22. 邪魔なんだけど
明るいブラウンにポニーテール、少しだけ釣った大きな二重。そして重ね着をしていても際立つおっぱい。
疑いようもない。長瀬だ。
胸がデカいから間違いなく長瀬だ。
「奇遇やな」
「そ、そうね……アンタ、この辺なの?」
「いや、ちょっと遠いけど」
「そう……って、ハルト。アンタ煙草」
「あ」
しまった。バレた。
言い訳をさせて欲しい。させて頂きたい。
これはつまり、長く続けて来た節制生活の爛れというか、反動というか。
小学生の頃から、お菓子や炭酸ジュースを一切取らない生活を続けて来たのだ。そしてその必要が無くなり、俺が最も興味を持ったことがそういうのだったというか。
勿論罪は自覚しているが、興味を持ってしまったのだから仕方がない。近所のラーメン屋で隣の客が置いて行ったものを気紛れで拝借してしまい。
試しに一本、せっかくだからもう一本と、気付いたらこうなってしまったというか。若気の至りというか。至りたかった、と言いますか。
「なに堂々と買おうとしてんのよ……未成年でしょ、犯罪よ犯罪」
「うっせえな。お前にゃ関係ないわ」
「だっ、ダメなものはダメっ! 研修のビデオ見せられたばっかなんだから」
「入ったばっかか」
「え、あ、うん。ここはね。他にも色々やってるけど……って、話逸らすなっ!」
特に反論は無く、彼女の言い分を聞く他ない。俺だってやめたいとは思ってるけど、気付いたらご飯と一緒に買っちゃってるんだもの。
「分ぁったよ。まぁ、努力はするわ。半グレと交流があるなん知られたら、金澤はともかく楠美と倉畑も困るしな」
「……え、わたしは?」
「知らん。ええから唐揚げ串くれ。腹減ってんだよ」
「バイト終わったら殺してやる……ッ」
適当に繋いだに過ぎなかったが、怒りを買ってしまったらしい。乱暴に商品を袋へ詰めていく。おい、俺の命を繋ぎ止める大切な食糧だぞ。丁重に扱え。
「はい、134円!」
「え、一円玉ねーよ。釣り要らんわ」
「ちょっ、そういうの困るから貰いなさいよっ!?」
「ええから。募金箱にでも入れとけ」
「………じゃ、私がもらおっ」
「あ、汚ねぇぞテメェ」
「ふんっ。お金を大事にしないとバチが当たるわよ」
レジの中から釣り分を滑らせ、ポケットに右手を突っ込む。あまりにスムーズな流れに、本当に入りたてなのかと疑うレベルの早業であった。
少し不機嫌な彼女は、バイトらしくありがとうございましたーなどと声を掛けることも無く。クルリと振り返って、背後の煙草が陳列してある棚を眺めている。
手元には小さなメモ帳のような物とボールペン。まだ覚えていないところもあるのだろう。もはや俺に興味は無い。
さっさと出ていけとでも言うのか。
お客様に対してあるまじき態度だぞ。
神様だぞ。おら。
揚げ物の入った小さな袋を手に取り、さっさと店を出ようと身体を右に向ける。
が。
なんとなく思い留まってしまったのは。
店内から人の姿が俺たちを除いて完全に消えていたこと。それと、特に急いで家に戻る理由も無いだろうという、個人的な我が儘のせいだった。
「……真面目にやっとんのな」
「えっ……き、急になに?」
「いや別に。思っただけ。部活もバイトもって、シンドイやろ。普通に」
「……そう、かしら」
「ほどほどにしろよ。お前だけ一人で張り切って、なんかあったら……迷惑被んの俺だし」
我ながら馬鹿らしいことを言っている。彼女が学校の外でなにをしていたとしても、俺には関係の無い話だ。
心配する必要など何一つない。
何故、その言葉を選んだのか。
理由はついぞ見つからないが。
「……なに顔赤くしてんのよ」
「あ? してねーよ。酔ってるだけやし」
「酒まで飲んでるのっ!? 捕まっちゃえばーか!」
無論、嘘。そもそも飲んだことないし。酔ってアルバイトなど行けるか。たまたま出て来てしまった言い訳だったが、長瀬の評価を下げるには十分だ。
