19. むぎゅっ


 昼休み。この学校で初めて、全ての授業を席に座ったまま終える。と言ってもノートや教科書を開いていたわけではない。ひたすらに惰眠。


 変わったことと言えば、クラスメイトや担当教師にエライ驚かれたことぐらい。特に担任は俺がHRに出席していると思っていなかったのか、普通に名前を呼び飛ばした。流石にその扱いは酷過ぎる。因果応報だけど。



 昼食時はたいてい、中庭のベンチでパンを齧りつつスマホを流し見している。が、それが出来るのは誰もいない時間からベンチを占領しているからであり、教室からのスタートでは既に先約で埋まっているわけで。


 他に候補も無い。教室で済ませるかと菓子パンの封を開けようとしたところ、長瀬に呼び止められる。



「ハルト。土曜の約束、忘れてないわよね?」


 どよめく教室。


 それもその筈。倉畑くらいとしか滅多に会話をしない長瀬愛莉が、なんの接点の無かった俺に突然話し掛けるのだから、まぁまぁな事件だ。



「……ここで話し掛けんなよ」

「いいでしょ別に。色々と聞きたいことあるし。賭けも私の勝ちだかんね」


 賭け、とは例の「点を多く取った方が昼飯奢り」というあれだろうか。普通に忘れていた。嫌だな。お金そんな持ってないのに。


 さっさと教室を出た長瀬を追い掛け、席を立つ。皆の視線が、長瀬よりも俺に向いているのは振り向かずとも分かった。


 こんなことで注目を集めたくなかったのに。はあ。五限から俺は男子生徒の敵になるわけだな。なるほど。



「倉畑、行こうぜ。長瀬がおらんと暇だろ」

「えー、酷くない言い方。行くけど」


 ついでにもう一騒ぎさせておこう。

 クラスで一二を争う美少女を連れる俺。

 行動自体はイケメン。命は今日限りだな。



 山嵜ヤマサキ高校の食堂は教室のあるA本館と渡り廊下で繋がるB本館の地下にあり、結構な規模を誇る代物である。


 今まで利用したことが無かった。ぼっちで食堂とかそんなメンタル強くない。予想通り人でごった返している。既に居心地悪い。


 有名人の長瀬が現れたせいで妙に注目されているし。この視線のなか食べるご飯はさぞ不味かろう。



「結構混んでるし、購買の野菜炒め弁当でいいから。はい、いってらっしゃい」

「へいへい」


 おつかいへ。必ず復讐してやる。


 弁当や総菜パンを取り扱っている購買部へ。こちらはあまり混み合っていないのでサクサク購入。ついでに他の奴らの分もと、雑にラスクも買っておく。三人分くらい出せないこともない。強がりではある。


