2. 陰キャだ


 後で裁判沙汰とかになっても困るので、一字一句漏らさず丁寧に説明したい。



 五月下旬、天気は晴れのち曇り。


 たまには気分でも変えて、真面目に受けてみるか。と思った授業が案の定クソほどつまらなかったので。


 今日も図書館やら中庭やら屋上やらパソコン演習室やら色々と回って暇を潰していた俺こと廣瀬陽翔ヒロセハルト


 五限も終わりさぁ帰ろうと教室に戻る途中。顔も名前も知らない体育委員長なる人物に捕まり「いい加減に仕事しろ」とお説教を食らい、泣く泣く箒片手に新館の掃除に出向いた。というのが本日の大まかな流れである。



 新館、とは教室がある本校舎と渡り廊下で繋がっているここ私立、山嵜ヤマサキ高校が誇るまぁまぁ規模のデカい建物である。


 体育館を筆頭に、主に運動部の住処となっている場所だ。各場所を次々と回り、適当に箒をブン投げて遊んだ俺はだいぶ満足していたのでさっさと切り上げて帰ろうとしたのだが。


 体育館の入り口脇には、ソファーがある。

 何故か。無駄に。


 恐らく、生徒達が昼食時などに利用できるオープンスペースと思われる。せっかくなので身体を休めようとそちらに向かうと、そのすぐ近くに扉があることに気付いた。


 ガラス張りの壁に大きなカーテンが掛かっていることから、外に繋がっていることはほぼ間違いない。だが、この高校にやって来てから日の浅い俺は、その先に何があるのかを知らなかった。



 なんの不思議なことも無い。興味本位の行動である。扉を開けたら、もの凄い勢いでボールが飛んできて、顔面に直撃して。


 そのままブッ倒れて意識を失い、目を開けたら美少女が土下座していて。気付いたらフットサル部に勧誘されていた。


 ごめん。嘘を吐いた。どこが丁寧な説明なのだろう。なんなら俺が教えて欲しい。ちゃんと。



「…………黙ったままだけど、どうしたの?」

「あ、いや。ちょっと一日の流れを確認しようと」

「うん……?」



 無理やり納得させたところで、次は説得だ。こちら側の主張はハッキリと述べなければならない。


 このままだと彼女の口車に乗せられたまま、とんでもないことになりそうな、そんな気がしたのだ。



「えーっと、そのですね。何故、フットサル部なのかな、と」

「それなら男女一緒で出来るでしょ? 良いわよね、はい、けって――――」

「お断りします」

「エッ!? ナンデッッ!?」


 ナンデって。


 嫌なんだからしょうがないだろ。

 フットサルなんて。



「暇なんでしょっ!? ならいいじゃないっ!」

「んなことないで。結構忙しいし」

「なに、バイトとか?」

「いや、帰って腐るほど寝る予定が」

「…………………………へー」

「あ、いや、暇。超ヒマ。ウルトラ暇」


 小動物なら躊躇いなく殺せるくらいの冷えた目ェしてるコイツ。仮にも女だろお前。


 女子の割には背が高いというか。普通に今こうして立っているだけでも結構怖いというか。よく分からない威圧感がある。


 

