私だって、自分がいかにコミュニケーション能力に欠けているか、良く分かっているつもりです。そんな私をわざわざ引き入れたのですから、貴方には相応の責任があります』


『結局長くなってしまいました。とにかく、一刻も早く戻ってきてください。例の試合で私が沢山点を入れられたら、貴方の責任ですからね』


『比奈のために戻ってきたと言っても、別に、怒りませんから』


『というか、以前お話していた「実は比奈が囮で私が目当て」みたいな話はどういうことだったんですか? ずっと気になっているのでさっさと教えてください。ちゃんと説明してください』


『試合は24日土曜日、1時からです。くれぐれも、遅刻しないように』



 良く分かる。この書き方は間違いなく慣れていない。その癖、こんな長文送ってきやがって。


 なにがどういうこと、だ。

 ちょっと考えれば分かるだろ――――




『よ、ハル』

『練習来いよー』

『来ないとハルが変態野郎だって周りに言いふらしちゃうぞ~?』

『あ、みんなハルのこと全然知らんもんな! 言っても意味ないか!うぷぷ』

『おいおい、この瑞希ちゃんのお言葉を無視する気だな? いい度胸してんなァ!』

「無視すんなよー。イジメたりしないからさー』

『泣いちゃうぞー』

『マジ泣いちゃうぞ~』

『おい、そろそろ返事しろや! 泣くぞ! 一週間切ったぞ!!』

『ハル、マジで待ってるから、早く来て。あたしもだけど、長瀬が死にそう』

『あ、死んだ』

『長瀬がゴールポストめちゃ思いっきり蹴って暴れてる。チョー痛そう。ウケる』

『チっ、ここまでして無反応とは中々やるな。よほどあたしに会いたくないってか。泣いちゃう』

『しゃーねーなー。ほら、パンツ見せてやるから。な? 見たいだろ? 今日限定だよほら!!』


『おい』

『なんで来ないんだよ! プライド返せゴラ!!』

『マジ、意地張り過ぎだって。厨二爆発しすぎ』

『あたしもや~な感じで言っちゃったけど! でも、ハルおらんとつまらんのだよ! 長瀬が日に日に凶暴化してるから! マジで! はよ来いって!』

『ハル!!!! あと三日!!!!』

『おにゅーのウェア買ったんだよ! 見に来て!』

『ねー、ハルー』

『来てよー』

『お願いだからさ』

『楽しいけど、つまんない』

『ハルが居ないとつまんないよ』

『お願い』

『来るだけでいいから」

「謝んなくていいから。だめ?』

『あたしも謝るから』

『ハル、寂しいよ』

『せっかく仲良くなったのに」

「これで終わりとか、やだよ』

『もう知らない』

『ばか。あほ。陰キャ。童貞。ぶー』

『既読ぐらい付けてよ』

『やだよ、ハル。もっかい一緒にプレーしたい』

『ハル。待ってるよ』



 入り混じる乱文と、スタンプの雨嵐。


 そして最後に。

 お決まりのように、長ったらしい文章。



『あーあ。ついに明日試合ですよ。おいおい。


 みんなで最後に送ろうって話したんだ。長文とか苦手だけど、頑張って書く』



『ハルが試合辞めようって言った理由は、まー、なんとなく分かるよ。あたしもみんなでわいわいボール蹴ってるの楽しいしさ。試合に勝つより、そういうのがしたかったのかな。うん。分かる分かる』


『でもさ。やっぱりダメだよ。あたしマジでキレてるから。サッカー部殺すし。勝てなくてもあたしと長瀬で100点くらい取るから。200点取られるかもしらんけど』


『ハルめっちゃ上手いし、前に居たチームも結構強かったんだと思う。そーゆーあたしも、スペインに居た頃はマジで無双してた。もうあたしだけで試合勝ってた。500点くらい決めて勝ってた。嘘だけど』


『でも、つまらんのよね。女だからって理由でハブられることもいっぱいあったし、あたしだけ点取ってもみんな意外と喜ばないんだよ。まっ、嫉妬だよね。馬鹿みたい』

 

『フットサル部みたいに、一からスタートしようっていうチームでやるの、初めてなんだわ。なんかこう、今までにない責任っていうか? そういうの感じるよね』



『すっごい楽しいんだ。ちょっとずつみんなが上手くなっていく嬉しさと、ハルとか、まぁ長瀬はアレだけど、普通にあたしが上手いって思える奴らと一緒に出来るっていう、美味しいとこ取りみたいな。イッセキニチョーってゆーやつ?』


『ハルもきっと、そんなこと思ってたんじゃないかな。昔のこととか知らないけど、シンプルにボール蹴って、わーたのしーみたいな、そういうのを思い出すんだよ。みんなといると』


『勿論、ハルが居ないとそれも半減ってわけ。ハルとの1on1、楽しかったなー。何時間でも出来るって思った。初めてだよこんなの』


『それに、プレーだけじゃなくてね。なんか、ハルって面白いんだよ。よく分かんないけど。男ってこう、よく分からんところで女に気ぃ遣うじゃん?


