20. はい全員ポンコツ


「というわけで、これからの活動について色々と話したいんだけど」

「おーいいよー。やろーやろー」

「俺への労わりは?」


 例え口内を出血していようと昼休みは続く。


 昼食を一通り取り終え話は自然とそちらへと傾く。長瀬としてはさっさと先に進みたいところだろう。人は集まったが、集まっただけだ。というか何も始まっていない。



「詳しくは存じ上げませんが、スポーツをするという認識で良いのですね」

「そーそー。ていうかくすみん、よく入ろうって思ったよね」

「まぁ…………はい」


 そんな険しい目で俺を見るな。

 無駄に可愛い面しやがって。ムカつくな。



「ん~。でも実際に部活を作るってなったら、やらなきゃいけないことって結構あるよねえ」

「そうね。練習場所はあのテニスコートで良いとして、やっぱり顧問かしら」

「愛莉ちゃん、当てはあるの?」

「全然。先生とか良く知らないし」


 見てくれと生活態度だけは良い長瀬だが、教師との交友はあまり無いようだ。俺が言えた口じゃないけど。なんなら担任の名前も知らん。


 高校の部活動として正式に活動するのであれば、クリアしなければならない点は幾つかある。人数と練習場所は取りあえず良いとして、やはり顧問だ。


 長瀬曰く「大会とかも出たい」というのであれば、活動費も必要だし。あとは生徒会の許可とか。よう知らんけど。



「お前らは?」

「あたしにそんなのあるわけないじゃーん」

「わたしも……先生とはそんなに仲良くないかなあ」

「右に同じです」


 はい全員ポンコツ。


「そうしたら、みんなで余裕のありそうな先生を探して、お願いするって感じかな?」

「じゃー今日の放課後から練習な! みんなヒマっしょ?」

「ちょ、なに仕切ってんのよ。一応、私が部長なんだからっ」

「長瀬がリーダーなの? ハルでいいじゃん」

「だめっ。ハルトは部下だから」


 嫌だよオマエの下に就くとか一生の恥だわ。


 その後は活動日や集合時間をなんとなく決め、とりあえず最初の話し合いを終える。活動は週三日。火曜と木曜を除いた平日は例のテニスコートに集合することになった。出来立てホヤホヤの実質同好会にしては中々タイトだ。



「ハルト。職員室行くから付き合ってよ。部活の作り方とか、ちゃんと聞きに行くから」

「一人で行けよそんなん」

「やだ。怖いし」


 急に人見知りを発揮し出す長瀬。既に面々は解散しているし、となると長瀬と二人で行動しなければならない。辛い。


 可能な限り二人で校内をうろつくのは避けたいのだ。教室はおろか食堂内でもそこそこ注目を集めているというのに。

 これ以上余計な噂を立てられたくはない。たかが数日で俺の評価どうなっちまうんだよ。底を突き地中に潜る勢いだぞ。



「いいから、一緒に行くの。それとも嫌?」

「別にそうは言ってへんけど……」

「なら良いでしょっ。それに断ったらアンタ、明日から性犯罪者だから」


 今更持ち出すなよその件。ちょっと忘れてたわ。


「……ふん。デレデレしちゃって」

「え、なんて」

「なんでもないっ! ほら、行くわよ!」


 なにをぷりぷり怒っているのだろう。

 可愛いけど。怒り顔すら可愛くて、癪だけど。


 俺を置いて行く勢いで校内を突き進む彼女の足取りは、どこか軽快にも見える。




*     *     *     *




 山嵜ヤマサキ高校は県内でそこそこの知名度を誇る私立高校。らしい。


 スポーツ、勉学共に特待生制度を採用しており、どちらかに特化した生徒が比較的多い。

 が、元々はありふれた私立だったので、特待生と下位層が足を引っ張り合った結果、偏差値は中間程度に収まっている。らしい。


 聞くところによれば、楠美と倉畑の黒髪コンビは成績優秀者なので特待生扱いなのだとか。長瀬も推薦らしい。意外過ぎる。


 俺? 特待生じゃないけど、所謂『スポーツ実績』で編入試験も無かったな。あまり詳しく覚えていないが。たった数か月前だってのに、何故か。



 で、つまりなんの話。


 部活動の盛んな学校で、運動部だけでも相当の数がある。そんな状態で新たに部活を作るとなると、意外とハードルが高い、ということ。



「なんでダメなんですか!?」


 飛び上がるように驚いた長瀬の絶叫が、職員室に木霊する。その様子を何事かと振り返った教員たちも、やがて興味を失い職務に戻ってしまった。


 長瀬の一年の頃の担任教師だという、黒髪の年を召した女性教諭。デスクで仕事を続けたまま、彼女や俺の顔を見ることなく話を続ける。



「だから言ったでしょう。まずは顧問。それを確保しないことには手伝いも出来ないわよ」

「で、でも、そこをクリアすればっ……!」

「それが難しいの。ほとんどの教師はもう顧問になってるし、学校に教師自体そんなに多くないでしょ」

「……そんな」


 ガックリと肩を落とす長瀬。まぁ、間違ったことは言われていない。場所と金の掛かる運動系の部活をこんな中途半端な時期に作るのだから。



「それにフットサルでしょう? 関わってくれる方、そんなにいないと思うけど」

「……は、はぁ?」

「とにかく、この件は私に話してもだめよ。どうしてもってなら、生徒会とか理事長に掛け合って」

「……分かりました」


 一理あるが、長瀬も押しが弱い。

 もうちょっとなんとかしろよ仮にも部長だろ。



「なら、今現在で顧問をされていない教職の方を教えて頂けませんか。こちらで当たるので」

「えーっと、そんな方いたかしら」

「居ないこた無いでしょう」

「そうは言っても、ねぇ。それに廣瀬くん、部活も良いけど、まずは授業に出なさい貴方は。まだ数回しか教室で見掛けないけど」


 むっちゃ痛いところを突かれる。

 それとこれとは別の話だろ。

 クソ。これだからババアは嫌いだ。


 というか、なんだこの違和感。


 長瀬が『フットサル部』の名前を出した時点で、この教師は浮かない顔をしていた。それに加え『フットサル部でしょう?』とはどういう意味なのか。


 だいたい、部活云々の話は職員と生徒会の影響が大きい筈だ。理事長に掛け合えとは随分と大袈裟。


 捉え方によっては、部活を作るのが駄目というより、フットサル部だから、と言われているような。



「ごめんなさいね、力になれなくて。あ、すみません、これもついでにコピー取ってくれません?」


 長瀬と俺を押し退けるように席から離れていく。

 俺たちは黙って眺めていることしか出来ない。


 隣から聞こえる『使えないわね……』の一言に若干怯えてしまった俺は、彼女の怒りを買わぬよう何か考えている的な顔をして、暫くやり過ごすわけである。



 顧問の確保。

 思っていた以上に難しいことになりそうだ。

 

 だがなんだろう。

 この部屋に漂う、どこか閉鎖的な空気。


 部活作りという一言で片付けられない、大きな何かが俺たちを邪魔しているような。そんな気がしてやまないのだ。


 職員室の窓を叩く小雨が、僅かに灯り出した光を、大人げなく打ち消していく。梅雨が近付いている。


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