12. 逆になんかアレ


 何度かの試合とチーム替えを行い、二時間弱の個サルが終了。


 金澤の計らいで俺と彼女はそれ以降、ずっと同じチームでプレーしていた。長瀬はグループ分けの段階で計算を失敗し、ついぞ同じチームになることは無く。シンプルに馬鹿。算数も出来ないのね貴方。



 金澤のプレーのキレは時間を追うごとに増し、俺の助けを借りることも無く参加者たちの心をズタズタに引き裂いた。ボールを奪われたシーンなど皆無である。


 一方、長瀬も怒りに身を任せたというか、更に荒々しさを増したプレーで相手を翻弄。悪く言うと蹂躙。

 完全に二人のゴールショーと化してしまったコートには、ネットの乾いた音と拍手だけが響き渡っていた。



 で、俺。


 最初のゴールシーン以外は、特に目立ったプレーをするわけでも無く。後方でボールを回しながら金澤に預けるという、淡々とした仕事をこなすに終始。


 感触は、まぁ、悪くない。


 思っていたより脚はしっかり動くし、技術的なミスも想定より少なかった。けれど、モヤモヤした感覚が残っているのも、隠し切れない事実で。


 俺の理想は、こんな無難なプレーじゃない。けれど、脳が。身体が拒絶していた。これ以上無理はするなと。

 そこから先は、お前の積み重ねて来たものを否定するだけの時間だと。誰かが囁いていた。



 楽しかった? 

 それはまぁ、うん。楽しかった。


 けど、それと同じくらいイライラしていた。彼女たちの活躍が、千切れそうな糸をなんとか緩めていた。結局、俺は何も出来なかったのだ。



「ハルト、助けてッッ!!」


 帰り支度を終えフロントに出ると、同じタイミングで長瀬と金澤も現れた。が、表情は対照的だ。長瀬は俺を見つけるや否や一目散にこちらへ駆け寄る。



「無理無理ムリッ! コイツ、変態ッ! ていうかヤバイ! コミュ力おかしいっ!」


 ほとんどしがみ付いている。体重を掛けるな。俺は滑り棒じゃない。あと試合中からだけど、おっぱい当たるから近付くのやめて。気付いて。



「ちょーっとおっぱい揉んだくらいで顔赤くしちゃって、初心ですなぁ~」

「初対面相手にそういうことする普通ッ!?」

「なんや、もう仲良くなったのか」

「アンタ目ェ付いてるのッッ!?」


 女の子同士のふれあいは尊いものだ。

 誰かが言った。否定もしない。



 金澤も似たような帰り道だったので、駅まで並んで歩き彼女の話を聞いてみる。


 無論、俺が真ん中。長瀬は依然として彼女から距離を置いている。もはや拒否反応。陽も沈み、暗い夜道を女の子二人と並んで歩くという、信じ難い状況。


 多少なりともドキドキしている自分がいた。

 でも相手が相手だ。素直に喜べぬ。



「あたし、中学までスペインにおったんよ。パパが現地の人でさ。そこでフットサル始めたんよね」

「へぇ。本場やな」

「でも親が離婚しちゃってな。高校入るタイミングで日本に戻ってきてさ」


 割かし重い話を『お腹空いた』みたいなノリで暴露される。彼女が気にしないのなら構わないが、こう、なんだ。軽いな。すべてにおいてコイツは。



「向こうは男女混合のチームだったけど、日本だとそういうの少ないじゃん? だからチームとか入らんで、適当に個サルで無双噛ましてたってワケ」

「へぇー……」

「結局ハルの実力はなんとな~くしか分からんかったなー。最初に一人躱したのはエグかったけど、ガチったのあれくらいでしょ?」

「そっ、そうよ! 私だけ張り切っちゃって、馬鹿みたいじゃない!」


 強引に会話へ混ざろうとする長瀬。

 その台詞がなにより馬鹿っぽいぞ。

 


