美少女に恐喝されてフットサル部入ったけど、正直もう辞めたい

7. シンプルに殺す

　倉畑比奈への初心者講座は、下校時間を告げるチャイムを合図に終了。

　彼女らはともかく、なんかあったときに困るからと半ば強引にSNSアプリで連絡先を交換させられる。

　この街に来てから、俺の連絡先には両親と大家以外に宛先が存在しない。あと近場の店のクーポン。

　多少なりともワクワクさせられる一場面であったが、その後特に「遊びに行こう！」とかなんもなく解散したため、抱いた仄かな期待はいとも簡単に投げ捨てられたのであった。

　帰宅した俺を待っているのは、誰も居ない空っぽの部屋。春からこの街に引っ越してきた俺は、学校から原付で20分ほど離れた賃貸アパートで暮らしている。

　高校生で一人暮らし、と言うと憧れの目線をぶつけられるのが定番に思われるが、そんなに楽なものではないし、そもそも「いいねー」とか言ってくれる友達がいない。

　冷蔵庫、ユニットバスが付いたワンルーム。大家の老紳士は父と懇意であり、その誼で紹介して貰った。管理費込みで家賃は3万円。生活費含め、すべて仕送りで賄っている。

　引っ越してきた頃はコンビニでバイトもしていたが、店長と合わなくてすぐに辞めてしまった。今は大家さんの親戚の中学生が家庭教師を探していたとかで、それで小銭を稼いでいる。

　大した金額ではないが、それなりに贅沢が出来る程度のお金は貯まっているので苦には思わない。

　お前に勉強なんか教えれるのかって。そりゃ余計な心配だ。なんせ英語だけだからな。喋れるし。

「長瀬や」

　風呂から上がりコンビニで買った弁当でも食べようかと冷蔵庫を開けると、近くで電話が鳴った。誰かと通話とかいつ以来だろう。面倒くせえな。

「あいよ」

『あ、ハルト。明日ってひま？』

「忙しい。じゃあな」

　通話終了。

　土日はいつも暇で仕方ない。今週も動画サイトで音楽でも聴きながら惰眠を貪るとするか。

「…………」

「…………もしもし」

『シンプルに殺す』

　それはもう脅迫ですよ長瀬さん。

「んやねん。忙しい言うたやろ」

『世間じゃそういうの暇人って言うのよばーか』

「……で、なんの用だよ？」

『ハルト、私の実力見てみたくない？』

　いきなりなにを言い出すのかと思ったら。

　確かに、まぁ、気になるところではあるが。

　今日は倉畑の練習に付き合うだけで本気でプレーする姿を見ることは出来なかったが、それなりの実力は兼ね備えていると推測されるこの長瀬愛莉。

　不意の一撃とはいえ、男子高校生を軽く気絶させるだけの威力あるキックを持っているのだ。実態がどんなものか、多少なりとも興味はある。

『学校の最寄り駅の近くにフットサルコートがあるんだけど、行ってみない？ 結構コート沢山あるから、飛び入りでも余裕で入れるし』

「あれか。遠目にしか見たことなかったけど、結構広いよな」

『そうそう。ハルトのプレーも見てみたいし、まずはチームメイトの実力も把握しないとね』

「俺もやんの？」

『当たり前でしょ。てなわけで、明日午後4時にそこ集合ね。じゃ、おやすみ』

「え、ちょ、待て待て待っ」

　切れた。

　え、なに。明日の予定が勝手に埋まったんだけど。俺の土曜日を何だと思ってるのコイツ。自分が中心で世界が回っているとでも。太陽かよ。

「……めんどくせー……」

　純粋に嫌なのだ。

　出来ることなら、今日くらいのペースで倉畑が上達するのを見届け。長瀬もそれに乗じてゆったりとした感じで部活としてやっていく。この程度の緩やかな進行が理想だったというのに。