 あーいうの嫌いなん。でもハルはそーいうの全然なくてさ。一緒に居て、すっごい楽なんだよね。ペットみたいな。違うか』


『だからハルのこと、結構気に入ってるんだわ。あたし友達多いけど、男とこんなにいっぱい一緒にいるの、ハルが初めてかもしらん。これが恋ってやつですか。うーん。分からん』


『なわけで、ハルが居ないとあたしは非常に寂しいし、シンドイわけだ。分かる? あんだーすたん? ぱーどぅーん? あれ、意味合ってたっけ。


 とにかくだな。難しいことは抜きで、ハルが何をしたいかが大事だと思うわけなのだよ。わー名言』



『試合、待ってるから。別にカッコいいハルとか、クソほども期待してないから。いつもの眠そうな、かったるいオーラ全開の顔でさ、いつも通りにコート来てよ』


『そしたらまー、ハルは謝って、あたしも謝る。で、もっかいちゃんと友達になろ? 友達になるのに、理由はいらねーからさ! あっ、長瀬はハブにしよーな! ぐっへっへっへ!』


『1時にコート集合な! 来なかったから、サッカー部より先に、ハル殺すから!! じゃーな!』



「…………馬鹿が馬鹿みてえなこと書くなよ。馬鹿っぽいだろうが……ッ!」



 画面が、よく見えない。


 その理由にはだいぶ前から気付いていたのだけれど、叶うなら、知らない振りをしたかった。


 でも、ダメだ。もう手遅れだ。


 画面も、手の甲も、床も。バケツをひっくり返したようにビチャビチャで。スクロールすら上手く出来ない。指が震えて、どうしようもない。



 俺が、彼女たちに何をしたというんだ。


 ただそこに居ただけで。存在していたという、ただそれだけの理由で。

 何故、こんなにも気に掛けてくれるのか。不思議でしょうがなくて。



 理由が欲しかった。


 俺が俺であり、俺で居続けられる、

 理由が欲しかった。


 それが一番不要なものなのだと。

 気付いた。気付いてしまった。

 あまりにも、遅かった。



 こんな、ありふれた俺たちの関係に。

 理由なんてものはまったくもって必要なくて。



「……あー、俺、分かってたなー」


「全部…………全部、全部……分かってたじゃねえかよ……ッッ!!」



 俺たちはずっと前から、友達だったんだ。



「……そうだよなぁ。友達を心配するのに、理由なんていらないよなぁ……っ!」



 声を震わせたままベッドへ蹲る。


 スマートフォンを胸に抱え込む恋に破れた女のようなその姿を、誰にも見られたくなかった。見せたくない。格好悪いところなんか、見せられない。そんなちっぽけなプライドで。


 俺はどれだけの愛を、時間を、信頼を。

 無駄にしてきたのだろう。



 認めたくなかった。


 けれど、俺が。俺が認めなくても、誰かが。

 アイツらが認めてくれた。


 一つだけ理由が必要なら。

 ただそれだけで良かったのだ――――



「…………長瀬……っ」



 最後に残った通知は、彼女からのモノだった。


 ほかのメンバーとは違う。

 たった一件の受信通知。


 最初の文章はこの画面からでも少しだけ読めるのに。よく見えない。



 怖かった。

 怖すぎて、いよいよ手から離れそうだった。


 いっそのこと、サヨナラと言ってくれた方が良かった。一方的に突き放してくれた方が、よっぽどマシだった。



 もし、そのようなことを書かれていても。

 次の行動は決まっていた。


 俺は、俺であるために。


 今ここにいる、どうしようもなく性格の悪いただの高校生。

 廣瀬陽翔が、廣瀬陽翔であるために。しなければいけないことは、一つだけだった。



 数センチの距離を、少しずつ。

 少しずつ、埋めていく。


 どうか、届いてくれ。

 間違え続けた俺に、ほんの少し。


 ほんのちょっとの、誰しもが持ち合わせる、僅かばかりの勇気を。



 一人で立ち上がれなくていい。

 そんなの無理だって、前から知っている。



 だから、力を貸してくれ。


 俺が、心から信じてみたいと思わせてくれた、お前の言葉で――――




 一人でも、誰かの力でもなく。


 五人の力で、その指は動いた。










『待ってるよ、ハルト』



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