9. はろー♪
(ショボいな)
間違っても俺のコミュニケーション能力の話ではない。始まった1番チームと2番チームの試合をボンヤリと眺めた、正直な感想である。
上級者向けと宣うものだからそれなりに期待していたのだが、どいつもコイツも「まぁまぁ」の域を出ない。そんなところ。
止める、蹴るといった基本的なプレーはともかく、プレーそのものがどうにも浅い。即席チームという不安定な状態で、リーダーシップを取ってボールを回す奴はいない。
俺の仕事は点を取ること、ドリブル突破すること、守備で身体を張ること、と個性を感じる奴もいない。
ただなんとなく、ダラッとボールを回しミスが出たらチャンスになる。ゴール前で逆にミスが出て、あっさりピンチを迎える。そんな展開の繰り返しだった。
フットサルというスポーツは、コートの狭さ故に生まれるスピーディーな展開が魅力の一つである。だが、この試合からは感じられない。お遊びのミニサッカー。そんな印象。上級者と言ってもこんな程度か。
すると、サイドでキープしていたプレーヤーに対し、相手の一人が上手く身体を寄せボールを奪った。
そのまま一気に駆け上がりカウンターのチャンス。グラウンダーのクロスを待ち構えていた一人が冷静に推し込み、ゴールが生まれた。
「今のはええ守備やな」
「ね。あのゼッケンの4番、さっきから良い守備してるし、視野も広いよ」
「ん。左足使えてへんけど、その分位置取りで上手いことカバーしてるな」
「あー、確かにそうかもっ。よく見えてんねー」
「まぁそれくらい――――――って、うん?」
視野が広い云々の言葉は俺ではない。
会話をしていたわけでもない。
飛んできた左側を向くと。
思ってもない奴が隣に座っていた。
「はろー♪」
「…………あ、どーも」
「なんだ元気無いな田中っ! ほれ、あたしとお喋りしよーぜ」
他でも無い、金髪ショートの美少女。
独り言にも華麗に対応し、会話を広げるそのスキル。俺にも分けて欲しい。自然すぎる。割とビビったぞこの野郎。
「アイツらの相手はええんか」
「あれはダメだね。見る目無いわ。あたしが好きな選手言っても知らないとか抜かしたから」
「あ、そう」
「おいおい、そこは誰が好きなのって聞くところっしょ。陰キャか?」
「うっせえな。見て分かること聞くなっての」
「なんだ。全然喋れるじゃん。中二病か」
俺の数少ない属性を悉く究明しやがって。
癪だ。顔に悪気が無いのがまた。
「……で、誰が好きなんすか。教えてください」
「そんな興味無さそうに聞くなよなー。あのね。あたし、ストイチコフが好きなんよ」
「フリスト・ストイチコフ? また古い選手やな。そりゃ知らん奴もおるやろ」
「えっ、知ってんの!」
オーバーすぎるリアクションだが、純粋に驚いている様子だった。そりゃそうか。いかにも興味無さそうな顔してるしな。別に俺も詳しくないけど。
フリスト・ストイチコフとは元ブルガリア代表の攻撃的プレーヤーである。名門バルセロナで活躍し、ワールドカップで得点王を獲得した実績もある90年代を代表する選手だ。晩年は日本でもプレーしている。すぐ帰ったけど。
スピードと技術を兼ね備えた、華のあるレフティーであった。FKも上手い。性格はやや難ありだが。
東欧を代表する名選手であることに違いはない。俺も好きな選手だし、参考にしている。していた。
「ええよなストイチコフ。緩急の付け方が抜群やったな」
「そうそうっ! 一人だけ違うところで試合してるっていうか、そんな感じだよね!」
なんだこのマニアは。なんで俺はJKと90年代の選手の良さを語り合ってるんだ。怖すぎるこの状況。
「あとね、ベタだけどカッサーノとか、カントナとか好きだよ」
「テクニシャンっつうか問題児ばっかやんけ」
「あははっ。それは言えてるっ。いやぁ、でも田中が知ってるとは思わなかったわ。意外と詳しいの?」
「普通やろ。真面目に勉強してれば誰でも知っとるわ」
「やっぱ経験者なんだね。確かに脚もしっかりしてるし、意外と体格も……」
マジマジと俺の身体を凝視してくる。
やめて。そんな物色するような目で見ないで。
少し喋り過ぎた。こういう知識は披露したくないものだが。どうにも彼女と話しているとペースが狂う。長瀬とはまた違ったタイプの面倒臭さだ。
「田中、一人で来たの?」
「あそこに女おるやろ。アイツ」
「なーんだ。彼女持ちか」
「馬鹿言うな。あんなんと付き合ったら口が100個あっても足りねえよ」
「えぇー」
なんか引かれた。
間違ったこと言ってないし、うん。
長瀬の評価とかどうでもいいし。はい。
「なんか田中、面白いね」
「元の評価が低いからそう思うんだよ。俺は今やっとスタートラインに立っとんの」
「あははっ! なにそれ、ヤバいね田中っ! あたしそういうの好きだよ」
そして無駄に気に入られる。
面白いこと一切言ってないんだけど。
自分と周囲に対して悪口言っているだけで気に入られるのなら、俺はもう二度とポジティブな言葉を発しない勢いだ。全方位射撃や。みんな死ね。
「いいわ田中。気に入った。超気に入ったわ。友達なろ」
「やだよ。お前超パリピじゃん。無理ムリそういうの」
「んなことないってっ! ほら試合終わったよ。行こーぜ相棒っ!」
勝手に相棒にされても困るんですけど、あの。
「あ、プレーがショボかったら速攻ゼッコウだかんね」
「秒で友達のハードル変わっとるやん」
「いーからいーからっ!」
大きめの溜め息を引き連れ、白線を越えコートのなかへ。
試合。そう、試合か。
分かってはいた。
それが着々と近付いているのは。
彼女との会話で気を紛らわせている部分もきっとあったのだろう。それくらいこの一歩は俺にとって大きいのだ。
でも何故だ。少しだけ。いや、これまで味わったことのない高揚が、俺を襲ってくる。人工芝の乾いた匂いがそうさせるのか。それとも彼女の自信ありげな表情がそう思わせるのか。
「で、田中は誰が好きなの?」
「あー、うん。そうだな。廣瀬陽翔とか」
「え、誰それ」
「俺の名前」
「ほーん…………え、田中は!?」
「知らん。誰やそれ」
「偽名!?」
使い古された左脚が、歓喜と不安で震えている。
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