11. これが、わたし


 相手ボールで試合は再開する。先ほどのワンプレーにかなり持って行かれてしまったのか、相手面々の足取りはやけに重い。


 が、そんな空気など知ったことかと派手な掛け声でボールを要求する奴が一人。コート中央でボールを受けた長瀬、すぐさまこちら側のゴールを見据える。


 僅かに捉えたその瞳は、間違いない。

 獲物を捕らえる鷲のような、鋭い眼光。



 「行くよっ!」


 そんな一言とともにドリブルを開始。


 奪いに行ったこちらの味方に身体を近づけられ一度スピードダウンするが、すぐさま右サイドに展開。


 間もなくピンチは訪れる。ゴール前まで侵入した彼女はボールを寄越せと甲高い声で叫んだ。先ほどと逆の展開。俺が長瀬をマークする形になる。



「邪魔!」

「邪魔してんやボケッ!」


 右サイドからセンタリング。長瀬に向かってグラウンダー気味のボールが一直線に飛んでくる。

 なるほど、強い。上手く身体を当て、俺が前に出られないよう抑えている。



(コイツ、ホンマに女か!? なんやこの体幹の強さ……ッ!)


 ビクリともしないその身体に驚いている暇もない。ボールはゴール目の前で長瀬に収まった。


 このまま密着していればシュートを打たれる心配は無い。背後からのカバーを警戒するのが正解だろう。

 だが、そのつもりは毛頭ない。と言うように、強引に身体を押して前を向こうと応戦する長瀬。


 ほぼ五分五分のぶつかり合い。女に負ける気など到底無いが、鍛えの足りないこの体幹では崩れてしまうのも時間の問題か。



「カバー!」

「金澤っ、チェック!」

「あいあいよっ!」


 根負けした長瀬は声と共に後ろの味方へとボールを戻す。


 すぐさま金澤さんがボールを追い掛けていく。が、タイミングが悪く奪い切れず、そのまま展開される。


 長瀬は俺から少し距離を置くと、今度はこちら陣地右側でボールを受け直す。

 味方がボールを奪いに行くが、いとも簡単に弾き飛ばされフリーの状態を作られてしまった。



(なに男相手に普通に競り勝ってんだよッ! ゴリラかお前は!)


 信じ難いフィジカルに驚くのもつかの間、一気にシュートモーションへ。


 距離が遠くチェックに行くのも難しい。

 代わりに近くにいた味方が止めに入るが。



「うわっ!」

「わおっ! なにそれキレッキレ!」


 抜かれたプレーヤーと、金澤さんの感嘆の言葉は、つまるところ切れ味鋭いキックフェイントを表す。


 見かねてスライディングで止めに入った味方を嘲笑うかような、美しいフェイント。完全にマークが外れてしまった今、彼女を止める者は誰もいない。


 そして次の瞬間。

 いや、その称し方すら生温い。


 瞬きをする間も無い、コンマ数秒後。



「見たっ、ハルト! これが、わたしっっ!!」



 弾丸の如き一撃がゴールネットに突き刺さる。小さなモーションから目にも留まらぬショット。

 ゴールネットの乾いた音以外が、その世界から消えてしまったような静寂。



「はっはっは……マジかよ……」


 もはや笑うしかない。


 いくら至近距離、ノーマークの状態だったとはいえ。男子でもここまで質の高いシュートを叩き込める奴はそう居ない。



(柔と剛、か)


 言い得て妙。金澤さんが軽快に相手を翻弄し、傷ひとつなくゴールを奪う姿が柔なら。

 ゴリゴリにボールを要求し、相手が誰であろうと一人で試合を決めてしまう長瀬は、剛そのものだ。


 こんな20人のコートに、この俺が。この俺にすら眩しく見える才能が二人。しかもそれがmどちらとも同世代の女の子だなんて。果たして現実か否か。



「勝負よ、ハルト。ゴールの少なかった方が月曜のお昼、奢りだから」

「え、キッツ。点は無理って」

「いいからっ、勝負なの!」


 一方的に言い放ち長瀬は陣地へと戻っていく。あまり目立つ気は無いのだけれど、どうしよう。この二人で十分過ぎるほどインパクトあるのに。



(……やれるだけ、ね。やれるだけ)


