7話 騰子(とうこ)さんの絶望

「ないんです」


長い黒髪の女は、絶望に沈んだ声を出した。


思惟は、異界の匂いがする黒髪の美女と、会話を交わして良いものか、迷った。


完全に異界の者。


妖艶系の白い肌と、異様に強い目力と、長い黒髪の異様な美しさが、現実味を失くしていた。


もし会話を交わしてしまったら、そのまま、あちらの世界へ


「ないんです」


その強い目力で、思惟は見つめられた。


黒髪の美女は、子ども用の浴衣を着ていた。

浴衣は小さすぎて足は露わに、胸も大事な部分をやっと隠せている程度だった。


肌蹴た肌からは、妖艶な色気が発散していた。


その姿は、何かの間違いで、異界からこの世に来てしまった者の異質性を感じさせた。


完全に異界の者。


「ないんです!私のパンツが、ないんです!」


「パンツ?」


思惟は、ちょっと笑った。


長い黒髪の美女は目に涙をため、必死に、あるはずのパツンがない絶望を訴えていた。

パンツがない。自宅ではない場所でパンツがなくなる絶望。


例えばプールが終わって、更衣室でパンツがない事に気づいた時の絶望。

さらにジャージも短パンも無かった時の絶望。


今まさに、目の前の黒髪の美女は、その絶望を感じているのだ。


「ごめん、騰子とーこあなたのパンツは使った」

バスタオルを巻いただけの少女は言った。


「使った?私のパンツを何に使ったんですか!」

「それは知らない方が良いかも」

「何なんですか!」


「ねえ、思惟ちゃん、この娘にパンツ貸してあげて」

「えっ?!」


バスタオルを巻いただけの少女の提案に、思惟は戸惑って、長い黒髪の美女を見つめた。


自分のパンツを他人に貸すって


長い黒髪の美女も、「この娘のパンツを借りるの?」

って目で思惟を見つめた。


なんか気まずい。

人それぞれ他人との距離感ってものがある。


「あっそうだ!旅館の売店にパンツが売ってます。私、買ってきます」


思惟は、叫ぶと部屋を飛び出した。


誰もが寝静まった旅館の廊下は、冷たく静まり返っていた。

女将の間からは、誰も追っては来なかった。


3センチくらいの妖精の姫さまに、甲冑の武者、バスタオルを巻いただけ美少女と黒髪の美女。


女将の間であった事は、現実だったのか?

夢だったのかも知れない。


そう思えるほど、旅館の廊下は静まり返っていた。


「とりあえず、パンツ買ってこよう」


思惟は、もう閉まっているはずの旅館の売店へ走った。





つづく

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