「まぁ久々やったし……試運転っていうか」

「ふーん……で、なんだっけ。フットサル部?」

「えっ……ほ、本当に入るの……ッ!?」


 かなり怯えた様子で距離を取る長瀬。なにをそんなに恐れているんだお前は。ただの陽キャだろ。多少ギャル味が深いだけで。俺も嫌いだけど陽キャ。



「もっちろーん! いやぁ、あたしも友達とか誘ってそういうのやろーとか言ってたんだけどな。なかなか釣れなくて探してたとこなんよ。超ナイスタイミング」

「…………はるとぉー……!」

「諦めろ。人見知り直すええ機会や」


 その気になれば仲良くなれそうな気がしないでもないが、根本的に合うはずがないと感じてるのだろう。可哀そうに。


 え、俺はどうなのかって。今んところ倉畑を除いて誰とも合致してませんけど。ノリとか性格とか。あと知能指数。助けて。



「これからよろしくね、ハルっ! ついでに長瀬も」

「ついで!?」

「だって長瀬、話振っても全然なんも返してくれないんだもん。プレーはヤバいけど中身は凡人だよね」

「なっ……!? たっ、たった一日でなにが分かるってのよ!?」

「いや俺も思ってる。会って三日くらいやけど」

「死ねッ!!!!」

「ブへ゛ッッ゛ッ!!」


 背負っていたまぁまぁサイズのあるリュックサックをブン投げられる。無論、直撃。地面に突っ伏した俺を気遣いもせず、長瀬はずっと先まで走ってこちらへ振り返った。



「ばーかばーかばーかばーかバーカばーかばーかばーか、馬鹿っ、馬ー鹿、バカッ!!!! 死ね馬鹿ハルトッッ!!!!」


 何回言うねん。


 サヨナラも言わず、彼女は駅に向かって走り去る。

 お前、えぇ。なにそれ。



「なんか、あたしが聞いてたカンジと違う気がする」

「あれが本性や……」

「……立てる?」

「なんとか」


 立ち上がって前を見据えた頃には、既に長瀬の姿は見えなくなっていた。普通に謝りもしないで帰りやがって。傷害罪やぞこの野郎。



「……うん、やっぱ面白いわ。二人とも」

「あ、そう」

「少なくともハルは、あたしの話ちゃんと聞いてくれるし。良い子良い子」

「頭撫でんな。こんな雑な対応で満足するな」

「それでいーんだよ。みんな適当に合わせて、あとは知らんぷり。だからそれくらいがちょーどイイよ。長瀬も新鮮で、逆になんかアレ」


 アレってなんだよ。抽象的過ぎるだろ。


 彼女の表情は暗くてよく分からなかったけれど。そのシャープな瞳はどことなく愁いを孕んでいるようにも見える。


 言葉の意味をすべて理解は出来なくとも、なんとなく、言いたいことは伝わる。彼女もまた、俺や長瀬と根本的に似たような何かを持っているのだ。そういうことにしておこう。殴られた跡が痛くて頭が回らん。



「フットサル部、今どんくらいいるの?」

「お前含めて四人やな」

「ミ、ズ、キっ!」

「…………瑞希で四人目や」

「そっか。あと一人で試合できるね。早く集めないと」

「……せやな」


 不思議な感覚だ。今日出会ったばかりなのに、もう何十年も付き合いがあるような。長瀬にしてもそんな風に思える瞬間がたまにある。よく分からないけど。



「そーいやハルって、どっかのチームでやってたりしたの? つうかサッカー部入ればいーのに」

「やだよ。二度と戻るか、あんな場所」

「戻る?」


 口が滑った。慌てて『なんでもねえ』と雑にはぐらかすと金澤もそれ以上追及はせず、その場は凌げそうだが。

 またやらかした。クソ、美人を前にアッサリ気を許しやがって。これだから俺という人間は。



 まぁ、でも、言っても良いのかな。金澤に関しては話したところで『ふーんそーなんだー』で終わらせてくれる気遣いがあるだろうし。


 でも、なぁ。聞きたくないよなぁ。

 こんなつまらない、挫折の話なんて。


 俺がやっているのは、始めたのはフットサルであって、サッカーではないのだ。だからこんな話は、この部活には、この空間には必要無い。



「悪いな、今日。何本もパス通るチャンスあったんに、出せなくて」

「うん? 別にそれは良いけど、どしたの急に」

「……なんでもね。じゃ、俺こっちやから」

「おー。家、駅近なんね。うらやま。あ、せっかくだしご飯食べよーよ」

「金が無い。じゃ、またな」

「情緒不安定かってのっ!? あーもう、はいはい。また学校でね、ばいばい、ハル」


 彼女に背を向けながら、雑に手を振って曲がり角を進む。


 ごめんて。金澤。

 飯くらい付き合いたかったけど。



 なんというか、耐え切れなかったのだ。


 前しか見えてない彼女たちを嘲るように、後ろばかり見ている自分とか。

 間違いなくのに、届かなかった、届く気がしなかった左脚への不甲斐なさとか。


 やっぱり、どう足掻いてもこうなる運命で。


 彼女たちは始まったばかりなのに。

 俺だけが、終わりへと歩いている。

 どうしようもない現実だった。


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