9話 そこに私がいた。

「魂のままで、勝手に出歩くのは危険、早く戻って来て・・・」


その透き通った声は、深夜の渡り廊下に、風の様に響き渡った。

多分、さっきの妖精の姫さまの声だ。


「魂のままで?」


「リコンハキケン」


「離婚は危険?」


「そう離婚は危険、子どもたちの事も考えて、

一時の衝動で決断する事じゃないわ、・・・って違うわ!

なんで生娘のあなたが離婚なんてできるのよ!

離魂・・・肉体から魂が離れている状態」


「魂が離れてる状態?」


気持ちの良い風が吹く、旅館の渡り廊下で、思惟は立ち止まり、自分の状態を確認した。そう言えば、身体が軽い。

そして、さっきまであった疲労感が全くない。


別館の方から、バスタオルを巻いただけの、会璃(あいり)が、慌てて駆けつけて来た。この世の者とは思えない美しさだ。


「あの・・・いくら深夜だからって、そんな恰好で旅館をうろつくのは、ちょっと・・・」


その声が、実際に出たのか出ていないのか、解らないような声で、思惟は呟いた。


会璃は、自身の身体を覆っているバスタオルで、まるで虫を捕まえるかのように、思惟の身体を覆った。


「タオルと取ったら会璃さんは全裸に・・・」

思惟は旅館の従業員として色々心配した。

直後、記憶が、ふっと飛んだ。



気が付くと女将の間、目の前には大きな会璃と騰子。

そして、魂状態の思惟とは別に、大きな思惟が、会璃と騰子に支えられて、立ち尽くしていた。


「あれ、私ちょっと太ったかな?きっとストレスの性だわ

私って食べて、ストレス解消しようとするのよね~

・・・って言ってる場合じゃない!」


大きな思惟とは別に、小さな思惟はテーブルの上に立って、目を閉じた大きな思惟を見上げていた。


小さな方の思惟の隣では、思惟と同サイズの妖精のお姫さまが、慈愛に満ちた目で優しく微笑んでいた。


「えっ?」


小さな方の思惟は、何が起こったのか考えを巡らせた。


「あれ、やばい・・・・もしかして私、死んだの?」

「・・・・」

「お願い、何か言ってよ!こんなのって!」

「・・・あたし達も最善は尽くしたけど・・・」


妖精の姫さまは、哀れみに満ちた表情を浮かべた。


「そんな!何で私が死ななきゃならないの?全然意味が解らない!」

「その意味は、あなた自身が良く知っているはずよ」

「えっ?」


思惟は、じっと考えたが、何も思い当たる節は無かった。

ちょっと疲れてたけど、至って健康だった・・・はず。


「わかんない・・・わかんないよ!何でよ!

まだいっぱいやりたい事があったのに!

いっぱいいっぱい恋もしたかったのに!」


妖精の姫さまは、思惟を優しく抱きしめ、思惟は妖精の姫さまの胸で号泣した。


「いやあああ、まだ生きていたい!」


「姫さま、もうその位で・・・・」

大きな会璃は、小さな姫さまに諫言した。


姫さまは、ニヤっとすると

「ごめん、思惟ちゃん、あなた死んでないわ」

「えっ?」

「あなたの今の状態は、魂への諸々の干渉を避けるために、魂を固形化した状態。」

「元に戻れるの?」

「戻りたい?」

「うん・・・」


姫さまは、自分のマントを脱いで、全裸で号泣する思惟を覆った。


「ありがと、姫さま」

「でもその前に、ジョショウとして、私を助けてほしいの」

「ジョショウ?あっ、女将(おかみ)のことね。でも私まだ見習いだよ。」

「女将の間にはジョショウしか、住めないと聞いている」

「うん、継母に勧められて私が女将になったんだけど、でも実際に、旅館を仕切ってるのは継母なの・・・」


「見習いか・・・」

姫さまは、困惑して上を見上げた。

見上げる先には、大きな会璃(あいり)と騰子(とーこ)がいた。


大きいと言っても、思惟が小さくなっただけで、会璃と騰子のサイズは普通の人間サイズだ。


会璃と騰子は、意識を失っている大きな思惟を支えていた。

意識を失ってる思惟は、なんかめっちゃアホぽい顔をしていた。


鏡では見慣れているけど、第3者的に見ると、こんな感じなのだろうか?

予想以上にアホぽくて、ちょっとショックだ。


「見習いだけど、女将のおばあちゃんを近くで、ずっと見て来たから・・・

ある程度の事はちゃんと出来るよ。

私に出来る事だったら、頼まれても良いよ」


思惟が、そう言うと、妖精のお姫さまは、嬉しそうに微笑んだ。


「良かった。じゃあ一緒に来てくれる?」

「えっ、どこに行くの?」

「行ってからの、お・た・の・し・み♪」


姫さまは思惟を、黄金の甲冑武者の胸部コックピットへと、誘った。



つづく

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