 …………いや、五人分か。

 席を確保する必要も無さそうだ。



「なんだよ」

「……偵察です」


 近くの自動販売機の後ろからひょっこり顔を出す、クレイジーサイコレズストーカー。またの名を楠美琴音。

 恐らく授業が終わり次第倉畑の様子を見に行って、食堂へ向かう俺たちを発見したのだろう。



「あれ、楠美さん?」

「長瀬さん。お久しぶりですね」

「知り合いなのお前ら」

「ええ。一年のときに同じ一緒だったの」


 余裕で知らなかった。俺のいないところで既に関係があったのか。驚きを孕みつつも長瀬の表情には明るさが戻る。



「ハルトが誘ったのって……」

「長瀬さんもまさか、フットサル部の」

「うん、私がハルト誘ったの。え、でも楠美さんスポーツとか…………あ、なるほど。比奈ちゃんか」

「分かっちゃうのかよ」


 楠美の倉畑に対するご執心ぶりは学校じゃ有名らしい。不思議な縁もある。何だかんだで元々関係のある人間が揃ったというわけか。



「まぁ、分かりました。長瀬さんがいるのなら迂闊に比奈へ手を出すことも出来ないでしょう」

「だから俺を何やと思っとんねん」

「そういうことなので、長瀬さん。あまり力にはなれませんが、どうぞ宜しくお願いします」

「うんうん、よろしくね。一年のときちょっとしか話せなかったし、嬉しいわ」

「……私とですか?」

「だって楠美さん、可愛いし!」

「は、はぁ……」


 手厚く楠美の両手を握る。

 いまいちピンと来ていないようだ。


 倉畑以外の他人には興味が無いご様子だし、自身の容姿にもさほど関心が無いのだろう。しかしモノの見事に美少女ばかり集まった。疎外感凄げえ。



「ねぇ、廣瀬くん。さっきから凄い手を振ってる子がいるんだけど……」


 倉畑の視線の先へ振り向く。

 うん。いや、分かってたけどね。

 さっきからめっちゃ名前呼ばれてるし。



「こっちこっちー!! 席取っといたよーん!」

「うるっせえアイツ」


 食堂の端の席からこちらへ向かって大声で呼び掛けている、金髪ショートのギャル風美少女。


 やっぱり金澤瑞希であった。

 頼むから声を出すな。関心を呼ぶな。



「金澤さんもフットサル部なの?」

「おう、なんか入った。なんや知っとんのか」

「だって学校じゃ凄い有名人だし。あんな金髪で目立つ子、他に居ないよ」


 倉畑は意外そうに話す。金髪ギャルとフットサルの親和性は俺も許容し難いところだ。そのような話も校内では出回っていないのだろう。



「改めて俺と長瀬の交友関係の狭さったら」

「私を巻き込むなっつうの!」


 自覚しろ。お前は立派な陰キャだ。それも自分より大人しい奴には強気で行ける、より性質の悪いタイプの。



「長瀬がメシ奢らせるって話、ちょっと聞いてたからさ。ここで待っていたわけなのだよワトスンくん! はいはい、みんな座って座って~」


 勝手に主導権奪いやがって。いや、コイツといたら嫌が応にもそうなるか。実に不愉快だが。誰やワトスン。



「これみんなフットサル部なんでしょ? ふ~ん、可愛い子ばっか連れてきちゃって、見掛けによらずハルってモテる感じ?」

「あー。うん。そうそう、モテモテ。ナンパしたら100%成功するから俺」

「廣瀬くんが押されてる……」


 そんな目で見ないでください倉畑さん。いくら俺でもコイツの相手はやり切れん。勘弁してください。



「さてさて、全員揃ったところで自己紹介たーいむ! あ、金澤瑞希でーす。2年A組で、フットサル経験は結構あるよーん」

「……長瀬愛莉でーす」


 すぐ機嫌損ねるコイツ。

 いくら金澤苦手だからって、程々にせえや。



「倉畑比奈です。フットサルは初心者で……瑞希ちゃんって呼んでもいいかな?」

「もっちろーん! うわ~、なにこの子超可愛い~! なぁなぁ、これもうあたしのハーレムだよねハル!」

「知らんがな」

「もう一人はくすみんだよね? こないだ振りじゃ~ん元気してた?」

「あ、はい。特に不自由は」


 鉄仮面の楠美さえも完全に制圧されている。人によって得意不得意はあるものだな。勉強になる。

 って、くすみんて。俺に限らず雑にあだ名を付けるのが趣味なのか。絶対お前しか呼んでないだろそれ。



「風紀委員で一緒なんだよねー。よく勉強とか見て貰っててさ」

「好き好んでやっているわけではありません。貴方が風紀委員の立場を無くすような成績ばかり取るから、仕方なく面倒を見ているだけで……」

「はいはい、分かってる分かってるー! 相変わらずツンデレだな~~!」

「むぎゅっ」


 隣に座らせたのが悪かったか、楠美の頭をガッチリとホールドする金澤。コミュニケーションにパッション要素が多すぎる。コイツ、風紀委員やってるのかよ。どう考えても乱してる側だろお前。


 というわけで、それとなく倉畑が音頭を取りフットサル部(仮)初の会合が始まった。それぞれ持ち合わせの飯をかっ食らいながらなんとも微妙な雰囲気。金澤がベラベラ喋るのでギリギリ保てているが、ぎこちない空間だな……。



「しっかし面白い面子になったな~。ハル以外みんな女の子とは」

「……こんなに早く集まるなんてね」

「お、なになに? もうちょっとハルと二人で一緒にいたかったな~って?」

「なっ――――ばっ、馬鹿なこと言ってんじゃにゃいわよっ!?」

「ブホェッッ゛!?」


 真横の長瀬から思いっきりブン殴られ、口に含んでいたトマトとレタスが飛び散る。どうして俺に当たるんだよ。金澤に直接やれよ人を選ぶな陰キャめ。


 嗚呼、これ駄目だ。

 心も身体も持たねえ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る