 とりあえず、試合に負けるのは気に食わないし。


 思いのほかしっかり動く足に僅かばかりの感謝を捧げ、静かに試合再開を待つのであった。




*     *     *     *




 以後、上級者向けと謳われたフットサルコートは、可憐な美少女二人の独壇場となった。


 金澤瑞希がズバ抜けたテクニックとスピードで相手を置き去りにしたかと思えば。ほとんどボールを独り占めし、相手をなぎ倒しながらシュートを叩き込む長瀬愛莉によるゴールの応酬。


 サッカーで言うゴールキーパーがこのゲームに居ないことを差し引いても、両チームの守備はまるで機能していなかった。最早やりたい放題。



 で、俺はというと。


 もう自分でプレーするより、二人の無双ぶりを見ている方がよっぽど楽しくなってしまって。


 適度にボールを受けながら、金澤さんに渡してコンビネーションでチャンスを生み出す。その程度の仕事に留まった。自分で点を取るのが、なんだか忍びなく思えてくるほどだった。



「ハルト、一点も取ってないでしょ。私の勝ちね。いい? いいでしょっ?」

「あー、はいはい。おめでとさん」

「やる気なっ!」

「ねーねー、お二人さん、あたしも混ぜてよっ」


 俺と金澤さん、長瀬のチームが丁度休憩になりコート脇で座っていると、彼女が話し掛けて来る。


 先ほどまであれだけ男たちに群がられていたのに、今となっては誰も声を掛けて来ない。


 というか、みんなして顔が死んでいる。そりゃそうだ。女の子二人に好き勝手やられたのだから。プライドとか消失してるだろ。俺も結構危ないわ。



「アンタ、名前なんて言うのっ?」

「えっ、私……? あ、えと、なっ、長瀬愛莉、だけど……」

「なにキョドってんねんキモ」

「うるさいわねっ! どう見ても私が苦手な奴なの分かるでしょ……っ!?」


 突然の登場に動揺を隠せない長瀬。そう言えばコイツ、割と人見知りするタイプだったっけ。見えへんけど。


 会話の主導権握れない金澤さんみたいなのは苦手と。ホンマ陰キャやな。人のこと言えないけど。

 あれか。普段大人しいけど、ハンドル握ったら性格変わるタイプだ。コイツの場合はボールか。



「あーっ、やっぱりそうだっ! あたしっ、アンタのこと見たことあるよ」

「えっ……ほ、本当に? ここで?」

「ううん。ガッコで」

「えぇッ!? もしかして、山嵜ヤマサキ!?」

「うん。ハルもでしょ?」

「せやけど……」


 同世代だということですら割と驚いたのに、同じ高校だったのかよ。


 こんなに目立つ金髪の子なんて、すぐに目に留まるもんだと思ったけど。まぁ授業出てないしそりゃ分からんか。もしかしなくても学校じゃ有名人なんだろうな。



「あの「歩くAV」長瀬がフットサルやってるとはな」

「えっ、えーぶ……っ!? なにそれっ!?」

「えっ? クラスの男子、みんなそう呼んでたよ」

「なるほど。遠目から見るとそうも思うわ」

「うっさいボケっ!!!!」


 顔を真っ赤にして膝を抱え込む。

 ちょっと可愛いとか、思ってないんだから。


 所詮AVだから。うん。

 気に入っても恋はしないだろ。

 そういうこった。



「…………金澤さんて」

「あ、タンマ。それ、ダメ。瑞希って呼んで。てか、呼べ。ねっ」


 こえーよ。見た目ただのギャルなんだから。

 耐性が無いんだよ。やめて。



「……瑞希?」

「よし」

「部活やってねえの。或いは、チーム入ってるとか」

「いや、全然。野良プレーヤーってやつ? フットサル部でも作るの?」

「…………入る?」

「おー、入る」



 あ。部員増えた。


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