 長瀬愛莉。山嵜高校一の有名人である。


 人目を惹く栗色のロングヘアーに釣り気味の大きな瞳。筋の通った美しい鼻筋。割合としては可愛いと美人が6:4といったところか。


 どこか浮世絵離れした独特なオーラ、スラリと伸びたモデルのような背丈。男子の人気は勿論、女子からも渇望の眼差しを一身に浴びる存在。

 校内にまともな知り合いさえ居ない俺ですらここまで饒舌にさせるのだから相当である。


 あと、巨乳。めちゃめちゃデカい。

 もう動くたびにぷるぷる震えてる。

 コイツ、生きてるぞ。



「なら別に良いじゃない。結構体格ガッチリしてるし、向いてるかもよ。スポーツとか」

「はぁ……」

「ったく、何が嫌だってのよ!? この長瀬愛莉が誘ってるんだから、ここは素直に頭を下げてでもお願いするべきじゃないの!?」

「いやおまっ、さっきまでの女々しい態度どこ行ったん」


 そう、これだ。違和感の正体。


 見た限り聞いた限りの話だが、長瀬愛莉という美少女は「クールビューティー」とか「容姿端麗完璧才女」とか「高嶺の花」とか「この世の天使」とか。


 そういうイメージで語られることが多い人間らしいのだ。らしい、というのは大して興味が無かったからである。悪く思うな。



 時折教室に顔を出しても、彼女が友達と騒がしくお喋りをしているという印象は無い。一人でスマホを弄っているか、席の近い者と静かに会話している程度のものである。


 故に、ここまでの態度は極めて不可解な。軽率な土下座に始まり、意外にも軽いノリ。加えて清々しいまでのナルシズム発言。整合性が皆無というか、二重人格の類を疑う。



「お前、聞いとった話と全然キャラちゃうな」

「あー……まー、あれよ。私、人見知りだから」

「嘘つけって。初対面の相手に土下座する人見知りがおって堪るか」

「あれはもう防御本能って言うか……下手な真似したら〇されるかなって」

「俺をなんやと思ってんねん貴様」

「えっ? 授業出ないで校内ずっとふらふらしてるよく分かんないガチヤン……」

「シバくぞテメェ」

「ヒィッッ!!!!」


 あ、本気でビビってしまった。


 いっけね。顔だけはおっかないからあんまり睨むなってばっちゃん言ってた。うん。多分。



「あの、ボール当てたのはホント謝りますから、マジで勘弁してください……ッ!」

「いや冗談やって。謝るくらいならイキんなよ」

「うぐっ……っ!?」


 うん。なるほど。

 なんとなく分かってきた。


 本当はめちゃめちゃプライド高いっていうか、自信家ではあるんだろうな。


 でも根本が人見知りだから。

 実際の自分を周囲に曝け出せなくて。

 本音を吐き出す場所が無いというか。



 あ、そうか。



「陰キャだ。お前」

「はっ!? え、な、なにっ!?」

「無駄に顔とスタイルええから自信はあるけど、他になんの取り柄も無いから友達少ないんやろ。で、俺が同じようなタイプだと思った途端、急に上からになって、ちょっと怒ったらすぐ頭下げる。ほら、間違いないわ。お前、クソ陰キャやん」


「…………言わせておけばアンタねぇ……ッ!」



 あ。怒った。


 怒った顔は中々に凄みがあって雰囲気だけはあるのだけれど。それ以上に図星を指されたのか、顔が真っ赤であんまり怖くない。



「今のマーーージでキレたっ! 本当のホントにキレたからっ! アンタなんかに頼まないしッ! ふんだっ! 後悔しても遅いんだからッ!!」


「いや、ありがとうございますむしろ。あの長瀬さんがイキリ陰キャ呼ばわりされて顔真っ赤にして怒ったってことだけ知れて、感謝してます。今日はホンマにありがとうございました」


 追い討ち。


「………………ぅの……?」

「え、なんて?」



 なんか下向いてブツブツ言っている。

 ちょっと言い過ぎただろうか。

 まぁ金輪際関わることも無いだろうし……。



「……のこと、言うのっ…………?」

「声小っちゃくて聞こえへんわ陰キャ」


「誰かに今日のこと言うのかって聞いてんのよこの、クソDQNがッッ!!!!」



「…………えぇ」



 しょうもないこと気にしていた。


 世間体って大事だし。うん。

 でもちょっと引くわその必死さ。



「無理ッ! ダメだからッ! こんなこと広められたら、わたしもう生きてけないッ! アンタが「今日のことは絶対に喋りません」って言うまで、監視するからッ! 良いっ!? 分かった!?」

「いや言わんて。相手おらへんし」

「とにかくっ! アンタは私とフットサル部作るッ! 私のことは誰にも言わないっ! これを守って、初めてアンタにボール当てたことがトントンになるのっ! 分かるッ!?」


 分からないです。

 とんだ暴論です。



「明日、またこの時間にここ来なさいっ! ソファーのとこでもいいから! 来なかったらアンタに襲われたって先生に言って回るからッ!」

「はっ!? いや、それはシャレにならんてッ」

「嫌なら来る! 絶対よッ! とにかく、絶対なんだからっ!!!!」



 彼女はコートの脇にあった鞄を乱暴に拾うと、そのまま正門に繋がる通路目掛けて走り去って行ってしまった。



 取り残される俺。


 おかしい。何かがおかしい。いや、だって、最初オレって被害者だったよね? なんでものの数分で暴行犯扱いになってる? えっ? んんっ?



(フットサルて、いやいやいや)


 嫌なことを思い出さないよう、なるべく彼女のことを考えるようにはしているのだが。そうしようとすればするほど、事の理不尽さにどうしようも出来なかった無力な自分を恨むしか無かった。



「…………天使どころか悪魔も殺すわ、アイツ」



 地獄のような罵倒と脅し合い。

 それが長瀬愛莉との出逢いであった。 


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