　ホントに辛い。出来ることならもう一度連絡して、ちゃんと断りたい。断りたい、けど。

（ホンマ、根っこは変わらんっつうこった）

　思考もろとも投げ捨てるように、身体ごとベッドに倒れ込む。嫌悪と同じくらい沸き上がるこの感情は、極めて純粋な好奇心。

　あくまでも予感だが、長瀬愛莉というプレーヤーは俺が想像するよりもずっと「エライところ」にいるような気がしてならない。

　その可能性を信じている自分が事実ここにいるし、なによりも一緒にプレーしてみたいと、どうしても考えてしまうのである。

　悪い癖だ。自分が一番だと信じ込んでいる癖に、もっと凄いものと出会いたい。

　それが廣瀬陽翔というプレーヤーの原動力であり、今現在の最たるネック。

　逃れられない。

　なんのためにこの街へ単身引っ越してきたのか、いよいよ分からない。全てを諦めるために。距離を置くために。忘れるために、ここに来たのに。

　それでも長瀬愛莉という人間と出会い、フットサル部を作ろうなんぞ突飛な行動に乗っかり。

　今こうして「まぁいいか」なんて思っているのだから、もうどうしようもなかった。

　傷つきたくないから、ここにいるのに。

　古傷を抉ることくらい、分かっているのに。

　変わらない。変わりたいのに、変われない。馬鹿で愚かな自分。ただでさえ嫌いなのに、いよいよ愛想も底を突く。

　掘り尽くされて、地中に埋もれるのも時間の問題。とっくの昔に沈んでいると言えば、それもまたその通りではあった。

「んっ」

　再びSNSアプリの着信音が鳴り響く。

　ディスプレイに表示されたのは、倉畑？

『もしもし廣瀬くん？ 夜遅くにごめんね』

「構へんけど……どしたん急に」

　同じクラスメート女子が相手だというのに、この妙な緊張と安心感はいったいなんなのだろう。だいたい長瀬が悪い。そうだきっとそうだ。相対的に倉畑の評価が上がる謎のシステム。

「フットサル部、やっぱ嫌になったか」

『ううん、逆だよ逆。もっとしっかり勉強したいなあって』

「おー。真面目なこった」

『愛莉ちゃんが言ってたでしょ。ちゃんとした靴と練習着があるともっと捗るって』

「そりゃまぁ、服はともかく、靴はしっかりしたの持っとった方がええな」

　体操着で練習して貰うのが個人的に嬉しかったりするんだけれども、言わないでおこう。

　長瀬の言う通り、本格的にプレーするならスパイクは大切だ。フットサルならいつか室内でもプレーするだろうし、二足分は欲しい。

　スパイクとか練習着とか、全部置いてきたな。

　買い直すのも嫌だなあ。枷が多過ぎて、もう。

『わたしそういうのよく分からないから……廣瀬くん、選ぶの手伝ってくれないかなって』

「長瀬でええやんけ」

『愛莉ちゃん、明日は用事があって日曜はバイトなんだって。えっと、もしかして忙しい？』

「…………いや、日曜なら暇やけど」

　なぜ長瀬のときと同じように妄言を繰り出せなかったのかというと、良心の呵責であった。

『じゃあ日曜日、お買い物手伝ってくれるかな』

「家どこやっけ。近い方がええやろ」

『最寄りが上大塚駅なんだけど、大丈夫？』

「あー、用品店あったっけ。じゃあそこにすっか。改札で待ち合わせな。時間は？」

『お昼過ぎとかかな。一時にしよっか』

「あいよ。じゃ日曜な」

『うんっ、よろしくね。おやすみなさい』

　電話を終え、スマートフォンを適当に毛布へブン投げる。

　なんか。うん。

　あれ？

　すごい、こう、普通に会う約束を取り付けてしまったけど、ちょっと待って。

「…………土日の予定が埋まった……？」

　なにが起こった。

　まさか、今まで休日に誰かと遊んだことなどロクに無かった俺が。僅か二日と数分の合間に、女の子、それも両日違う子と、理由があるとはいえ二人で外出？

「……えぇ？ うん？ あれ？」

　なにが起こっているんだ。コワイ。