8. たなかです
土曜日。比較的蒸し暑いが、真っ当に生活していれば特に問題は無い模範的な梅雨入り前。
運動着そのものがあんまり無かったので、薄っぺらいシャツ一枚と雑な短パンという格好で改札に佇んでいる。
周囲を見渡せば、声の大きい学生グループに幸せそうな家族連れ。いずれにも属さない俺は、どういう存在なのだろうか。ただのぼっちか。そうか。
「ハルトー!」
改札を潜り、手を振りながらこちらに駆け寄って来る美少女、長瀬愛莉。
待ち合わせする相手がいる。
素晴らしいことだ。
相手が相手なだけになんともアレだが。
「めっちゃ早いじゃん、どんくらい待った?」
「来たばっか」
「いや、嘘ね。なんてったって、この私と二人で出掛けるんだから。浮かれない方がおかしいわ。うんうん」
「人の主張クソほども信じんなおまえ」
「で、何時間待ったの?」
「話聞けや」
女子高生らしさの欠片も無い、青色のサッカーチームのユニフォームで現れた長瀬。デートと呼ぶには、相応しくないだろうか。どっちもそんなこと思っていないから、余計な心配だろうけど。
駅の階段を降りて数分ほど住宅街を歩くと、線路と隣接するフットサルコートが見えてくる。
周囲に人の影は少ない。利用者が固定されている、知る人ぞ知る場所なのだろう。俺だってわざわざこっちにまで来て利用することになるとは思わなかったけど。帰りて。
「あの、予約とかしてないんですけど、今から入れるところありますか?」
「今からですか? 上級者向けのコートしか空いてませんけど、そちらなら」
「じゃあ、それでお願いします」
建物に入るや否や、慣れた様子で受付と会話を済ます長瀬。何度も利用しているのだろう。
さも当然のように上級者向けに混ざろうとする辺り、よほど自信があるのか、単に馬鹿なのか。
「ハルトも着替えいらないよね?」
「すぐ始まる感じか」
「そんな掛からないわよ。こっちこっち」
言われるがままに長瀬に着いて行く。いくつかのコートの合間を通り抜け、一番奥まで辿り着いた。
ネットを潜ると、既に参加者が何人か集まってボールを蹴ったり、準備運動をしたり、雑談を交わしたりと自由に過ごしている。
あ、どうしよう。
コイツらとお喋りせにゃいけないのか。
辛い。人見知り全開すぎてヤバイ。
「こうやって、適当に集まった人たちで一緒にプレーするの。個サルって言うんだけどね」
「個人フットサル、ね。はいはい」
「適当に身体伸ばしながら、ボール蹴りましょ」
「……え、お前とアップすんのかよ」
「なにが不満だってのよっ! 知り合い居ないんだから、付き合いなさいよ!」
頻繁に顔出してる割に、そういう間柄はおらんのか。まぁコイツも陰キャだしそんなもんかね。
コート内の視線は、先ほどから一貫して長瀬に集中している。そりゃそうだ。メンバーのほとんどは男だし、加えてあの、あの長瀬である。
顔立ちもさることながら、並の女性には手の届かない巨乳とスタイルを持ち合わせているわけだから、視線が集まるのも当然の話だ。
優越感覚えないのかって。
だって、長瀬だろ。
長瀬だけど、長瀬じゃん。うん。
(……重いな)
渡されたボールを足元でなんとなくこねくり回す。重量感があるな。それがボールのせいか、近頃の運動不足のせいかは分からないけれども。
軽い素材のトレーニングシューズから感覚がわざとらしいほど伝わって来る。水が肩から腕に掛けて伝うような、よく分からないむず痒さ。
「やっぱ良いパス出すね、ハルト」
「こんなんで分かるもんかよ」
「まっ、私も見る目はある方だし? 比奈ちゃんと練習したときもほとんどパスミス無かったしね」
「あんな弱いパスで失敗するかよ」
「あら、自信満々?」
あながち間違った話でも無い。
それ以上は、あまり口が進まないが。
コートを縦に分断してパス交換していると、担当が入って来てホイッスルを鳴らす。それを合図に20人ほどの参加者がコート中央に集合した。浮いてるな。俺もだけど、特に長瀬。
「では、4時の部を始めます。今日は20人いっぱいに集まったので、5人4チームで分けます。皆さん円になって、順番に数字お願いします」
グループ分けするときによくあるやつだ。で、俺と被った奴はだいたい「うわー、廣瀬かよ」とか言ってる。やなこと思い出した。死にて。
「あっ」
「どした」
「隣に並んだら同じチームになれないっ!」
「馬鹿かよ」
気付いてたけど。
長瀬は3番、俺は4番のチームに入った。まずは1番と2番のチームで試合、他はコートサイドで見学だ。
早速、彼女はチームメイトに囲まれ声を掛けられている。あからさまに困った様子だ。助けを求めるような視線が飛んできたような気もするが、まぁ、気のせいだろ。自業自得。
一方の俺はというと、完全に乗り遅れた。チームで固まって自己紹介を初めている。誰も誘ってくれなかった。悲しすぎるだろ。
しかし、みんなしてなんかチャラいな。
髪が自然科学じゃあり得ない色してる。逆に没個性。
「あ、あたし?
「女の子なのに上級のコートとか凄いねー。どっかチームとか入ってるの?」
「そんな感じかなー」
中心にいたのは、女性のメンバーだった。
長瀬以外にもいたのか。気付かなかった。
金澤と名乗った彼女は、男性陣に囲まれるとその小柄さが一層際立つ。倉畑よりは高いけど。
艶やかなショートの金髪は、染髪の荒さを一切感じさせず天然由来のものであることが窺い知れる。やや釣り気味の大きな瞳は長瀬と同様、表情にどこか外国人のような深みを感じさせた。
スタイルも良い。ただ、胸は小さいな。
あれが女子高生の平均だろう。
長瀬がおかしいのだ。露骨に。
「ねーねー、キミも同じチームっしょ? 名前なんて言うの?」
「…………え、俺?」
「そーだよっ! ダメだよ仲良くしないと、アウトロー気取ってもモテねーぞっ」
話し掛けられる。初対面の人間に向かって堂々とモテないとか言わんといてほしい。知ってるけど。
男に囲まれてあたふたしている長瀬とはエライ違いだ。声を掛けるのに躊躇いが全く無い。言うならば真性の陽キャ。ビッチかな。ビッチだな。間違いない。
「……たなかです」
「田中ねっ、覚えた! よろしくなっ!」
強引に手を掴まれ握手させられる。
腕、メッチャ白いな。
一瞬で離され、元いた男たちの中に割って入って行く。偉いモンだ。俺みたいな陰キャの相手まで。
その姿に「私が相手してやってるんだぞ」的な長瀬流ナチュラル見下し要素は微塵も感じない。同じ美少女でもこうも系統が違うものか。人間って不思議。ごめん嘘ついて。田中って誰だよ。
「じゃ、10分1本で回してくんで、お願いしまーす」
コート担当の一言と共にホイッスルが鳴り響き、最初の試合が始める。
あんまり試合は観たくないけど。
まぁ、やることないし。
結局一人ぼっちだし。しょうがない。
座っていないと、動きたくもないのに身体が疼いて仕方ない。誰か助けてくれ。
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