10話 この可愛い生き物

「やっぱり」

思惟βは、呟いた。


昼過ぎ、『北の島』のメンバーは、エレベーターがあるであろう壁を、ドリルで壊そうと試みて見たが、壁は傷一つ着かなかった。


4人の思惟たちは、失望を隠さなかった。


「さて」

と璃琥(りく)は、口に出してみたものの、その後を何も思いつかなかった。


「仕方ないね」

思惟αの諦めの声に、4人の思惟はため息をついた。

思惟αを中心に、3人は座り込んだ。


今の問題点は自分が12人にいる事。

でも自分に寄り添う3人の思惟の体温は、とても心地よかった。


自分で言うのもなんだが、自分の中にある優しさは偽物ではない事は、自分自身が知っている。みんな、その優しさを心の中に持っているはずだ。

その信じられる優しさが、心強かった。



数秒の沈黙の後、思惟βが口を開いた。

「そもそも私たちって本当に12人なのかな?」

思惟αは、首を傾げた。

「夢、もしくは幻覚を見てるかも知れないって事?」

女将は、αの代わりに聞いた。


「そう、可能性として、そもそも12人になったと言う説より、何らかの要因で、幻覚を見ていると言う説が、現実的だと思うの」

「それは妖精のお姫さまも含めてって話?」

「そう、精神的に異常をきたした可能性、もしくは何らかの薬によって、幻覚を見ている可能性」

「でも私たち、薬何てここ何年服用なんてしてない」

「キノコなんかの食べ物。もしくは何らかのガス漏れの類いも考えられる」


璃琥は思惟αをつねると

「でもこうすると痛みはあるみたいだし」

「私で試さないでよ!」

璃琥は、思惟αの頬が気に入ったみたいで、離す様子は無かった。


女将も、なんか楽しそうなので、思惟αの頬を弄り始めた。


「痛みも含めての幻覚だとしたら、確かめようはないよね」

「うん、それはあるね」


思惟βも、なんか楽しそうなので思惟αを弄り始めた。


「ちょっと、なにこれ?なんでみんなで私を弄ってるの?おかしでしょう!

耳は止めて、耳は!」

「クローンって可能性はどうだろう?」


思惟βは、思惟αの鼻に指を突っ込みながら言った。

他人の鼻に指を入れるのは躊躇するが、自分と同じ姿、自分かも知れない存在、自分の延長の存在の様な、思惟αの鼻の穴に指を突っ込むことには躊躇は無かった。


「鼻もやめて!」

「クローン、それは無いわ。

だって12人になる前の記憶は同じな訳だし、あの裸族の子の曾おじいちゃんに対する思いは本物みたいだったし、1人だったのが、12人に分身したってのが、私は納得がいく」

「あっそう言えば」

璃琥は、他の3人の思惟を見つめた。


「何?」3人の思惟は同時に言った。


「ほくろの位置がみんな同じ、ほくろって遺伝子に因らない要素だろ、クローンでも同じ場所に、ほくろは着かないはず」

「ほう」3人の思惟は同時に感心した。


思惟αは、弄られたまま印を結び唱えた。

「それじゃやっぱ、分身の術?」


この可愛い生き物(思惟α)の意見が、今の時点でもっとも納得のいくものかも知れない。と思惟βは思った。そして、

「要するに地下にいる妖精は、地上のクローン技術以上の複写技術を持っているって事ね」


思惟αの意見を補足した。

「夢、もしくは幻覚でなければね」

女将は、思惟βの意見を補足した。



つづく



いつも読んで頂き、ありがとうございます(⁎˃ᴗ˂⁎)

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