本当に、どうでも良いところで自分を落としている。何がやりたいのか、やはり分からない。ただ顔が赤くなっているのは本当だったから、割と真面目に困ってしまっただけという、それだけなのだ。
また明日、などと柄でも無い言葉を掛け店を後にする。外は大多数を黒が占め、時折見える喧しいほど輝いた光は車かバイクのライトだろう。
空には薄い灰色がたまに浮かんでいるだけで、星の一つだって見えやしない。星座の位置関係は、もっと興味が無かった。北極星の見分け方すら知らない。
一点に留まり輝き続け、目的地を授けてくれる大事な存在も。今の俺にはまるで意味のないモノのように思える。
妙に悴む肌寒い風を左手に感じながらから揚げを頬張り、原付の置いてあるポストの脇に近付く。
すると。俺の背後から耳障りな大声と、威圧感のようなものを感じさせる何かが迫っていた。
(うわ、ガラ悪っ)
予想は不本意にも的中する。
コンビニへ入るのは、派手なゴールド系の装飾を身に付けた妙ちくりんな連中。簡潔に説明するならば、ヤンキー。若しくはDQNなどと呼ばれる層の野郎共。
この手のタイプとは基本絡みもしないしこちらからお断りである。目付きが悪いせいで時折イチャモンを付けられることが以前もあったし。
視界に入って面倒なことにならないうちに、さっさと撤収しようと唐揚げ串の袋をゴミ箱へ捨てた。
(……アイツ、大丈夫か)
嫌な予感がする。
俺に対しては強気な癖に、初対面の相手や喋る奴には急に怖気づいてしまう小心者。またの名をイキリ陰キャ。それが長瀬だ。
馬鹿を処理するのも仕事の範囲とは言え、彼女にこなせるだろうか。そう考えると、一気に不安になってしまう。
そして、悪い予感は現実となる。
「おねーちゃんかわいいねーーっ! 研修中? ねっ、このあと遊びに行かない?」
「えっ……その、そういうのは、ちょっと」
「いーじゃんいーじゃん! 客なんて来ねーしさ、抜けてもバレないって!」
「つうか胸デカっ! 何カップあんのこれっ?」
「あ、煙草ちょーだい。あの黄色いの、早く早く」
「いや、そ、その……」
分かりやすく絡まれていた。
言いたかないが俺もアイツも不幸な体質だ。若しくはどうでもいいとか言ってしまった、北極星からタチの悪い贈り物か。
煙草を強請ったヤンキーはどう見ても未成年である。俺が言っても説得力皆無だが、敢えて言いたい。面倒なタイプだ絶対に。
レジ越しであるが距離は極めて短い。『恰好の獲物』とでも思っているかのような、薄汚い猿のような笑いを浮かべる連中。
五人ほどいて、特に装飾の激しい前の三人が長瀬にしきりに話し掛けている。残りは後ろでニヤニヤしながら、その様子を眺めていた。
「早くしてくんない? アメスピ、分かんでしょ? 最初に覚えないとよー、そういうの。客待たせるとか最低だわ」
「……あ、あの……っ」
「なんか文句あんの?」
「しっかしデケえなー、今まで何人に揉ませたの? せっかくだし、俺らも拝んだっていいよな。どうせ使い回しだろ?」
長瀬の表情が一気に強張った。怒りか恥ずかしさかは分からずとも、相当の我慢を強いられている。
開きっぱなしの自動ドアの奥から聞こえてくる台詞は、とても許容できるものではない。しかも女性に向かってあれは無い。流石に常識外れだろう。
などと垂れている間にも、長瀬の理性も限界に近付いている。
何故分かるのか、だって。棚に戻そうとしていた、俺が買う予定だった煙草が、グチャグチャに潰れ掛けているからだよ。
その時点で、俺の中のよう分からん何か。正義感とはどうも違う、ある種の苛立ちが、恐怖や面倒さに打ち勝ったのだ。
「おい、お前ら。邪魔なんだけど」
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