4. リビングに土足で上がってブレイクダンス躍ってる
廣瀬陽翔。友達がいない。
二年の春という、まぁまぁグループの固まった時期に転校してきたことが悪いのか。
無駄に高い身長を覆い隠す猫背。ぼさぼさの髪の毛。普通にしてるのに「なに怒ってんの?」とか言われる目つきが悪いのか。
はたまたやる気の無い態度と、ロクに言葉を発しない元来のコミュ障が原因なのか。
理由はハッキリとしないところであるが、それぞれを上手いこと掛け合わせた結果、友達がいない。
幼稚園児ならともかく、小学生の頃からこんな調子でそのまま高校まで来てしまったのだからいよいよ笑えなかった。
別に俺は「一人が好きなんだ、ほっといてくれ」とか言っているわけでもないし、一人が好きなわけでも無い。
ただそれ以上に、群れるのも嫌いで。世間ではそれを中二病と呼ぶのだが、やはり自分でもそう思っている。もう変えれへんこの性格。誰か助けて。
(つまらん)
長瀬の忠告を受けて超久々に授業を全て真面目に聞いてみたはものの、やはり退屈で仕方が無い。
まぁ、やる気は無かった。
やろうと思えばなんでも出来る気はするが、するつもりはないし、多分。根拠の無い自信に満ち溢れた、極めて普通の男子高校生。
(友達欲しいわ)
これに関しては結構本気だった。
喋るのは好きではないが嫌いでも無い。他愛もない会話をする相手くらい、中二病でも欲しいのだ。
故に長瀬のような人間と俺が交友を持ったというのは、ここ数年のなかで結構なビッグイベントだった。普通に嬉しかった。
顔に出さないけど。嬉しそうな顔しても「ごめんね怒らせて」とか言われる。泣きたい。
今の自分をどうにかしたい気持ちは、無いことも無いのだけれど。特に行動に移そうとか、そういうやる気は一切無い。
それが俺、
「廣瀬くん、お仕事だって」
ところで、友達は居ないが会話相手が一人だけいる。
俺が授業どころかHRにも出ていなかった頃、クラスの様々な委員を決める時間があって、気付いたら俺は体育委員にされていたばかりか、教科係なるものに任命されていた。
ザックリ説明すると、先生の授業の準備を手伝うという、言うならば雑用である。で、英語の教科係に俺と共に任命されたのがたったいま俺に声を掛けて来た。
「もしかして、また寝てた?」
「いや、意識を遠くに飛ばしてただけ」
「それ、寝てるっていうんだよ。もうっ、たまに授業来たと思ったら、そんなのばっかなんだから」
呆れたように笑う、黒縁メガネを掛けた、ショートカットの小柄なクラスメイト。
学級委員も務めている彼女は、なにかと理由を付けて不真面目な俺に授業を受けさせようと声を掛けてくる。悉く裏切っているわけだが。
クラスの中心という彼女の立場、そして同じ教科係という関係もあり、この学校に転校してきてからは最も会話の頻度が多い人物であった。
顔は、可愛いと思う。
積極的な性格ではないが、お淑やかでいかにも「女の子」というタイプ。しかし、彼女が俺に話し掛けて来るのはあくまで立場上の理由。俺にからしても倉畑比奈はそれ以上でも、それ以下の存在でも無かった。
「小テスト集めて、職員室まで持って来てほしいんだって」
「いや、そんなん一人で十分やろ。俺、帰りたいんだけど」
「だーめっ! こういうところで頑張らないと、本当に卒業出来なくなっちゃうよ?」
「んなこと言われても……ていうか、小テストってなに?」
「もー、やっぱり寝てた……」
起きながら目ェ瞑ってただけや。
ホンマに。嘘じゃない。嘘だけど。
コミュニケーションと呼べるの代物かは怪しいが、一応彼女のおかげで「無言のまま一日を過ごす」という事態だけは回避出来ているというわけだ。
世話する義理も無いだろうに、よく気を遣ってくれるものである。一度くらい彼女の期待に応えてあげたいところなのだけれども。まぁやる気は無い。例の如く。
