8話 未来の記憶?

思惟は、当直の仲居さんが泊っている仮眠室の前を、足早に歩いた。


今夜は、怖いスパルタな仲居さんが、寝ているはずだ。

夕方、ミスした思惟を、みんなの前で、怒鳴った仲居さんだ。


普段は世話好きで優しい人なのだが、基本、体育会系で、超文化系の思惟には(泣)


2階の渡り廊下に出ると、思惟の髪を撫でるように、優しい風が吹いた。


「・・・さて、どうしよう・・・」


確かに、女将の間には、3センチくらいの少女の妖精がいた。


もしかすると、見てはいけない者を、見てしまったのかも知れない。


今夜は、お兄ちゃんの部屋に泊めてもらって、明日、お兄ちゃんと一緒に確認するってのもありかも。


真夜中の中庭の池では、錦鯉が飛び跳ねた。

それを、どこからか忍び込んだ白猫が、じっと眺めていた。


外の世界から、閉ざされた中庭なのに、その白猫は時々、池の錦鯉を眺めるために、

どこかからやってくる。


錦鯉に危害を加える事もないため、仲居さんたちも、ほったらかしにしている。


その白猫が、思惟をチラッと見た。

普段、人に興味を示さない白猫と、目が会うなんて、初めての珍事だ。


白猫は数秒間、思惟を見つめると、猛ダッシュで渡り廊下の壁を駆け上ってきた。


「恐!」


動物を飼った事がない思惟は、かなりビビったが、しかし、相手は猫。

こっちは人間。


逃げるにはヘタレすぎる!と、思惟は思い留まった。


突進して、思惟に抱きつこうとした白猫は、 まるで「あっ私、めっちゃ人見知りな猫だった」と、自分のキャラ設定に気づき、寸前で立ち止まった・・・・ように見えた。 そして、


「にゃん」


と小声で鳴くと、旅館の屋根へと駆け上っていった。


思惟は、ボーと屋根の上を見つめた。

ふと、白猫によって、心の中の大切な箱が開けられたような気がした。


きっと、あの白猫が、思惟の心の箱を開ける、IDとパスワードを持っていたのかも知れない。


箱の中には記憶が詰まっていた。

思惟自身の記憶なのか、他者の記憶なのか、過去の記憶なのか、未来の記憶なのかは、解らない。


「未来の記憶?」

思惟は何気に呟いた。それを記憶と言うのかは解らないけど、


「私、あの人たちを、知ってる?感触的に?感覚的に?」


あの人たちと、ずっと一緒にいた感触の記憶。

すごく安らぐ感触。


白猫が去り、一人になった思惟の髪を、撫でるように、優しい風が吹いた。



つづく

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