徐々に仲間を増やしながら伏線を散りばめる章
3. インポッシブルミッション的な、こう、なにか
「と、いうわけで作戦会議なんだけど」
「なぜ居場所を知っている」
昨日の今日という言葉の具体例として広辞苑に載せるべきだ。ついでに「エキセントリック」という意味も「長瀬愛莉」で統一するべきだと全国に訴えたい。
相も変わらず四限の授業をサボり、まだ誰もいない中庭のベンチで一足早い昼食を取っていた。
程良い太陽の光と無駄に高い木々のおかげで醸し出された穏やかな時間は、彼女の登場により一気にぶち壊しである。
「お昼っていつもここなの?」
「質問に答えろ」
「いや、普通に校舎から見えたし。で、なに? まさか昨日のアレ断るとか言わないわよねっ?」
何処からどう見ても脅しでしか無いわけだが、学校一の美少女と名高い彼女と俺ではあまりに分が悪い。昼休みが始まった今、誰も来ないわけでもないし静かにしていよう。
「いや、もうそれはええわ……暇なんは事実だし」
「ほーら、やっぱりそうじゃない。ゲーセンで時間潰すより、私と一緒にいた方がずっと有意義でしょ? ねぇ、そう思うでしょ?」
「だからその自信はどっから来るんだよ」
「容姿」
なんの臆面もなく言い放つのだからもはや抵抗する気にもならなかった。認めるけど、釈然としねえ。
すぐ横にちょこんと座った彼女は、いただきまーす、と無駄に女の子らしい声と仕草で手作りと思われるお弁当を頬ばる。
それを横目にコンビニで買ったスナックパンを貪る俺。釣り合いが取れない。見えない壁がある。
「何だかんだ抵抗はしないのね」
「意地でも一人がええわけでもねえし……好きにせえよ」
「なんか、あれだね。ハルトも私に似てるってわけじゃないけど、性格がコロコロ変わるっていうか」
「諦めが付いただけや」
昨日あれほどボロクソに言っておいてなんだけれども、長瀬愛莉という人間に対して、俺からの評価はそこまで低いわけではない。
容姿だけならこの高校で敵う者はそういないだろうし、そんな美少女と昼食を共に出来るというのならそこまで悪い気もしなかった。元々期待値がなまじ高かっただけに、絶賛急降下中だけど。
「それ、自分で作ったん」
「うん。その方が安上がりだし」
「貧乏なんやな」
「言い方ってモン無いかなァッ!?」
俺にそんな気遣いを求めるな。唯一のアイデンティティーだ。意地でも謝らねえ。
「あ、そーだ。ちょっと見て貰いたいものがあるんだけど」
彼女は持って来ていた学生鞄をゴソゴソと漁り出し、何やらぺラいA4サイズの紙を取り出した。
「なんこれ」
「フットサル部作るってなるなら、やっぱり人を集めなければいけないわけでしょ」
「あ、はい。その話ですか」
「そんなわけで、チラシを作ってきたの。感想ちょうだいよ」
手渡された、というか無理やり押し付けられる。大事なチラシだろ。もっと丁重に扱えよ。あと俺への態度も改めろ。
「…………え、なにこれ」
「どうっ? 中々の力作でしょっ!」
え、待って。理解が追い付かない。
渡されたその紙には「部員募集!」という文字が一番上にデカデカと掲げられ、その下には……棒人間のような形をした何か。
正確に言うと、棒なのに手は丸く靴のような物を履いている。靴なのかどうかすら怪しいが。
で、多分ボール状の物を蹴っている様子なのだろうが……なんというか、上手く表現できないのだが、足を突き出して両手を上に向け「お手上げだ」みたいな格好をしている。
芸術は爆発だと誰かは言うが、これに関しては爆発そのものというか、その、生きる核か貴様。
「……まさかとは思うんですけど、これで部員でも集めるつもりなのか?」
「そりゃ当然っ」
斜め上を見上げ悦に浸る、典型的ながら美しいドヤ顔であった。
あぁ、駄目だ。
クールビューティーとか噂も良いところだった。
ただの残念な子だこの人。
僅かな期待を胸にもう一度見返してみるのだが、まず文字と絵、それ以外の情報が全く見当たらない。何の部活なのかすら分からない。
「これ、なんの部活か分からないだろ……」
「そう? でもほら、ボール蹴ってて、ユニフォームも着てるし」
それを誰かが理解してくれるのなら良い広告だろうな。のび太くんの打率より低い確率だろうけど。
まさか、この棒人間の周りを囲うように塗られた赤いラインがユニフォームだとでも言うのか。
そんなはずはない。だってこれは、ただの囲いだ。人の周りを四角で象った何かではないのか。なんでこれをユニフォームだと言い張ることが出来るのか。分からない。何も分からない。
「……実に前衛的で、興味深いデザインだと思います。はい」
「……目が死んでるんだけど?」
「気のせいや。まぁ、その、なんだ。それを精査して、もっかい作り直そう。なっ」
「え、あ、うん。分かった」
蜂は蜂の巣に。熊は森のなかに。犯罪者は刑務所に。性器は下着に収まっているだろう。そういう類の話なのだ、これは。
「………うん、分かった。せやな。協力しよう。フットサル部。俺も手伝う」
「あ、やっとヤル気になってくれた? 最初っからそうやって素直にしてればいいのよっ」
満足そうにほくほくの笑みを浮かべるのだが、その、違う。そういうのじゃない。
なんというか、危機感だ。
彼女の本来の姿が、この部活作りという行程で全世界に曝け出されてしまうのだとしたら。
それはもうこの高校のみならず、地域一帯を更地にしてしまうような。インポッシブルミッション的な、こう、なにかを受信したのだ。全力で保護しないと地球が危ない。
(いや、でも。うん。フットサル、か)
これが「セパタクロー部作ろう」とか「ペタンクで全国狙おう」とかそんなんだったらまだマシだったのだ。
ひたすらにフットサルという競技。
この`しみったれた脚`をどう足掻いても使わざるを得ないという状況に、酷く参っていた。
出来るなら、ペタンクが良かった。本当に。知らないなら調べてほしい。フランス発祥の球技なんだけど、マジでクソつまらないから。
「じゃ早速なんだけど、ハルトにも部員の勧誘手伝ってほしいわけ」
「いや、期待するなよホント。俺、友達おらんもん」
「なに自慢げに言ってるのよ…………まぁ大して期待してないけどさ」
お前だけには言われくなかった。
「あ、お昼終わりそ。じゃあまた放課後、テニスコートで作戦会議ね。一人くらい勧誘しなさいよ?」
「……ほどほどに頑張るわ」
「はいはいっ。あ、五限ちゃんと受けなさいよね。そろそろチクるから。ていうかもうチクッた」
「え、なにしてくれてんのお前」
予鈴のチャイムが鳴り響くや否や、彼女はさっさと荷物を纏め教室へと戻ってしまった。
酷い。酷過ぎる。いくら俺が真面目に授業を受けない頭空っぽ人間だからといって、会って早々にお前。
「…………はぁー、だる」
長瀬への極個人的な不満なのか。それともこれから起こり得る「必然的な不満」なのか。
溜め息の正体はついぞ分からないまま、大して美味くもないメロンパンを頬張り肩を落とした。
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