「本当に単位とか大丈夫なの? わたし、これでも結構心配してるんだよ」
「試験が100%なんだろ。なら大丈夫だって」
「だから心配してるのになあ」
廊下で紡がれる他愛もない会話は、実に新鮮である。ほぼ惰性だけど。
俺が授業を真面目に受けない理由は、まさにそこであった。単位制の私立高校故か、偏差値の低さ故か、出席率をあまり問われない。
流石に一度も授業を受けないというのは問題があるだろうが、基本的に「放任主義」というか。
ロクに机へ向かわない俺を誰もが一度は諭すのだが、こうも徹底していると誰も気を遣わなくなる。
頑張る奴は応援するが、頑張らない奴は放っておく。そういうスタンスなのだ。だからここへ来た。
「失礼しましたー」
「うーっす」
「ありがとね、廣瀬くん。プリント持ってくれて」
「別にええて。なんの労力も使わんし」
「でも、何だかんだいっつも仕事は付き合ってくれるし、実は結構マメなの?」
「暇つぶし」
「あははっ。言うと思った」
俺のしょうもない答えに形だけでも笑ってくれる倉畑は、本当に出来た子だと思う。
実際のところ、こうしたやり取りに少なからず居心地の良さを覚えている自分もそこにいる。長瀬との会話の応酬を思い出すと、余計にそう感じる。
容姿端麗で、真面目な倉畑のことだ。
きっとお似合いの彼氏がいることだろう。
だとしても、それはもう仕方ないことである。今以上の関係など求めない。これくらいの距離感、頻度で会話を紡ぐ程度が、俺にはお似合いだ。
「あ、そうだ廣瀬くん。お昼休み、愛莉ちゃんと中庭で一緒にご飯食べてなかった?」
あ、え、ちょっと待って。
タイム。ストップ。
「エッ…………あ、はい。まぁ、その、はい」
「……どうかしたの?」
「いや、見られていたのか、と」
「だって愛莉ちゃん「これからハルトのところ行ってくる」って、わざわざわたしに言ってきたよ? 仲良かったんだね。知らなかった」
それに関しては俺も知らない。
仲が良かった時期とか。
マジで知らん。記憶にございません。
「……倉畑、長瀬と仲良いのか?」
「クラスで一番お話ししてると思うよ。ほとんど愛莉ちゃんの方からだけど」
知らなかった。まぁクラスにほとんど顔を出さない俺がその辺りの事情など知る筈もないが。
しかし意外な共通点だ。倉畑と長瀬…………会話、成立しているのだろうか。それともあれか? 餌付けする側とされる側の関係なのか?
「愛莉ちゃん、他の子とはあんまりだけど、わたしにはいろいろ話してくれるの。わたしもあんまり友達、多くないし」
「ほーん…………シンパシー感じたんかな」
「あっ。それちょっと失礼かもっ」
「別に倉畑がぼっちとかそういう意味じゃ」
「あーっ。言っちゃったね廣瀬くん、そういうところばっか正直なんだから」
少し拗ねたような態度を取るが、すぐに機嫌を直し微笑む倉畑。一見あざとさ全開だが、そう思わせない辺り根の良さが分かるというか。
なるほど、少し分かったかもしれない。コミュ障の長瀬と、スルースキルの高い倉畑。これは良いコンビだ。
「あのね廣瀬くん。愛莉ちゃん、普段はちょっとクールな感じだけど、本当はとっても寂しがり屋なんだよ。あんまり酷いこと言っちゃダメだからね?」
「実に信じ難い話だが善処はしよう」
彼女はどこまで倉畑にあの本性を見せているのだろう。なにが寂しがり屋だ。今んところウチのリビングに土足で上がってブレイクダンス躍ってる勢いだぞ。
(…………そうか)
じゃあ、なんの問題も無いんじゃないか。俺とも長瀬とも、ある程度の交友があって、うん。適任だな。よし。
「なぁ、倉畑」
「ん、なにっ?」
「部活やろ」
「――――へっ?」
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